200×年 7月 ××県

汚い。


それが私の、××県を見た最初の感想である。


空が汚い。

空に黄ばんだ下着が貼り付けられてるみたいだ。

空気も汚い気がする。

きっと水もまずいんじゃないだろうか。


肝心の街はというと、一言で言うとごみごみしてる

なんでこんなに人がいるんだろう。

おおぜいの人が行きかっている。

「本田さん、ここって人、多いですね」

私は言った。

「××県だからね。バカとなんとかはこういう所に集まるってね」

と本田さんは笑った。

父は何もない県だと言っていたが、反対だ。

余計なものばっかりたくさんある。

まず車が多い。

自家用車ではなく公共交通機関だ。

バスがやたら行き来している。

「本田さん、なんでここ、こんなにバスが多いんですか」

と聞くと

「ここのみんな貧乏だから車が買えないんだよ」

と本田さんは笑った。

確かに〇〇県ならたいていみんな車を持ってるからバスは少ない。

そして××県は建物が多い。

変に大げさな建物がにょきにょきとたくさん生えている。

「本田さん、なんでこんなに建物が多いんですか」

と聞くと

「いわゆるハコモノ行政って奴だよ」

と本田さんは笑った。

その時、異様なものが私の目に刺さった。

何か地面に箱みたいな出口が生えている。

そこからぞろぞろとたくさんの人が出て来ている。

角度を変えて見るとみんな階段を上っているのが確認できた。

あの人達、地下から出てきてるんだと思った時私はぞっとした。

「本田さん、あの人達、地面の下から出てきてますよ!」

と聞くと

「ああ、あれね。地底人」

と本田さんは笑った。

「いくらなんでも冗談でしょ」と言うと

本田さんは笑って「あそこは地下街とか地下鉄の出口だよ」と答えた。

地下街…?

地下にある街ってこと?

なんで地下に街が?

「うんとね、あいつら罪人だから、地上じゃなくて地下に住まないといけないの」

「冗談…ですよね?」

「さぁ」

本田さんは笑った。

私だったら地下に住まなきゃいけないなんてまっぴらだ。

地下鉄はおばあちゃんがよく見てるサスペンスドラマにも出てくるから知ってるけど。

でもあれって、東京にしかないと思ってた。

でも、こんなにバスが走ってるなら地下鉄なんて大げさなもの、必要ないんじゃないだろうか。

「無駄だろ? 俺も地下鉄なんか無駄だと思うよ。 ××県は東京のマネシンボだからな。この県は、自分自身ていうまっすぐな芯を持ってないんだ。だからどっかいっつも浮ついてるんだよ」

本田さんは笑った。

芯を持ってないか。

〇〇県とは大違いだと思った。

地下鉄の出口からはひっきりなしに人が出てくる。

ぞろぞろぞろと地下からまさに「沸いて」出てくる異様な人たちを見ていると、おばあちゃんと庭のお手入れをしている時に地面の中から出てくるダンゴムシやミミズを思い出した。

