カランビットナイフ

午前9時過ぎ。

アジトの会議室には坂田を除く幹部全員集まろうとしていた。


「〜♪」


アジト内に楽しそうな鼻歌が響く

鼻歌の主人は左右に身体を揺らしながら歩いていた。

そこに冷たい声がかけられる。


「ずいぶん楽しそうですね。“平田さん”」

冷たい声の主人はメイド服を着た女性だった。

そんな彼女の顔は無表情だったが、その目には確かな殺意が向けられていた。


声をかけられた鼻歌の主、平田はため息を吐く。


「貴女の声で楽しくなくなりましたよ……“冥土さん”。」

「それは申し訳ございません。あまりにも不愉快だったもので……。」


冥土の発言に平田は小さな舌打ちをし、挑発する。


「不愉快は貴女のメイド服と気持ち悪いほどに顔の表情の変化がないことでは?」


平田の言葉を聞き、冥土は一瞬で平田との距離を詰める。


そして、首元にはダガーの刃が当てられていた。


「それ以上言ったら殺しますよ?貴方のようなゴミを生かす価値はないのですから。」


冥土の目を見て、平田は悟った。

(この人、本気だな。)


平田は少しだけ笑みを浮かべて答える。


「そちらからふっかけた癖にやり返されたら怒るとか器が小さいですね。それだから配下の1人もいないのでは?」

「————私はご主人様のために尽くしてるだけです。ご主人様以外の人間など必要ありません。」


平田の挑発に冥土は反論する。

その反論に平田はより一層笑みを浮かべる。


「そのご主人様に補佐として求められているのは私ですけどね。」

「そんなことありません。ご主人様が求めるのはこの私です。————あなたは所詮、使い捨ての駒ですよ。」


言い争いは止まらない。

未だに平田の首元にはダガーの刃が当てられている。

周囲の空気はどんどんと重くなっていく。

このままだと死人が出るだろう。

そんな時だった。


「————なら、試してみますか?」


平田は冥土の感情が一切こもっていない目を見つめながら話す。


「……どういうことですか。」


彼女の発言に冥土は問いかける。

平田は徐にバッグから資料を取り出して冥土に見せつける。


「これから行われる会議の重大事項がここに書かれています。みてください。」


彼女の言葉に釣られる様に資料を眺める。

そこに書かれている内容は衝撃的なものだった。


平田に視線を向ける。

彼女は満面の笑みを浮かべていた。

そんな彼女に嫌悪感を抱きながら口を開く。


「わかりました。“これ”でどちらがご主人様に相応しいか決めましょう。」


首元に当てられたダガーはいつの間にか鞘に仕舞われていた。

冥土から解放された平田はため息をついて話し出す。


「まったく…怖かったですよ。殺されちゃうかと思いました!」


そんな彼女の右手にはカランビットナイフが握られていた。

それを見た冥土は話し始める。


「貴女って結構狂ってますよね。」


そんなことを言われた平田は少し笑って反論する。


「“自分の血や肉を主人に食べさせる人”がなに言ってるんですか……。」


彼女の反論にそのメイドは無表情だった顔を狂気に笑みに変える。


「なんだ……。“気づいて”いたのですか。」


彼女の狂気な笑みを見て平田は


「これでもボスの補佐ですから……。貴女が野々村さんに奇妙な薬の調薬を依頼していたのも知っています。」

「それ……ボスは知ってるの?」


冥土の問いに一瞬の無言が訪れた。


そして平田は口を開く。


「————必要事項ではないと思い、伝えてないですよ?」


そんなことを言う彼女の顔は————

冥土と同じく、狂気の笑みを浮かべていた。


「そうですか。あなたも私と“同類”なのですね。」



二人はお互いに笑い合い、会議室へと歩き出す。





————————





時は少し遡り午前8時。

坂田が住むマンションの一室

携帯電話のアラーム音で目が覚める。

今日は幹部会議がある為、もう少し寝ていたいところだが、そうもいかない。


「……起きるか。」


アラームを消し、ベッドから起き上がる。

カーテンを開けると朝日が差し込んできた。


「まぶし……。」


俺は洗面台に向かい、顔を洗い歯磨きをする。

そしてリビングへと向かいテレビをつけた。


『おはようございます!朝です!』

元気な女性アナウンサーの声が聞こえてくる。


「ふぁ……。眠いな…。」

ソファに座りながら大きく欠伸をする。


昨日平田から北海道に行こうって言われたときは驚いたな————





————————




『一緒に北海道に行きませんか?』

「……はい?」


平田からの唐突な誘いに間抜けな声が出てしまった。

北海道? なんでいきなりそんなことを言い出すんだ?


