逆境探偵 逆瀬川京介~最後の逆境~

海月 信天翁

逆境探偵 逆瀬川京介~最後の逆境~

 名探偵、逆瀬川さかせがわ京介きょうすけは逆境にあった。

 ――アレが……無い!

 大富豪 黄金谷こがねや邸で起きた連続殺人事件。その要となる予定だった証拠品が見つからないのだ。

「名探偵、みなを集めてさてと言い……まさにミステリの結末に相応しい舞台ですな。

 はてさて、どんな名推理を聞かせて頂けるやら」

 なお、関係者は全て呼び出している最終局面である。

 居並ぶ一同の中には事件担当の警部は勿論、政財界の重鎮や芸能人も含まれており「やっぱなしで、後日もう一回集まってもらえますか?」などとは言いにくい状況だった。

 逆瀬川は精一杯シリアスな表情を保ちながら、黄金谷氏の書斎机を撫で回す。

 間違っても「ここら辺に置いてあるはずなんだけど」とか、口に出す訳にはいかない。

 いかにも思慮深い顔立ちで推理を続けているフリを保たなければ。

「それでは時間稼ぎ……というわけではないのですが、状況を整理するために、今回の事件の概要についてお話ししましょう」

「では僕が話しますね」

 探偵助手の渡北わたぼくが進み出た。

「黄金谷邸で起きた連続殺人事件です。

 第一の事件は当主の黄金谷こがねや茶衛門ちゃえもん氏。この書斎で下半身だけが椅子に残されていました。

 第二の事件は次男で医師の健二郎けんじろうさん。自室で額の中央を拳銃で撃ち抜かれた状態で発見されました。

 第三の事件は使用人の右野うの伊蔵いぞうさん。上半身だけが庭園に落ちていました。丁度この書斎の窓下あたりです。

 第四の事件は健二郎さんの双子の娘で茶衛門氏には孫にあたる美子びこさん美代びよさん。三時のお茶の時間に同時に毒で死亡しました。

 以上です」

「うーん。私の助手がとても優秀」

 立て板に水のような解説に、あまり時間稼ぎが出来なかった逆瀬川は舌を巻いた。

 事件概要がはっきりしたので、関係者の視線は名探偵逆瀬川に集中する。

 関係者の中には凄惨な事件内容を聞き、顔を青ざめ沈痛な面持ちをしている者もいた。

 逆瀬川は同じように唇を噛んで真剣な表情を作りながら、机の上以外に探れそうな場所に手をかける。

「そうですね(ガタッ)今日皆さんにお集まりいただいた理由は(バンッガタッ)先だってこの屋敷で起きた(バンッガタッ)この残酷な事件についての真相を(バンッ)」

「逆瀬川君? なぜ引き出しを開けたり閉めたりしているのかね?」

 ――さすが。重大事件の担当警部ともなると、観察眼も優れているな。

 さりげなく引き出しの中を探っているつもりだった逆瀬川は心の中で舌打ちした。

 南畑なんばた警部とは何度か別の事件で捜査協力をしていた仲だったが、今回は全くの別件で黄金谷氏に呼び出されていた中で起きた連続殺人だったため、あまり優しくしてくれないのだ。

 逆瀬川は一抹の寂しさを感じながら、最後の段はなるべく音が出ないようにそっと開ける。

「そ、それは拳銃じゃないか!」

 南畑警部の怒号が響いた。

 引き出しに入っていたのは、ルガー・レッドホーク――アメリカ製のリボルバー銃だったのだ。

 ――想定外のところから凶器出てきちゃった……!

 ざわめく関係者。焦る逆瀬川。

 しかし名探偵は一足早く気持ちを落ち着かせ、場を制する。

「待ってください、皆さん!

 この拳銃は事件とは何も関係ありません!」

「なんだって!?」

「第二の事件の凶器なのでは?」

「いえ……第二の事件で使われたピストルは既に発見されており、線条痕――凶器を特定する鑑別も済ませています。この拳銃ではありえません」

 探偵助手の補足説明に頷きを返す。

「そう! つまりこの拳銃は、事件とは何の関係も無く、この書斎の主であり第一の被害者でもある茶衛門氏が隠し持っていたのを、たった今偶然見つけてしまっただけなのです!」

「なんだって!?」

「何で今このタイミングで?」

 関係者に戸惑いの表情が浮かぶ。

 程なく南畑警部の部下が駆けつけ、拳銃を鑑識に持って行ったが、事件に関わる新しい事実が発見されることはないと名探偵逆瀬川は確信していた。

 ――本当にたまたま見つけちゃっただけだからな……!

