第5話 研究再開

 悪魔のような選択肢を与えてくるサリーに私は無言で自分の頬を抓った。


 当然痛い。アランの訪問は紛れもない現実だ。


「さすがカレナ。自分よりも魔石命。とまあ冗談は置いておいて、あのアラン様と婚約だなんてすごいことよ。女性たちが羨むわ」


「妬まれるの間違いじゃない? それに聞いてたでしょ。政略的なものよ。あくまで軍事利用されないため。落ち着いたらいずれは婚約は解消されるんだから」


「ふーん。でもさ、婚約解消の前に二人の間に恋愛感情が芽生える可能性だってあるでしょ。おっと、そんなことはないってのはナシね。これから先わかんないんだから」


 反論しようと口を開きかけた私の口元に人差し指を立てたサリーに先手を打たれて言おうとした言葉を呑み込んだ。


「まあいいや。考えても仕方ないし。アラン様の訪問で中断しちゃった研究の続きするよ」


 話しをしていても婚約話がなくなるわけではないのだから時間の無駄だ。切り替えた私は置いたビーカーに手を伸ばした。


 中には結晶化に必要な試薬が入っている。これをまず温めて溶かし、よく混ぜてからシェーレに浅く流しいれて少し待つと種結晶が出来る。


 次に耐熱容器に試薬とテリブの森の湖で採取した水を合わせて温めて溶かす。


 そこに先日暴れていた魔獣から採取した魔石を細かく砕いて特殊な液で溶かした液体を垂らして混ぜれば青空を溶かしたような色に変わる。


 色は魔獣の持つ魔力の色で、特性は水系だ。


 別のシャーレに先ほどの種結晶を置いて出来上がった魔石入りの液を流し込んで蓋をしたらしばらく温度変化のない場所で静置すれば人口魔石の出来上がりだ。


 純度の高い魔石には限度がある。


 乱獲することはテリブの森の生態系を壊すことに繋がるからしない。これは大昔から定められている掟。


 だからこうして魔石を人工的に作る技術が発展してきた。


 作ることができるのはあまりいないと聞くけれど、城内の宮廷お抱え研究者たちなら可能だろう。師匠だって今はそこに席を置いている。


 人口魔石作りは過去の偉人たち開拓者の意味を持つプロトポロスと呼ばれる人々が残した書物に書かれているレシピを元にアレンジしている。


 完成を想像して私は顔がにやけた。


「ちょっとー、顔。あと不気味な笑い声上げるのやめた方がいいよ。仮にも侯爵様の婚約者なんだから」


「うっさい。これが私なんだからアラン様には慣れてもらうしかないでしょ」


「まあ、アリスの兄なら慣れるんじゃない? 最初はアリスもドン引きだったんだし」


「まあ、うん。慣れるかなぁ」


 液体をシャーレに次々と流しながら私はアリスと出会った時のことを思い出した。

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