井戸

滞在場所である旅館の部屋を決めた三人は、外へ出て市街地を練り歩いていた。

街中は何処も彼処も飲食店や販売店が立ち並び、人々に活気が漲っている。


「賑やかですね。」

「そうですね。まだ昼の14時だというのに。」


昼の14時かつ平日という、あまり人で賑わう様な時間帯ではないのに関わらず、街中は連休シーズンの様に賑わっていた。


「ここで私が引き金を引いたらどうなるのかしらね。」


腰に携えたリボルバーに手を添える紗月。


「紗月。物騒なことを言わないでください。」

「冗談よ。」


紗月はそう言って手を引っ込める。

坂田はその様子を見て、安心した様に息を吐く。


「我々は明日からターゲットに接触する。今日はオフみたいなものだ。騒ぎはなるべく経てない方がいい。」


九頭竜の言葉に、二人は頷く。


「しかし、少し肌寒いですね。」

「確かに。このままだと海に入れないわね。」

「入るつもりだったのか?」


少し残念そうに話す紗月と、紗月の言葉に呆れ気味の九頭竜。


「せっかく北海道に来たのよ?普段海に行く機会なんてないんだし、こういう時に行くべきじゃない?」


紗月は問いかける様に話す。


「そうかもしれないが、それは別に今回じゃなくてもいいだろ。」

「むー、九頭竜のケチ。」


紗月は口をとがらせながら話す。


「まぁまぁ、今日はフライトで疲れた身体を休めましょう。作戦が全て完了して、外が暑い日だったらその時に海に入りましょうよ。」


坂田は紗月を宥めるように話す。


「そんなこと言って、ボスが一番楽しみにしてたんじゃない?」

「……そんなことありませんよ?」


坂田は首を小さく傾げ、彼女の言葉を否定する。


「ほんと?そんな事言いながら私の水着姿を楽しみにしてるんじゃないの。」


紗月は目を光らせながら話す。


「それは楽しみですね。」

「ボス。そこは否定してください。」


思わず本音で話す坂田に九頭竜はツッコミをいれる。

と、そこで坂田のスマホにメッセージが届く。

メッセージを開いた坂田は、思わず微笑む。


「ボス?私達を置いて誰からのメッセージを見てるの?平田ちゃん?それとも冥土ちゃん?」


紗月は面白くなさそうに、坂田に尋ねる。


「いや、このメッセージは“友人”からです。」

「え!?友人から!?」


紗月は驚きのあまり、思わず大きな声を出してしまう。


「失礼ですね。私にも友人の一人や二人います。」

「ごめんなさい。あまりボスからそんな話聞くことがないから。」


紗月は少し笑いながら話す。

坂田は紗月を軽く睨みつける。

当然、彼女にはのっぺらぼうにしか見えていないのだが……


「なんかボスに睨まれてる気がするわ。」

「睨んでますよ。実際。」

「あら、勘違いじゃなかったわ。」


坂田と紗月のやり取りを聞いて九頭竜は頭を悩ませる。


「少しは作戦中の緊張感を持って欲しいな……」


彼は小さく呟いた。





——————————————————




市街地を少しの間楽しみ、旅館へと戻った三人を向かい入れたのは女将さんだった。


「お疲れ様でございます。ただいま夕食の準備をしておりますので、温泉にゆっくりお入りいただけると幸いでございます。」


女将さんの言葉に俺は小さく喜ぶ。


「いいですね。今日はオフですし、ゆっくりしますか。」

「そうね。温泉とか楽しみ」

「私も温泉楽しみです。」


女将さんに連れられて、三人は入浴場へと向かった。


ふと、入り口で違和感に気づく。


「入り口がひとつしかありませんが……これは?」


俺は女将さんに疑問をぶつける。


「この旅館は混浴でございまして。団体様で仲良くご利用いただければと思います。」


そう言って女将さんは去っていった。


「ボス。早く入るわよ!」


何故か興奮している紗月に腕を引っ張られる。

俺は彼女を抑える様に話しかける。


「紗月は先に入っていいですよ。私と九頭竜は後に入ります。」

「え?どうして?」


紗月はキョトンとした顔で聞いてくる。


「いや、流石に混浴は紗月も嫌ですよね?」

「別に構わないわよ?なんなら私はボスの護衛だし。」


それを言えばなんでも意見が通ると思ってないか?