 気を取り直して名探偵逆瀬川は本棚の傍に立った。

 目当ての証拠品が机には見当たらなかったので、本棚に置いてあるかもしれないという目算である。

「さて……改めてこの事件の真相ですが……全くどこから話せばいいやら難しいのですが……」

「逆瀬川君? なぜ本棚の本を出したりしまったりしているのだね?」

 ――まだ三冊ぐらいしか出していないのに、今日の警部は口煩いな。

 若干の苛立ちを感じ、逆瀬川は舌打ちをした。

 彼が求める証拠品は本の形をしているはずなので、指摘を受けつつも探る手を止めない。

 と、一冊の本を引っ張った瞬間、カチリと音がして壁一面の本棚が動き出した。

「これは隠し部屋じゃないか!」

 南畑警部の怒声が響いた。

 そこに現れたのは、人が生活できそうな家具が備え付けられた一室に繋がる扉だったのだ。

 ――予想外の隠し扉を見つけてしまった……!

 再びざわめく関係者。動揺する逆瀬川。

 しかし名探偵はまたも何食わぬ顔を即座に取り戻し、場を制した。

「皆さん、安心してください!

 この隠し部屋は事件には何の関係もありません!」

「なんだって!?」

「犯人が身を潜めていた部屋とかでは?」

「いえ……部屋の入口や中を見てください。埃が積み重なっています。

 これは数ヵ月……いえ、数年単位で使われていなかったことは明白です」

 程なく鑑識が駆けつけ、現場写真を撮ったり蓄積した埃が人の手によるものではないか分析したりの調査が始まり、逆瀬川の言い分が真実であることが裏付けられていく。

 ――これもたまたま見つけちゃっただけだからな……!

「警部殿! 探偵殿のおっしゃる通り、この部屋は少なくとも五年以上誰も立ち入った形跡が無く、使われなかったことが確実であります!」

「ただの金に飽かせて作った、道楽の秘密の小部屋だったということか」

「でも何で今このタイミングで発見を?」

「そろそろ帰りたいのだが……」

 困惑が居並ぶ関係者に広がる。

 それはとうとう名探偵への不信の視線となった。

 だが、逆境探偵と名高い逆瀬川京介は疑惑を払拭する言い訳を思いついていた。

「この仕掛けをお見せしたのは、今回の事件には隠し通路や隠し部屋といったものは関係が無いことをお見せするためだったのです!

 第一の犯行が行われたこの書斎には隠し部屋があった。しかしそれは使われなかった。

 一つの部屋に二つも三つも隠し扉を付けることはないので、隠し部屋はもう関係がない!

 ……そういうことです」

 逆瀬川の断言に、場に「そうだったのか」という空気が漂い始める。

 ――証拠のアレは見つかっていないが……流れが好機!

 本棚を探る手を止め、逆瀬川は探偵として推理フェーズに入る。

「皆さん、今回の黄金谷邸連続殺人事件について、真相をお話ししましょう。

 まず第一の被害者、当主である黄金谷茶衛門氏ですが……」

 名探偵らしい表情を作り、部屋の中を歩きながらタメを作り、一同が固唾を呑んだところで決めポーズと共に一言を告げる。

「なんと自殺です!」

「なんだって!?」

「上半身と下半身が真っ二つになっていたのに!?」

 先程から「なんだって」しか言っていない人も含め、その場にいた全員に驚きを与えたところで、逆瀬川は書斎の窓を指差す。

「そう。通常であれば自殺ではそんな奇妙な死体にはならないでしょう。

 しかしこの黄金谷邸は大時計があります!

 そして針が真下に来た時、丁度この窓に届く!」

「なんと大時計の長針と短針があれであれして、身体を真っ二つにしたというのか!」

「そういえば死亡推定時刻も六時半前後だった気がするわ!」

 ヒートアップする関係者。

「でも六時半って針が重なるのは真下じゃないですよね?」

 冷静に水を差す探偵助手。

「当邸宅の時計は人を切断するほどの力はないはずですが……危ないので」

 おずおずと申し出る黄金谷家執事。

「そうだな。執事殿に許可を得た上で部下にマネキンで試させたが、針は引っかかって止まったぞ」

 実行検証済の南端警部。

 名探偵逆瀬川の推理は暗礁に乗り上げるかと思われた。

 ――未だだ! まだ私の推理劇は終わらない!

「確かに今日は上手くいかなかったかもしれません。

 しかし犯行日とは決定的に違うところがあります! それは月の満ち欠け!」

「なんだって!?」

「犯行当日は満月だった……まさか月時計と連動して、時計の針が凶器になる仕掛けだったのか!」

 ざわめく関係者に逆瀬川は更なる推理を叩きつける。

「黄金谷邸大時計にはある日だけ動作する恐るべき殺人機構が組み込まれていました。

 そんな仕掛けを掌握しているのは当主である黄金谷茶衛門氏。

 そう! 全ては彼の計画!

 そして最初に発見された茶衛門氏の下半身と思われったものは、第三の事件で殺害された右野伊蔵の下半身だったのです!」

「なんだって!?」

「つまり第三の事件と第一の事件は順番が違ったってことか! ミステリっぽくなってきたぜ!」

 関係者一同の探偵への不信感は払拭されつつあった。

 南畑警部は事件概要をメモした手帳を開き、探偵に問いかける。

「それは第三の事件の被害者である右野伊蔵が、本当は使用人になりすました黄金谷家の長男、黄金谷こがねや爽一郎そういちろうだったことと関係があるのかね?」

「え? 何それ知らん」

 思わず素で返してしまう逆瀬川。

 ――今更、新しい人間関係が出てくるなんて……!