退治しても退治してもきりがないダンゴムシ。

おばあちゃんは、ミミズもダンゴムシもナメクジも蟻も、土を豊かにしてくれる益虫だという。

私は、虫なんか気持ち悪いから大嫌いだ。

だから小さい頃は、おばあちゃんの目を盗んでこっそり蟻を潰していた。

もう少し大きくなったら虫は触るのも嫌になった。

この町そのものが、散らかった掃除してない、汚い部屋みたいだ。

触るのも嫌な感じだ。

汚い。

すでに私は〇〇県の美しい光景が懐かしくなった。


試験会場もひどいもんだった。

てっきり市民ホールのような上品な試験場かと思ったら、変にのっぽで大げさなビルの中だった。

これもハコモノ行政なんだろうなぁ…

おじいちゃんがニュースでハコモノ行政の報道を見て、役人はけしからんと息巻いていたっけ。

建物の中は一応きれいではあったけどそんなの当たり前の事だ。

問題はそれだけではない。

試験場に集まった、同じ受験者の人達にも唖然とした。

なんというかみんな、変に、浮ついた服装だ。

一見問題ないようだけどおばあちゃんが見たら「なんだねそのかっこは!だらしない!」とバシバシ直すだろう。

おばあちゃんはそうやって学区の女の子達の服装を直している。

そしておばあちゃんはいつも最後にバシッと彼女たちのおしりを叩く。

これはおばあちゃんなりに気合を入れてあげているのだ。

ここにはそういうおばあちゃんみたいな人がいないのか。

ああもう、変な服装の人ばっかりぞろぞろ入ってくる。

おばあちゃんが100人いても足りない。

テレビにでも出る気なのってぐらいメイクしてる人もいる。

昔から、こういう人達は害虫みたいにおばあちゃんが駆除してくれる。

こういう人達が好き勝手してるこの現状、凄く嫌だ。

害虫が野放しになってるみたいで落ち着かない。

まずいなー、変な格好してる人に囲まれたでおかげで試験に集中できそうにない。

私は出来ない子、レールから外れている子がいるとイライラする。

直してあげたくなる。

だから直してやる。

小学校でも中学校でも高校でも私はずっとそうしてきた。

それがその子のためでもある。

そのおかげで先生の覚えもめでたくなった。

昔からの先生には「さすが鬼課長の孫だ」と褒められた。

それがここでは出来ない。

集中できないよー。

これで資格取れなかったらどうしよう…

おや?

私の隣に座っているこの子は良さそうだ。

つやつやでストレートのセミロングヘアに、清楚な服装。

この着こなしならおばあちゃんは何も言わないだろう。

親御さんにちゃんと躾けられている匂いがする。

大人しそうだし、下品なメイクもしていない。

どことなく原田舞さんに似ている。

原田さん…

どうして何も言わず引っ越してしまったんだろう…

一緒にご飯食べた仲なのに…

いけない、原田さんの事を思い出してしまった。

今は、隣に座っているこの子だ。

この子、見れば見る程清楚だ。

これなら兄はもちろん、父も祖父も祖母も気に入るだろう。

試験が終わったら話しかけてみようかな。

その時、その子の隣の女の子が、その子に話しかけてきた。

こっちは髪を染めてメイクも濃い。

これはダメだ。

こんなもの連れて帰ったら例え兄が気に入っても父と祖父と祖母が激怒するだろう。

髪を染めた子がこう言った。

「ねー、これ終わったら何するー?」

原田舞さんに似た子はこう答えた。

「あ、うん、映画でも行こうかなって」

―――!?

い、今なんて言った!?

映画!?

私は、映画なんて、学校の体育館で見た戦争のアニメ映画しか見た覚えがない。

他には市民センターのホールで上映されるアニメ映画ぐらいだ。

母が連れて行ってくれたけど、父と祖父と祖母に内緒だったので帰宅したら何時間も折檻された。

余計な真似をするな、映画なんかテレビで見ればいいだろと父も祖父も言っていた。

私まで叩かれて本当に迷惑な話だ。

あれ以来、母のおっちょこちょいは大嫌いだ。

だから私の周りにわざわざ映画館なんかに見に行く人はいない。

それなのに何を言ってるんだこの子は。

「映画って何見んのー?」

「なんかね、りさちーが彼氏と行ったやつ。アイアンマンとかのヒーローがいっぱい出て面白かったって」

はぁ!?

ヒーローもの!?

いい年したそれなりの女の子が、そんなもの見てどうするの!?

