200×年 7月 〇〇県

ここが私がいるべき場所



「大変だよ!原田さん、転校したんだって」

その日の朝、高校に登校して教室に入ったとたん、友達がこんな驚きのニュースを教えてくれた。


原田舞さんが転校した…?

色々話すようになって、仲良くなれそうだねって言ったばかりなのに…

こないだ私の家に招待して、おばあちゃんから料理を教わっていたのに…

なんでこんな急に…

私にひとことも言わずに…

他の友達が話に入ってきた。

「原田さんてさ、もともと親が離婚したから〇〇県に引っ越してきたんだよね」

「片親じゃ生活できなくなって夜逃げしたのかな」

「そういえばさぁ、こないだの吉野さんもいきなり転校したよね」

「新谷さんもいきなり転校したよね」

「新谷さんはもともといじめられてこっちの学校に転校した子でしょ。まだ心の傷が癒えてなかったのかな」

「ええー!? そんなの、うちらがあんなに色々慰めたじゃない。いろんなとこ連れてってさぁ、なに、ぜんぜん通じてなかったって事!?だったらショックだわー」

みんなで色々と話したが結局なんで転校したのかわからなかった。


それにしても、なんで私の友達ばかり転校するんだろう。



しかも、私の兄の婚約者ばかり。



そのとき、先生が私の名前を呼んだ。



「舞も転校したのか!?」

部活が終わり、私は自宅に帰ったあと、今日聞いたことを父と祖父と祖母に話した。

原田舞さんは、もともと親の離婚でこっち来た子だったから生活していけなくなって夜逃げじゃないかとみんな話していた。

私がそのことを父と祖父に伝えると

「なんで言ってくれなかったんだ…それなら内職でもなんでも俺が〇〇産業で口利きしてやったのに…」

と父は落胆した。

祖母は涙声で言った。

「あたしゃ昨日、実家に電話したばかりなんだよ。正継の結婚が決まったからあたしの白無垢を送ってくれと頼んだばっかりなんだよ。来年にはあたしもひいばあちゃんだよって言っちゃったんだよ。だって、だって舞が、舞が…うう…式にはぜひ白無垢が着たいって…大家族ってのに憧れてるから子供は3人は欲しいって…舞がそう言うから…ひどいよ、こんなことになるなら期待させるような事言わないでほしいよ…年寄りいじめて楽しいかい! ああ、ひ孫、楽しみにしてたのに…」