俺は助けを求める様に九頭竜に視線を向ける。

彼は諦めたかの様に首を振る。


(あれ……なんかデジャヴ……)


俺はそのまま紗月に脱衣所へ引っ張られる。

そのあとの事は想像にお任せします。




——————————————————




温泉から上がった俺たちは、空室だった中央の一室に集まっていた。

少しすると、襖がノックと同時に開き、女将さんが現れた。


「お食事をお持ちしました。」


そうして出てきた料理はどれも美味しそうなものだった。

北海道ということもあり、海の幸が豊富に使われていた。

刺身盛り合わせ。貝のつぼ焼き、タイの煮つけなど……

到底食べきれない量の料理が置かれていく。


「おいしそうですね。」

「なんだかんだボスとお食事を共にするのは初めてです。」

「あら、私もよ。」


九頭竜と紗月は嬉しそうに話す。

そうか、確かに幹部達と食事なんてほとんどしたことがなかったな。

記憶にあるのは昔平田と数回ほど食事に行ったことと、有栖に料理をふるまってもらったときぐらいだ。


俺があまり顔を表に出したくないということもあるが、幹部から食事に誘われることほとんどもない。

みんな気を使ってくれているのか、それとも食事に行くなんて断固拒否ということだろうか。

たぶん後者だろうなぁ……。


そんなことを考え落ち込んでいる俺の肩が触れられる。

隣に座っていた紗月を見ると、彼女は海老のドリアをスプーンで掬い出し


「ボス。あーん。」

彼女はそう言って

スプーンを俺の口元に突き出す。


「ん……はい?」


紗月の急な行動に俺は思わず固まってしまう。

正面でその様子を見た九頭竜は何事もなく食事を続けている。


「ボス。何をしているの?早く口を開けなさい。」


そういって紗月はスプーンをより近づけてくる。

彼女はあまりこういうことをするイメージはないのだが……。

まあ、旅館から出されたものだし、怪しいものは入ってないだろう。


俺は少し照れ臭そうに彼女が突き出しているスプーンを口に含める。

うん……おいしい。海老とチーズの風味が口の中に広がる。俺好みの味だ。


ふと紗月の方を見ると、彼女は満面の笑みで俺を見つめる。

しかし、それは喜びや幸せの笑みではなかった。

狂気が含まれている笑顔。

時々平田や有栖が見せる顔。


え、待って。何か入れたのか?

……確かに今思えば、旅館から出されたものだとしても俺がよそ見している間に仕込むこともできたな。


俺は恐る恐る紗月に聞く。


「紗月。何か入れました?」

「うん。もちろん入れたわよ?」


悪びれもなく話す彼女はむしろ当たり前のように話していた。

あ、俺死んだのかな。

有栖。このお守り効果なかったわ……

俺は諦めたかのように笑顔で倒れ


「私の愛情を入れたのだから、もちろん美味しかったわよね?」


ん?今なんて言った?

倒れかけた俺を彼女の言葉が支える。


「愛情……ですか?」

「ええ。私の愛情が入った料理なのだからまずいはずがないわ。」


彼女は俺の耳元で囁く。


「そうですか……安心しました。」」


俺は小さくため息をついて答える。


「安心ってなに?…もしかして毒でも入れてると思った?」


紗月は馬鹿にした様子で話す。


「はい。正直思いました。死んだかと思いましたし。」

「そんなことボスにするわけないでしょ。あまりお姉さんのこと舐めないでもらえる?。」

「す、すみません。」


朝も思ったが……最近紗月との上下関係がおかしい気がする。

もはや彼女の方が上司のような気がして仕方がない。

俺は彼女に一つ質問を投げかける。


「しかし、なぜ私にスプーンを突き出してきたのですか?」


最大の疑問である紗月の行動。

なぜ急に恋人同士でもないのに「あーん」をしてきたのだろうか……

嬉しいけど、行動原理が不明だった。


「うーん……気分かしら?」

「気分ですか……。」


気分で死ぬような思いをさせないでほしいのだが。

俺はそんなことを思いつつ食事を再開する。

うん。おいしい。


しかし、紗月から一瞬感じた狂気はなんだったのだろうか。

俺の勘違い……なのかな?