私は子供の頃だってそんなもの一度も見た事ないし兄も見ていなかった。

周りにも見ている子は一人もいなかった。

「あー、それちょうど見たかったんよ。ねーねー、うちも行っていい?」

「いいよー。んじゃ一緒行こっか」

それをいい年した女の子が二人でわざわざ見に行くなんて…

変な、人達…

危なかった。

声をかけなくてよかった。

あの子が兄の彼女じゃなくて本当によかった…

反対隣の席には男の子ばっかり座ってる。

二人で何か携帯電話を覗き込んでいる。

なんだろうと思ってチラッと見たら、なんとなにかゲームのようなものをしていた。

びっくりした。

ゲームなんて私も兄もした事無い。

周りでゲーム機を持ってるのは本当に一部の子だけだ。

もう大人と言ってもいいぐらいの年齢のしかも男の人がゲームをするなんて信じられない。

父が見たら、もう身を固めてもおかしくない年齢の男がゲームなんて何を考えているんだとこの人を殴り飛ばすだろう。

気持ち悪い人達しかいない。



こうしてやっと試験が終わった。

へんてこな人たちに囲まれていたせいか妙に疲れた。

上手く出来たかわからない。

おなかすいた。

建物の中に休憩室みたいな所があったので、そこで母が持たせてくれた手作りのお弁当を食べる事にした。

他の人達もここで休憩している。

でもみんな、パンとか買ったりしている。

お弁当ぐらい持ってきなさいよ、ほんとに恥ずかしい…

結構多くの人が自動販売機で飲み物を買ってる…

水筒ぐらい持ってきてないのかな。

ほんとに恥ずかしい人たちだ。

私は、お弁当箱の中のおにぎりを取った。

あれ?

おにぎりの下になにかある。

なにかがラップで包んである。

ラップを解くと母の字で書かれた手紙が入っていた。

「よその町に行くのだからたまにはお茶でも飲んできなさい

 お父さんとおじいちゃん、おばあちゃんにはくれぐれも秘密にしてね」

あろうことか千円札が同封されていた。

お札なんて何年振りに見ただろう。

こんな大金出しちゃってお母さん大丈夫かな。

よくへそくりをして叱られてるのに。

…でも、お茶?

どういう意味だろう?

麦茶なんか家にもあるのにお母さんは何を言ってるんだろう。

まさか、喫茶店にでも行けっていう意味か?

そんな浮ついた事したらおじいちゃんとおばあちゃんとお父さんに殴られるどころじゃ済まないよ。

お母さん、私を殺す気?

