第4話 婚約の件、お引き受けします
「お兄様。顔、怖いですよ。ここからは私が代わりますね。お父様とルーシー様は近隣諸国の動向から魔石の研究を軍事利用されることを危惧されました。その研究の先端を行かれているのがカレナ、貴女よ。何度も軍人が訪れていることからお二人は彼らがいつか交渉から強硬手段に出る可能性を考えました。そうなる前にカレナを囲った方が安全だと結論を出したの。けれど、カレナはアンスロポス。私たちの領はウェネーフィカばかり。アンスロポスを良く思わない人たちもまだ多いわ。だから、侯爵であるウォード家と婚約を結ぶことでカレナを領へ招くことができると考えたの。ね、お兄様」
「ああ。これは父と君の師匠とで交わされた契約だ。私にも君にも拒否権はない。あくまで事態が落ち着くまでの処置にすぎない」
拒否権がないって自分にもってことだったのかと彼の言動を思い返しながら私は言葉足らず過ぎでしょ、と内心でツッコミを入れた。
アリスがいなければわけが分からないまま婚約を呑み込めないでいた。
本当にアリスはいい子だな。
「事情は分かったけど、そんなすぐに婚約を受け入れるなんて出来ない。私にはまだ研究しないといけないことがあるの。貴方と婚約してロズイドルフ領に行けばもう魔石の研究は続けられないんでしょう?」
それだけは絶対に嫌だ。私には目的がある。
魔石の研究を続けていつかは私の育った今では封鎖されて誰も立ち入れない地下都市キキーイルで石化した人たちを元に戻すまでは研究を止めるわけにはいかない。
「そのことなら問題ないわ。お父様とルーシー様との間で交わされた契約の中にカレナには領へ移る代わりに研究を続けるための工房を与えるとあるのよ」
両手を合わせて柔らかく微笑むアリスを私は二度見した。
工房と言った? 工房があれば研究を続けることができる。
それにロズイドルフ領は魔鉱物の採取も出来るし、テリブの森も近い。
メリットしかないのでは? 婚約も事態が落ち着くまでの処置って言っていたし、それなら私の答えは決まった。
「アラン様。婚約の件、お引き受けします」
私の返答に喜びを示したのはアリス。
話を聞いていたサリーは驚きながらも頷いている。
というか、ハンカチを取り出して涙を拭うフリし始めてるのはなんでかな?
アランを見上げると彼は返答を聞くなり出て行ってしまった。
「あ! お兄様」
気づいたアリスと従者が追いかけていき再びサリーと二人きりに戻った。
幸い今日は休日で他の学生はいない。
三人が見えなくなってからサリーが私の方に移動してきた。
「婚約おめでとう?」
「茶化してる?」
「まさか、本心よ」
そうは言ってもわずかに頬が緩んでいる学友を私は睨んだ。けれど、サリーは気にする様子もない。
「いや~、あのカレナがね~。彼氏なんて必要ない。結婚も一生するつもりもないって豪語していたのにね。今の心境は?」
ペンをマイクに見立てて突き出してくるサリーは楽しそうだ。
心境を述べろと言われても数分の出来事なのにずいぶんと情報量が多くてまだ実感が湧かない。
いっそ夢なのかもしれないとさえ思える。
「心境ね。夢かなって」
「夢か~。確かめるなら頬を抓るのと魔石を窓からぶん投げるのどっちがいい?」
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