——————————————————





夜の海岸。

周りには人の気配は一切なく、波の音だけが鳴り響いていた。

そこに、白黒の二色髪が波風にそよぐ一人の少女が立っていた。


「ここ。情報通りの洞窟。」


“白黒少女”こと黒田の目の前には、大きな洞窟の入口が広がっていた。

彼女は携帯電話のライトを頼りに、洞窟の中を進んでいく。


入口が大きいことから想像していた通り、洞窟内も広い構造となっている。

しかし中には何もなく、自身の足音だけが鳴り響いていた。

洞窟は曲がりくねった迷路のようになっており、少し肌寒い空気が流れ、体が小さく震える。


「寒い。本当にここに”例の場所”があるのかな。」


震える体を押さえ進んでいく。

その時だった。


「っ!?」


突然、猛烈な臭いに襲われる。

言葉にできないような刺激臭。それは息をするのもためらわれるほど。


「臭い。何かある。」


黒田は鼻を抑えながら洞窟内を進んでいく。

歩けば歩くたびに鼻に襲い掛かる臭いが強くなり、それは吐き気を催す。



「気持ち悪い……」


すると、行き止まりに辿り着いた。

その行き止まりは広く、天井も高い。

高さがある分、洞窟内は少し寒く感じたが、広すぎるためか少し息苦しさを覚えた。


拭いきれない嫌悪感を乗り越えた彼女の目には、ポツンと”寂れた井戸”が現れる。

彼女は井戸を見つめ小さく呟く。


「なんとなくそんな気はしてたけど。ひどいな。」


そう呟いた彼女は井戸へと近づく。

そして、この異臭の原因を見つける。


「やっぱり。予想通り。」



井戸の中には大量の腐乱死体が放り込まれていた。



どうやら死体の腐敗臭が洞窟内の異臭を生んでいるらしい。

彼女はそれを”井戸の中に溜まっている水”と表現した。

水は黒く濁っている。


「嫌だけど……やるしかないか。」


彼女はゴム手袋を着用して、その黒い水に彼女は人差し指を入れる。

すると、指が少し沈む感覚が伝わる。

まるで底無し沼のように水面から天井まで、何重にもなるように死体が積み重なっていたのだ。

死体同士の間隔はかなり狭くなっているため、少しでも身動きを取れば死体同士が擦り合い、死体の肉片がボロボロと崩れ落ちていく。


「新しいものもあれば古いものもある。」


一番新しいもので一週間前。古いもので数年は経過したであろうものまで、死体の状態は様々だった。

一度井戸の中から手を放し、彼女は呟く。


「この洞窟。近くに犯人いるはず。」


黒田は数時間前の記憶を思い出す———




——————————————————




夕暮れ時の海を撮影し、友人に写真を送っていた時だった。

カーディガンの右ポケットに忍び込ませていた通信器具が鳴り響く。


『もしもし。』

『もしもし?セカンド?』


声の主は"姫様"からだった。

『うん。どうしたの?』

『実はあなたに聞いてほしい話が合って————』


姫様は話を始める。


『———町の殺人鬼?』

『そうよ。警察は世間にまだ公表していないけど、北海道○○町に大量殺人を犯している殺人鬼が出没しているらしいの。』


私は姫様に問いかける。


『その殺人鬼。捕まえればいい?』

『そうなんだけど、実はエンプレスがその殺人鬼を狙っているかもしれないの。』


彼女の答えに私は疑問を浮かべる。


『奴ら。狙ってる。なぜ?』

『あなたが移動中で通信が切断されてる間、潜入させたスパイから私たちの本部に直接連絡がきたわ。』

『内容は。』


私は彼女に問いかける。

そして彼女は答えてくれた。

その衝撃の事実と真実を。


『エンプレスは新しい仲間を探しているらしいの。』

『新しい仲間。』


私の淡白な返事に姫様は続ける。


『そして、その仲間候補が北海道の○○町に潜んでいるらしいの。』

『それって———』


今、ちょうど私の目の前に映っている町だろう。

姫様はさらに続ける。


『私たちも情報を集めて殺人鬼の特定を急ぐわ。だから———


———あなたには奴らより先に殺人鬼を捕まえて欲しいの。』





——————————————————





黒田は一度洞窟を後にする。

三十分ほど腐乱臭を嗅いだせいか、海岸の空気が普段の何十倍もおいしく感じる。

深呼吸して新鮮な酸素を取り込む。


目の前には明るく照らされた町が映る。

姫様の報告通りなら、この町に殺人鬼が紛れ込んでいる。


「殺人鬼。本当に、いるのかな。」


彼女は体を大きく伸ばして、自身の滞在場所であるホテルへと向かう。


「……。」


———背後の視線に気づかないまま。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る