頼むからあんたのおっちょこちょいに私まで巻き込まないでよ…

もうあの市民ホールの映画事件の時みたいなのはうんざりだ。


でもよく考えてみたら本田さんが〇〇県に戻るのは夕方だ。

もう試験は終わってる。

あとはどっかで時間潰さないと。

とりあえず…街でも歩いてみるか。


私は街に出た。

人が多い。

ほんと、ごみごみしてるなあもう。

その時、若い女の声が耳に入った。

「もー何言ってんの、バッカねぇ」

振り向くと、若い夫婦の奥さんが旦那さんにそう言っていた。

一緒に連れている子供も笑ってる。

なんと旦那さんらしき男性は、ハハハと笑い出した。

肝がつぶれた。

てっきり旦那さんは手に持ってる傘で奥さんを殴るだろうと思ったのに。

もしうちでお母さんがお父さんにあんなことを言ったら、母が誠意を見せるまで父と祖父が半日近く折檻するだろう。

それが普通だろう。

友達の家もみんなそうだと言っていた。

なんだこの男性は。

父や祖父が見たら情けないと言うだろう。



またしばらく歩くと、ハンバーガーショップの店があった。

ああ…あの店は確か、バカ兄が行きたがってた店だ。

テレビであの店のコマーシャルを見た兄が、宣伝してたハンバーガーを食べたがったっけ。

父や祖父は食べたいとわがままを言う兄に、あんなくだらないものは家畜のエサだと怒鳴った。

兄が泣いていたので母が見かねて内緒でお金を渡してくれたが、父に見つかった。

母は父にへそくりを咎められ、その晩遅くまで、誠意を見せるよう父と祖父に叱られていた。

いつもいつも同じ目に遭うのになんで母は懲りないんだろう。

たが兄が次の日になっても次の次の日になってもどうしてもハンバーガーが食べたいとごねた。

こういうところ、兄は本当におかしい。

跡取りだからあんまり言いたくないけど、兄は知能に問題ある気がする。

やむなく私と兄と父でそのハンバーガーショップに行く事になった

父はハンバーガーショップに入り、ラーメンはないのか、うどんは、飯屋なのになぜないんだ、と店員に厳しく説教していた。

父はどんな時でも誰が相手でも一歩も引かない。

かっこいい。

この辺、鬼課長の祖父譲りだ。

兄が、なんとかトリプルビッグバーガー1つ!と言った。

すかさず父が兄を殴った。

そして、親より高い物を食うとは何事だ!と兄を叱った。

父は頼んだハンバーガーとコーヒーを1分もかからず平らげた。

私と兄は父のサイドメニューのSサイズのポテトを分け合った。

そのあと父は

「家畜の餌の方がマシだった。糞の役にも立たん。こんなものを親に食わせやがって、母さんからもらった金の残り、全部出せ」

と兄を叱った。

父はお金を持って

「先に帰ってろ。お前が無駄にした金、増やしてきてやる」

と近くのパチンコ屋に入っていった。

私と兄はそのまま二人で家に帰った。

ふと横を見ると、兄はなぜか泣いていた。

帰り道、歩きながら私が「ポテト美味しかったね」と言ってもなぜか兄は泣き続けた。

帰ったら母が、ハンバーガー美味しかった?と聞いた。

でも兄がぐしゃぐしゃの泣き顔だったから、母もなんとなく察したらしく、それ以上は聞いてこなかった。

ハンバーガーショップの看板を見て、変に昔の事を思い出してしまった。

ここのハンバーガーショップでは、あの時の私たちより幼い子が、あの時よりもっと高い物を食べていた。

私にはそれがものすごくおかしな光景に見えた。


あれは家畜のエサだ。

家畜のエサだ。

父が言った通りなんだ。

あ…また昔の事を思い出した。



あれは小学生の時だったか。

母が、また祖父に誠意を見せろと一晩中叱られている時だった。

祖父が、今夜はきゅうりの糠漬けが食べたいと言ったのに、母がきゅうりを切って夕飯に出すのを忘れていたのだ。

母が悪いんだ。

おかげで私達まで夕飯のお預けをくってしまった。

私と兄は子供部屋で宿題をしていた。

今日は体育だったんだからおなかぺこぺこなのに、ほんと迷惑。

二階の子供部屋にも漏れてくる父と祖父と祖母の怒号を聞いてたとき、兄がおかしなことを言った。

「母ちゃん、可哀想だ。いつも殴られて叱られて」

おもわず、こいつ何言ってんの?と思った。

私は、嫁の分際で大黒柱に逆らうからいけないんでしょ、と言った。

だって祖母がいつもそう言っていたから。

祖母の言う事はいつも正しい。

兄は、お前はそう思うんだな…とよくわからない事を言って部屋に閉じこもってしまった。

あれはどういう意味だったんだろう。



でも、兄はつくづくラッキーだ。

あんなバカで知能に問題があるのに。

鬼課長の祖父の孫だからうまく生きていける。

なにより、兄は男だ。

しかも祖父と父のおかげで就職先まで決まって順風満帆だ。

他の家で女の子に生まれてたらきっと人生、大失敗していただろう。

夜の店に売られるか、どっかろくでもない家の後妻に入れられるかだろう。

馬鹿な女の子はそうやって片づけるしかないって祖母が言ってた。

…そういえばずっと気になってたけど、ゴサイってなんだろ?



この街にいると昔の事ばかり思い出す。

もうこんな変な汚い街、いたくない。

とっととお茶飲んで帰ろう。

そうだ。

お茶なら御梅軒でただで飲めるじゃん。

お茶だけ飲んで千円札は父に返そう。

我ながらいいアイデアだ。

そう思って御梅軒を探した。

が、いっこうに見つからない。

おっかしいなあ、こんなにたくさん無駄にハコモノがあるのに、かんじんの御梅軒がないなんて。

そのとき、交番を見つけた。

中には若い女性の警察官がいた。

ふーん、女性の警察官なんて初めて見た。

テレビとかではよく見るけど実際いるもんなんだ。

これもあとで話のタネになりそうだ。

話のタネは大事だ。

いつも話のタネは大事だよ、いつもタネを集めなさいって祖母が言ってる。

私は彼女に、御梅軒はどこにあるか聞いてみた。

「…え?」

女性の警察官はそう答えた。

聞こえなかったのかと思い、もう一回、御梅軒はどこですか?と聞いた。

「ええと…なにかのお店の名前ですか?」

驚きのあまり目の前が真っ暗になるという表現を本当に体験した。

…信じられない…

御梅軒を知らない人がいるなんて…

しかも…警察が?

調べますね~漢字でどう書きますか?なんてバカな事を言ってるその人を置いて私は逃げた。



歩いても歩いてもハコモノばかりだ。

なんでこの町、ハコモノしかないんだろう。

〇〇県の景色が見たい。

美しい青々とした田んぼが見たい。

空気が汚くて喉が痛くなる。

帰りたい。

次の角を曲がると、なんとそこには御梅軒があった。

なんだ、こんなにいっぱいあるじゃん。

少しデザインは違うけどショーケースにうどんやそばがある。

ふーん、違う県の御梅軒はメニューも違うんだ。

ん…!?

