海国の断罪者
俺の幹部がこんなに優しいわけがない
空港に到着してからは、流れ作業の様にスムーズだった。
九頭竜と紗月の二人も特に問題なく飛行機へ乗り込む。
「凄いな……」
俺は思わず呟く。
人生初のファーストクラス。
一席一席が個室となっており、とてもゆったりとした空間だ。
座席への座り心地が良すぎて、もう動きたくない。
離陸まであと1時間程あるが、飛行機内で特にやることもないので、俺は眠りについた。
————はずだった。
目を閉じた瞬間、両太腿に違和感を感じた。
何かが乗っている。
そう感じた俺は目を開ける。
そこには————
「なぜここにいるのですか。“紗月”。」
俺の太腿に跨る紗月の姿が目に映る。
「ん〜、なんとなく?」
彼女は頰を搔きながら気の抜けた返事をする。
だが、その声音に緊張感はない。
なぜ気の抜けた声で答えられるのだろうか。
こっちは心臓がいくつあっても足りないのだが。
「飛行機が怖いのはわかりますが……あまり人目につくような場所で目立つ行為はなるべく避けてください。」
「じゃあ人目がつかない場所ならいいってこと?」
「そういうわけではないです……。」
俺の注意が逆効果のように紗月は話す。
悪ふざけだろうと、歳上の美人にこう言うことをされると嫌でも“反応”しそうになる。
「これから2時間ほど空の上なんです。北海道着いた後ならいつでも(九頭竜が)対応しますから退いてください。」
「ボスもつれないわね。しょうがない。」
そう言って紗月は俺の太腿から離れる。
いつ殺されるかヒヤヒヤしたが、俺の言葉になんとか踏みとどまってくれたみたいだ。
「そういえば、九頭竜はどうしました?」
そういえばこの飛行機に搭乗してから、一度しか九頭竜を見かけてない。それも個室席に入ったきり。
「さあ?私はボスにしか興味ないし。寝てるんじゃない?」
紗月は興味ないといった様子で話す。
一応幹部同士多少の報連相はしっかりしてほしいのだが……。
そんなことを思っていると、ふと携帯電話のメッセージ通知が鳴り響く。
相手は以前連絡先を交換したモノクロガール“黒田 白未”からだった。
『北海道いる。少し寒いけど楽しい。』
そのメッセージと共に海の写真が添付されていた。
マジか、まるっきり日が被ってるじゃん。
まぁ、顔を認識できない筈だし、鉢合わせてもバレることないだろ。
俺は『いいね、ちなみに北海道のどこら辺?』とメッセージを送る。
すると、すぐ返事が来た。
『〇〇市。そこにホテルとってる。』
〇〇市!?滞在場所も同じかよ!?
これは奇跡というか偶々というか……。
俺も「これから北海道に行く」って言って会うわけにもいかないしな。
『北海道旅行楽しんで』
『ありがとう。気に入った写真あったら送る。』
そんなメッセージのやり取りを彼女として俺は携帯電話を仕舞う。
いつのまにか、紗月は個室から姿を消していた。
「仮眠するか……。」
俺は残りのフライト時間を睡眠に使用する為、目を閉じる。
意識がどんどん遠ざかっていく。
——————————————————
「ようやく寝たみたいね。」
「その様だな。」
坂田の寝顔を九頭竜と紗月は眺めていた。
幸せそうな寝顔が目の前にある。
それを2人は優しく見守る。
「じゃあ、“例の作戦”の話を進めましょう。」
「そうだな。俺の個室でいいか?」
「ええ、そちらの方が最適だしね。」
九頭竜と紗月は部屋を退出する。
二人は九頭竜の個室へと入っていった。
——————————————————
急に一つの景色が広がる。
一瞬で気づいた。これは夢だろう、と。
しかし、夢だというのに、どこか現実の様な、違和感をぬぐえない。
知らない場所なのに、見覚えがある。
そんな不思議な感覚だった。
「なんだこれ……?」
俺はどこかの町の路地裏に立っていた。
周りには廃墟になった建物がいくつも残っている。
そして、目の前にはボロボロになった少女が倒れていた。
肩まで伸ばした綺麗な銀髪に、整った顔立ちはとても綺麗だが、今はその美しい顔に生気はなく、苦し気に目を閉じている。
白いワンピースを着ている彼女はまるでどこかのお姫様の様にも見えるが、そんな事よりも俺は彼女の痛々しい姿に見入ってしまう。
そんな時だった。
俺の背中に、真剣が突き刺さる。
その痛みは、今まで感じたどんな痛みよりも強く、何よりも強烈だった。
背中から突き刺された剣はそのまま俺の胸まで達していた。
胸から突き出した剣は、まるで翼のように背中の中心に突き立っていた。
「え……。」
俺がそう呟くと同時に、俺の背中に剣を突き立てた“白黒の少女”はこう言った。
その言葉は、とても重く、冷たく、悲しかった。
―――貴方も、そっち側だったんだね……。
その言葉の意味を理解する間もなく、俺の意識は途絶えた。
——————————————————
「……ス。」
声が聞こえる。
「………ボス!」
あれ……?