 たちまちに警部の顔が険しくなるが、逆瀬川は都合の良い言い回しを知っていた。

「今の追求するべきなのは、動機ではありません! 真犯人です!

 何故やったのかではなく誰がやったのか……

 ワイダニットではなくフーダニットです……!」

 確信めいて告げると、警部は一歩引き下がった。

「そうか……今はまぁ良いだろう。同じことを三回言い直しただけのように聞こえるが」

 小声のツッコミは聞かなかったことにして、逆瀬川は関係者一同の方へ振り返る。

「右野伊蔵改め黄金谷爽一郎が殺されたのは、そのような理由があったからかもしれません。

 では第二の事件の被害者、黄金谷健二郎はどうか?

 彼は第一の事件の第一発見者であり、初動の検死をした医者でもある。

 つまり、黄金谷健二郎が殺されたのは、第一の事件を誤魔化すための共犯者の口封じだったからなのです! あと次男だったからかもしれません!」

 新たな人間関係を踏まえたせいで、若干の揺らぎも含まれたが、逆瀬川は力強く言い切った。

「なんだって!?」

「正直、下半身だけどはいえ見間違うかよとは思ったが、検死した医者がグルだったのなら仕方ない!」

「だとすると、死亡推定時刻の六時半ぐらいも怪しいもんだ!」

 関係者も共犯の存在に驚きを隠せない。

 場の空気が沸騰した流れに合わせ、逆瀬川は最後の推理を導き出していく。

「全ての事件は第一の被害者と思われた黄金谷茶衛門氏の偽装死で始まりました。

 彼は自分に見せかけて右野……いや黄金谷……つまり右野伊蔵あらため黄金谷爽一郎を殺害。

 上半身だけが後で発見されるように仕掛け、偽証を頼んでおいた黄金谷健二郎を殺害。

 第四の被害者達である黄金谷美代、美子姉妹を毒殺する手はずを整え、大時計の仕掛けを使って自殺。

 ……そういうことです!」

「なんということだ……!」

「やることが多い……爺様、なんてパワフルなんだ」

「動機はわからなかったけど、大富豪一家だと色々な理由がありそうね……」

 居合わせた関係者一同は、各々で理解をしていく。

 ほぼ完璧な推理劇が披露できたと、逆瀬川は確信していた。

 ――あとはアレが……アレさえあれば……!

「アレとは?

 逆瀬川君。まだ何かあるのかね?」

 小さく心の中で呟いただけのつもりだった探偵の嘆きを、しかし南畑警部は聞き逃さなかった。

「いや、あの、推理を締めるための証拠品を……ここでババーンと出したかったのだけど……」

「まさか……無くしちゃったのか? 証拠品を?!」

 警部の怒気をはらんだ声に逆瀬川は身を竦ませた。

「あったはずなんですよ! ここに! 本当は!」

 最後の詰めに水を差された逆瀬川は、逆ギレに近い口調で言い返し、書斎の机の上を叩いた。

 更に関係者の中からある人物を引っ張り出す。

「執事さん! 黄金谷茶衛門は日記を書いていましたよね?」

 突然呼び出された執事は目を白黒させながら曖昧に頷く。

「おそらくは……書き物はよくなさっていたと思いますけれども」

「それなんですよ! 真犯人の手記が、ここで出てくるべきなんです!

 犯行に至るまでの動機! 準備の記録! 自らの最期に当たっての覚悟!

 そういった今回の事件の補強をする手記があって然るべき!」

 探偵の叫びに、探偵助手が答えた。

「手記とは――……これのことですか?」

 差し出されたのは青い本。

 逆瀬川がずっと探し求めていた一冊だった。

「そう! これ――!」

 逆瀬川は青い手記をしっかりと掴んだ。

 しかし渡北助手は本を離さなかった。

「この手記は――

 ……ですよね?」

 その瞬間、探偵は足元がぽっかりと空いて突き落とされるような感覚に陥った。

 闇。暗闇。

 懸命に作り上げた証拠は、裏返った。

「逆瀬川さん……実は今回の事件は、茶衛門氏が屋敷中に仕掛けた隠しカメラに映っていたんですよ。

 あなたが茶衛門氏を殺す場面も、共犯者たちと現場を作り上げる場面、口封じに殺していく場面も……必死で手記を書き残すところまで」

「隠しカメラを発見し、内容を見るまでは信じられなかったよ。

 逆瀬川君……君には自首をしてほしかった……」

 助手の声も、警部の声も、彼の意識には遠く聞こえる。

 名探偵逆瀬川京介の最後の事件は、今、底についた。

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