私は値段を見て驚いた。

600円…!?

たぬきそばで600円!?

〇〇県ではたぬきなら110円だ。

他のメニューも大体こんな値段だ。

こっちの御梅軒は2000円近いメニューすらある。

なんでこんなバカみたいな値段するんだ。

こんな値段じゃお客さん来ないでしょと思った。

でも信じられない事に、スーツを着た男の人達や、制服姿のOLらしい人達が次々に店内に入っていく。

信じられない…


またさらに少し歩くと、若い人ばかり入っていくお店があった。

なんか外国の料理屋ばかりだ。

このへんは外国人が多く住んでるのかな。

服屋も多い。

浮ついたファッションばっかり売ってる。

中には明らかにボロボロのジーンズとかまで売ってる店もある。

売れるのか?と思ってたけど結構若い人が入っていく。

何屋かわからない変な店も多い。

ここの人達は、わざわざこんなところで変な服を買わないといけないほど服に困ってるのか。

私はおばあちゃんが和裁も洋裁も出来るし、親戚がお古の可愛い服をたくさんくれるから服に困った事なんかない。

世の中にはそうじゃない人もいるのか。

料理屋は、それぞれお店の前にメニューが飾ってあった。

メニューには、ぐちゃぐちゃの玉子焼きのもんじゃ焼きみたいな物体の写真が載ってた。

玉子焼きをこんなぐちゃぐちゃにしてソースまでかけるなんてよっぽど料理人の腕が悪いんだろう。

母が家でこんなの夕飯に出したら、父と祖父と祖母に孫の手と箒で一晩中殴られて「誠意を見せろ」と一晩中怒鳴られるだろう。

ぐちゃぐちゃ玉子焼きの値段はなんと1200円だった…

こんなへたくそな料理でそんなに取るなんて…

「あ、あれおいしそう」

女の子が二人来た。

これもテレビに出てくるような服装としか表現できない服装をしてた。

おばあちゃんに服を直されるどころじゃない。

祖父と父が見たらなんだその爪と髪はとこの子達を大声で一喝するだろう。

「いいじゃん。ちょうどオムライス食べたかったし」

オムライス!?

あのぐちゃぐちゃの玉子焼きって、オムライスだったの!?

オムライスってもっとこう、ラグビーボール型にきちっと整えてあるものでしょう。

「あんなおっきいフルーツパフェついて1200円て安くない?」

安い?

この子は何を言ってるんだろう。

「安いよ。あたし昨日モールのカフェでランチ食べたけどカルボナーラとケーキついて1500円だったし」

「あそこパスタよかむしろデザートだよね」

このバカどもが!!!

頭の中で父が一喝した。

そして私の頭の中で、ボクシングと柔道で鍛えた腕でこの子達の頬を殴った。

ケーキなんか誕生日に食うもんだろうが!!

そんなことも知らないのか!!

こんなぐちゃぐちゃのくだらんもんに1200円も出すのか!

親に養われてる分際で!

なんでそんな無駄金を持ってるんだ!!

浮ついた格好しやがって、どうせ夜の仕事でもしてるんだろう!!

そうだ、怒鳴られろ、父に殴られろ、殴られろ。

この場に祖父母もいたらあんたたちなんか箒と孫の手で百叩きにして一晩中お説教されるんだ。

祖父たちが満足する誠意を見せるまで解放されないんだ。

それが当たり前だ。

―――…なんで、殴られないの。

あんたたち、なんで笑ってんの。

殴られてしかるべきなのに、なんで…

さっきの親子連れだって。

さっきの女性警察官だって。

みんな、みんな、殴られて当然なんだよ。

ここにお父さんとおじいちゃんとおばあちゃんがいたら、あんたたち、殴られながら何時間も何時間も説教されるんだよ。

それなのになんで笑ってるの。

そのとき、変な機械の音がした。

この子達の携帯電話の音だった。

この町は若いのに携帯電話なんか持ってる人が多い。

「あ、まほっちからだ。え、いま、さっちゅんとカラオケだって。えーめっちゃ行きたいー」

カ…カラオケ?