「ボス、起きて。着いたわよ。」
「……うん……?」
目を開けると……目の前に紗月の顔が現れる。
少し心配そうな顔で俺を見つめる彼女に俺は思わず見惚れてしまう。
彼女から香る甘い香りに、脳がしびれるような感覚を覚えた。
あぁ、そっか……俺、紗月に膝枕されていたんだっけ……。
…………って、ちょっと待て!? え!?紗月がなんで俺を膝枕してくれてるの?
嬉しいけど!すごく嬉しいけど!! なんでこんなことになってるんだ?
「大丈夫?寝ている間ずっとうなされていたけど……。もしかして体調悪かったりする?」
彼女は心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。
「あ、いえ……別に体調が悪いとかではないので、大丈夫です。ちょっと疲れてただけで……。」
俺は慌てて体を起こし、紗月に笑顔を向けた。
あ、いまのっぺらぼうだったわ。
すると、急に紗月が抱き着いてきた。
「……心配かけないでよ。ボス。」
耳元で囁かれる彼女の優しい声にドキッとする。
「す、すみません……。」
「わかればいいのよ。」
俺から離れた紗月は笑顔を浮かべながら俺の頭を撫でてきた。
おかしい。確かに紗月は幹部の中ではまだ仲が良い方ではあるが、今日の彼女は様子が変だ。
これではどちらが立場が上がわからなくなる。
何か企んでいるに違いない。
俺は「ありがとうございます」と、彼女の腕を掴み、俺の頭から手を離させた。
すると、彼女は少し寂しそうな表情をして、自分の席に戻っていく。
紗月は何を考えているのだろうか。俺の中では疑問符ばかりが浮かんでくる。
しかし、そんな疑問も一瞬でかき消される。
「ボス。ご準備を。」
「ええ、そうですね。いますぐ準備します。」
九頭竜の言葉に従う様に俺は降機の準備をする。
二人は既に準備を終えている様だ。
俺はすぐに席を離れ、機体から降りて少し屈伸する。
軽くストレッチをして、空港内へと歩く。
「少し肌寒いですね。」
時刻は午前10時24分。
9月の札幌飛行場は、1枚多めに羽織るものが必要なくらいには涼しい。
まあ、11月までここにいるならもう1枚多く着るかもしれないが。
いつものスーツだと一瞬で特定され、狙われかねないので、半袖の服で来ているけれど……。長袖でも悪くない気温だ。
ちなみに空港内も、少し肌寒く感じる。
——————————————————
空港内でも特に何事もなく、北海道に降り立った。
そのまま俺達三人はタクシーで旅館へ向かった。
「これから行く旅館は、以前お伝えした通り、貸切状態になっています。我々が向かうことも伝達済みです。」
「ボスはもちろん私と同じ部屋よね?」
「いや、だから貸し切りなら一人一部屋でいいですよね……。」
そんな会話をしている間に、滞在先の旅館へ到着する。
外観は昔ながらの旅館と言った感じだろうか、大きな門が構えてある。
敷地はかなり広そうだ。
早速中に入ると、女将さんと思われる人が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、“斉藤様”。こちらへどうぞ。」
そのまま奥の離れに通される。
よかった。流石にエンプレスの管轄内の旅館とはいえ偽名を使ってて安心したわ。
これで坂田とか使われてたら驚きで失神する自信がある。
「お部屋はこちらから奥までにある3室です。ご自由に使ってください。」
「おお……!」