祖父が言った。

「いや、そもそも舞はあんなに正継と相性が良かったのになぁ」

「そうだよ!あんなに相性のいい二人はそういなかったよ。あたしゃあの二人を見て、これは絶対幸せになれると思ったんだよ!」

「残念だなあ、あー残念だ。クソ、貧乏で困ってるならなんで俺に言わないんだ!舞!お前と俺達家族はもう他人じゃないだろうに!」

と父が悔しそうに怒った。

「今度の休みの日にうちでクッキーを作る約束だったじゃないか!俺は約束を破る奴は大嫌いだ…!舞…うう…」

そうだ。

原田さんと私は次の休みに一緒にクッキーを作る約束をしていたのだ。

それなのに…

「なあ、今年の春に来た茉奈もいきなり蒸発してしまったな」

祖父が言った。

「春に来たのは里沙だよ親父。茉奈は里沙の前だ」

「ちがうわよ、茉奈は安奈の前。里沙は去年じゃなかったっけかねエ」

吉野茉奈さんは兄との結婚の日取りまで決まっていた。

それなのに吉野さんは、どうしても逆らえない本家筋との見合いが決まってしまった、断れば身内内での肩身が狭くなる、と言って急に転校してしまった。

祖母は、舞は料理の筋も良かったのに…とがっかりしていた。

父はよっぽどショックだったのか、舞、舞…と落ち込んでいた。



祖父は地場産業で名高い株式会社○○産業に勤めていた。

そこで評判の鬼課長として長年その名をとどろかせた。

定年退職した後も役員として勤めている。

父は祖父の後を継ぎ○○産業で活躍し、小鬼課長と親しまれている。

この二人が我が家の大黒柱だ。

そして物知りなおばあちゃん。

ある意味、こっちが本物の大黒柱かもしれない。

あとは、〇〇産業でパートをしているおっちょこちょいなお母さん。

そして、不出来で変わり者の兄の正継。

そして健全なごく普通の高校三年生の私。

これがうちの家族である。

見てわかる通り、どこにでもいる、ごくごく普通の家族だ。

景色が美しい事で定評のある〇〇県に住む、ごくごく一般的な家庭である。



私と兄は幼いころから、父に連れられて、株式会社〇〇産業に行く機会があった。

私達兄妹が会社に行くたびに、たくさんの社員のみなさんが

「鬼課長さんのお孫さんだって!」と出会いを求めてくる。

(作者注意:出会いを求めるとはこの地方の方言で握手を求める事です)

私はこれが大好きだ。

まるでアイドルにでもなったような気持になる。

男のくせにシャイな兄は恥ずかしがっていて、こういうのは苦手だと言っていた。

私達兄妹は、高校卒業したら小鬼課長の跡継ぎとして〇〇産業に入れてくれることを社長さんが約束してくれている。

祖父と父がそうしたように、同業で兄の結婚相手に相応しい人がいたら、兄の支店に回してくれるよう話も通っていた。

祖父と父は

「手はずは色々と整えてある、根回しもばっちりだ。何ならつまみ食いしたって構わん。至れり尽くせりよりどりみどりだぞ」

とガッハッハ、と笑った。

何も心配はいらんと父は約束してくれた。

人生は順風満帆だ。

私と兄の高校合格のお祝いを思い出す。

父がくれた入学祝は、株式会社○○産業のロゴ入りのボールペンとメモ帳だった。

新品のボールペンなんてもらうのは初めてだったし、私はもう○○産業に入ったような気がして嬉しくなった。

あのときのボールペンとメモ帳はもったいなくて使えなくて、今でも引き出しの奥に大事にしまってある。


なのに兄は高校を卒業後、○○県を出てしまった。


兄は高校の卒業式の日、突然ちゃぶ台の前で演説を始めた。

―――今の時代は変化や情報の流れが速すぎる。

―――従来のやり方では天下の○○産業も安穏としていられない。

―――実はすでに関東の会社に内定が出ている。

―――関東に出て今の情勢を研究したのち、こっちで就職すると。

父と祖父と祖母はものすごく驚いた。

三人とも猛反対した。

跡取りが外に出る必要は無いと。

私は、どうせ兄のことだから、すぐ父と祖父に殴られてバカな演説をやめるだろうと思ってた。

それなのに兄はこの時ばかりはなぜか引かなかった。

兄の反論はこうだ。

―――可愛い子ほど旅をさせろというじゃないか。

―――外を知らない男はダメになるとテレビで言ってた。

―――学校のOBもみなそう言っている。

兄は昔からわけのわからない変な屁理屈をグズグズ言う子だった。

しかしこの時ばかりは兄は違った。

屁理屈には違いないんだけど、変な気迫があった。

三時間ほど対話したのち、兄はすごい声で叫んだ。

兄がこんな声で叫んだの、初めて聞いた。

―――きいてくれ。俺は鬼課長のじいちゃんの孫、小鬼課長の親父の息子だ!

―――鬼課長の孫に、負け戦は許されない。

―――三代目が身上潰すなんて言われたくない!

―――ただでさえ三代目は男の世界でなめられやすい

―――だが東京帰りの跡取りという名目なら箔も付く!

―――俺を男にしてくれ、これが俺の誠意だ!