「じゃ食べたら合流しよっか」

「legacyの新曲ってもう入ってるかな」

カラオケって…スナックにでも行くの?

お父さんがよく「なごり雪」歌ってるあそこに行って何するの?

若い子があんなところに行って何するの。


何でこの街には変な人しかいないの。


私は恐怖をこらえながらその場を走り去った。


しばらく走ると、ふと別の見覚えのある建物が目に入った。

店名は…

ふん、あれがスタバか。

クラスでも派手目な子達が繁華街に行くと必ず寄ると言っていた。

コーヒー屋さんならお茶もあるだろうしなにより話のタネになりそうだ。

私はスタバに入ってみた。

しかしすぐに店を出た。

コーヒー1杯で信じられない値段だった。

インスタントコーヒーならほりはらさんで1瓶180円で売ってるのに。

コーヒー一杯にあんなお金を払うなんて信じられない。

こんなものをもし母が買ったら殴られるどころじゃ済まないだろう。


この街はコンビニも無駄に多い。

どのコンビニも人がひっきりなしに入ってる。

うちの地元ではコンビニに行く人なんかいない。

父も祖父も祖母も、あんなところはバカが行くところだ、行ったら不良になると言う。

大人なのにコンビニからマンガ雑誌を買って出てくる人もいた。

信じられない。

私はマンガなんか一度も買った事は無いし一冊も持ってない。

さっきも言ったけどテレビのマンガを見た事も一度もない。

一度兄が、たまには見たいと言ったが父と祖父が

「ああいうくだらんもんは東京でしかやっとらん。東京の暇なバカどもが見るもんだ。あんなもん見たら頭が腐るぞ」

と兄を殴った。

祖母は、あんなものを読むのは犯罪者だけだと言った。

一度兄が、ボロボロのマンガをどこからか拾って箪笥の奥にしまっていたら祖父母と父の持ち物検査でばれて一晩中「跡取りのお前が犯罪者になってどうする」「脳が腐るぞ」と殴られてた。

そして父は兄の前で、ゆっくりと、何十分もかけてマンガを朗読した。

朗読してやったことで、どれだけこれがくだらないものかわかっただろう、親の稼ぎで食ってるくせに、くだらない事に時間を割くことがどれだけ損かわかったか。

と言い渡したのだ。

父はびしっと兄を躾ける。

こういう所本当に父はカッコいい。

祖母はいつも

「うちの男どもは実に頼もしいね。今時の腑抜けたバカな親とは全然違うよ」

と褒めたたえる。

そういうとき、私は祖母が嬉しそうなので安心するのだ。

そう、無駄な事にお金を使わないのは正しい事だ。

私自身は、小学校の時、お金持ちの友達の家に行った時少女マンガをたまに読んだぐらいだ。

内容はくだらなくてリアリティが無くて全然面白くなかった。

祖父母と父が言う通り、あんなものを読むのはお金と暇を持て余したお金持ちだけなんだ。

祖母は言う。

「そういう暇な金持ちが一番たちが悪い、世の中が平和にならないのはあいつらのせいだ」

あんなの読むぐらいなら私は祖母と庭のお世話をしている方がずっと楽しい。

祖母が町の人達の話をしてくれる話を聞きながらどくだみの世話をする時が一番幸せだ。


更に歩くと銀行があった。

たくさん人がならんでいる。

祖父の話だと、銀行って確かお金を貸してくれるところだ。

という事はあの人たちはみんな借金をするために並んでいるのか。

本田さんが言った通り、みんな車を変えない程貧乏なんだ…

身なりはいいのに…

ああ、そうか。

ここのひとたちは借金してまで服を買ったり、600円もするたぬきを食べたりしてるのか。

大人の癖にマンガや映画を観たりしてるから頭が腐ったんだ。

頭が腐ってるからほりはらさんを知らない、だからわざわざコンビニに行ったり借金してまで買い物してるんだ。

かわいそうに………



私はそれ以上歩くのをやめた。

本田さんのトラックの横で本田さんの仕事が終わるのを待った。

幸い、本田さんはいつもより早く済んだようだ。

私は本田さんのトラックで地元に帰った。


ああ、変に疲れた。

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