女将さんが襖を開けると、そこには大きな和室が広がっていた。
広い窓からは日本庭園が見える、なんともいい雰囲気だ。
テレビでしか見たことの無いような部屋にテンションが上がる。
俺は荷物を置いて早速部屋を見て回る、畳のいい香りが鼻をくすぐる。
部屋の角には小さなテーブルと電気ポット、お茶菓子まで置いてある。
和室に泊まるなんて久しぶりの経験だが、この落ち着く感じは嫌いじゃない。
「夕食は18時にお持ちしますね。それではごゆっくり。」
女将さんはそう言って部屋を退出する。
すると急に紗月が俺の腕を掴む。
「じゃあ、私とボスは一番奥の部屋で。九頭竜は一番手前の部屋でいいわよね?」
「え」
「俺は別に構わんが……ボスは大丈夫ですか。」
大丈夫なわけない。
一緒の部屋になってみろ。寝ている間に何をされるかも分からない。
気づいたら死んでました。なんてあり得る。
「ですから……それぞれ個別の部屋にしましょう。せっかく旅館側が準備してくれたんですし。」
俺の言葉に紗月は不服そうな顔をする。
「ボスは私と一緒の部屋じゃ嫌なんですか?」
その質問に俺は答えられない。
正直、俺が紗月に何をされるかわからないから別部屋にして貰えれば……と思っていたのだが、それを伝えてしまうと紗月が何を仕出かすかわからない。
ただ、ここで黙っていては肯定と捉えられるかもしれない。
どうにか否定をしなければ……。
「べ、別に嫌ではないですが、部屋が狭くなっちゃいますし……それに九頭竜も一人で寂しいかと思いまして…。」
「私は別に構いませんよ。なんなら紗月は今回ボスの護衛として同行していますからね。」
おい、俺のフォローを返せ。
そういえば紗月は護衛として同行させていたんだった……。
ふと紗月の顔を見る。
彼女は「計画通り」と言った顔をしていた。
貴様……!!
まあ、これ以上断ると嫌な予感がするし、彼女は退かないだろう。
「わかりました。紗月と部屋を共にします。」
「嬉しい。護衛は任せて!」
彼女は俺の決定に、珍しく子供の様に喜ぶ。
計画通りになって嬉しいってか?
……はぁ、5日間ゆっくり眠れそうにないな……。
俺は心の中で小さくため息を吐いた。
——————————————————
夕暮れ時。
白黒の少女は海岸へと出ていた。
「綺麗。写真撮る。」
彼女は夕日が落ちる海を見つめる。
潮風と波の音に包まれながら、彼女は携帯電話のカメラを構えた。
カシャリ、とシャッターを切る音が響く。
彼女のお気に入りの一枚が撮れたのだろう。嬉しそうに笑う少女の姿がそこにあった。
「うん。これも坂田に送ろう。」
彼女はそう呟くと携帯電話のメッセージアプリを開き、一人の人物に写真を送る。
彼女の顔は満足げな表情を浮かべていた。
「北海道。楽しい。」
その時だった。
彼女が着ていたカーディガンの右ポケットが小さく震える。
彼女は先程までの様子とは打って変わり、真剣な表情で右ポケットから通信機器を取り出す。
「もしもし。こちら“セカンド”。」
通信機器から放たれる声の主とは、普段と変わらない落ち着いた口調で会話を開始するのであった。
「そう。わかった。ありがとう。」
彼女は声の主と数回会話をすると、通信を切断する。
そして、先程とは打って変わり鋭い眼光で、町へと歩き出した。
「この町に、エンプレスが来る。」
夕暮れの海岸には、彼女の足跡だけ残されていた。
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