そう叫んだのち、兄は父と祖父に土下座した。

祖父と父は兄の迫力に感動し、落涙しながら「よう言うた」と兄を抱きしめた。

私も見ていて涙が止まらなかった。

あんなひ弱で屁理屈ばっかり言ってた兄が…

人は変われば変わるものだ。

兄が乗った電車を〇〇中央駅で見送った日、父と祖父はこう話した。

―――あいつ、すっかり男の顔になったな。

―――やはり母校の柔道部に入れて鍛えた甲斐があった。

と、男泣きに泣いていた。

こうして兄は関東の同業社に行った。

1年で帰る約束だった。


しかし。

2年経っても兄は帰らなかった。


あまりに兄が帰らないので父が母に兄を説得するよう叱った。

そのために母が何度も兄に連絡したが、受話器の向こうから

「こっちでの仕事や研究が想像以上に忙しくて大変だ。本当に今の時代は流れが速い」

「俺はまだまだ未熟だった。痛感した。自分が恥ずかしい。とてもまだまだ三代目鬼課長を名乗れる器じゃない」

と話す声が漏れて来た。

私は昔から電話の向こうの声を聞き取るのが得意だ。

誰かが電話で話していてもよく聞こえる。

耳の良さは祖母譲りだ。

私は庭に生えているドクダミの世話をしながら祖母と話をするのが好きだった。

父が会社の飲み会帰りに運転をちょっとミスってけがをして松葉杖になってしまった時も、庭のドクダミで治した。

話が横にそれたが、母が何と言おうと兄は忙しい忙しいとなかなか帰らなかった。

兄のいない肩身の狭い正月が2度も過ぎた。


あ、そうだ。

あやうく忘れる所だった。

朝、先生が私にこんな事言ってたんだ。

私は、先生から聞いたことを父に話した。

「なんだと!?」

父は激昂した。

「母さん学校に電話してこう言いなさい!!なんで学校で試験をしないんだと!」

父が指示をてきぱきと出す。

私が株式会社〇〇産業に入社するにあたってどうしても必要なある資格の試験が、今年から〇〇県では受けられなくなってしまったので。

一番近いのが××県の試験会場しかない。

今までは〇〇県内の試験場で受けられたのに。

今年から色々事情が変わったと先生が話していた。

「なにが事情だね、上がそうやってつまらん不精するから世の中おかしくなるんだよ!」

祖母が憤った。

父が叫んだ。

「大体××県なんてバカしかいないところだぞ。何も無いし。うちの会社に来た××県出身の奴はみーんな使えんバカばっかりだった!」

しかしいくら母が頼み込んでも、学校の先生は自分の一存ではどうにもならない…と頼りない返事を繰り返すばかりだった。

父と祖父は〇〇県から××県への交通手段を調べだした。

「はぁ!? 夜行バスだけで3000円以上かかるのか!? ほりはらさんなら大瓶1ダース買えるぞ!バカバカしい」

「ふざけてるなぁ。そんなに庶民からぼったくりたいのか。親父、電車はどうだ?」

「電車は…倍以上かかるじゃないか、くっだらない!」

父は、明日社長に、資格が無くてもいいか聞いてくる、と言った。


翌日、事態は急変した。

父の高校時代の柔道部の後輩で、いまはトラック運転手をしている本田さんのトラックに乗せてもらえることになった。

父と祖父と祖母はこれで安心だと胸をなでおろした。


試験当日。

私は朝早く起きて、本田さんのトラックの助手席に乗り、旅立った。

××県に行くのは初めてだ。

はてさて、どうなりますか。

長い旅路の間、本田さんに、高校時代の父の武勇伝を色々聞かせてもらった。

「先輩は本当にすごかったんだよ。みんなに鬼部長と恐れられていてね。あの年の県大会の一本背負い、見事だったなぁ」

父は本当に人に愛されているなぁと実感した。

トラックのカーステレオから演歌が流れている。

緑豊かな山々を切り開いた道を、トラックは元気に走り続けた。

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