俺の疑問を察したのか、平田が続ける。


『あ、いや旅行というわけではないのですが…。』

「組織の活動というわけですか?」

『あ、そう!そうです!』

「…………。」


何を企んでいるんだ?

一つ可能性があるとしたら友好予定人物リストに北海道に住んでいる人がいるってことだか…


「友好予定人物に会いに行くためですか?」

『はい!先日九頭竜さんと話し合って決めた人に会いに行こうかと思いまして!』


それなら納得はするがわざわざ俺を誘わずに幹部で行けばいいのでは?

断りたいけど断ったら怖いしさりげなく流そう。


「そうですか、それならば明日幹部達で話し合ってください。」

『わかりました。では明日の幹部会議で』


電話を切った後、携帯電話を見つめながら考える。

なんで平田が俺を誘うような真似をしたんだろうか?

あ、そうか。


『わざわざ北海道に行くのがめんどくさいからお前が行け』って遠回しに言ってるの

か。


それなら納得できるな。

まあ、明日の幹部会議でみんなが適当に決めてくれるだろ……。

俺はそんなことを思いながら眠りについた。





————————





昨日の夜のことを思い出す。

まあ今日の幹部会議でどうせ俺が行くことになるんだろうな……。

俺がいないとやりたい放題できそうだし。


北海道か。

ラーメン食べたいし、この夏の時期だし海にも入りたいな……。

まあ、旅行気分で行けばいいや……。


俺はそんなことを思いながら、朝の支度をする。

今日も憂鬱だ……。





————————



会議室前。

そこには平田と冥土の二人が立っていた。

平田は自身が身に着けている腕時計を見つめる。

時刻は9時25分。

彼女はため息をつく。


「いつの間にかもうすぐ会議の開始時間じゃないですか…」

「ちょっと話過ぎたみたいですね。」


平田の心配をよそに、冥土は表情一つ変えずにそう答えた。

そんな彼女に苦笑しながら会議室のドアを開ける。

そこには坂田を除く幹部全員が集まっていた。


入室してきた二人に対して口を開いたのは九頭竜だった。


「二人とも遅かったじゃないか。」

「すみません。ちょっと冥土さんと話し合ってまして……」

「申し訳ございません。」


九頭竜の発言に二人は頭を下げ、自身の席に着席する。


「別にいい。ボスもまだ来られてないしな。」


九頭竜はそう言うと、時計に視線を向けた。

もうすぐ9時30分になろうとしているところだった。

それから2分後、再びドアが開いた。


入室してきたのは漆黒の仮面とスーツを着用したエンプレスのボスそのものだった。

幹部たちは全員起立し、深々と頭を下げる。

その様子を見たボスは一言———


「みなさんおはようございます。どうぞ楽にしてください。」


ボスはそういって自身の席に着席する。

それを確認してから、ようやく幹部たちも座った。


「では、全員揃いましたので本日の幹部会議を始めます。」


平田のその言葉から、幹部会議が開始される。


「今日の幹部会議なのですが……友好予定人物リストの件についてです。」


彼女からの議題を聞き、幹部達全員が手元に置かれた資料を眺める。


「先日、私と九頭竜さんの二人で最初に友好者にする人物を決めました。」

平田は続ける。


「名前は『金城 ほのか』という女性で年齢は19歳。所在地は北海道の○○町。住所もすでに特定済みです。」

「住所も特定……。凄いですね。」


彼女の発言にボスは関心といった雰囲気で話す。

平田はボスの発言に嬉しそうな口調で答える。


「ありがとうございます。でもこれくらいなら朝飯前ですよ。」

「そうですか。私にはなかなかこのようなことできませんから。」

「ボスもご冗談が下手ですね。」

「冗談ではないのですが……。」


そんな二人の会話に幹部の一人、小鳥遊の掠れた声が響く。


「友好者についてはわかったけど、なんでこいつを最初に選んだの?ただの特徴もない一般人じゃない?」

「そうですね。私も気になります。」


小鳥遊の疑問に桐野も賛同する。

平田はそんな二人の疑問に答える。


「彼女は町の人物から断罪者として恐れられているようです。」

「断罪者?」


彼女の発言に小鳥遊は首を傾げる。

それをみて彼女は続ける。


「なんでも、町に対する悪事に関わる人物を捕まえてるそうですね。」

「町の自称警察官というわけ?」

「そうですね、そう思っていただけると話は早いかと。」

「まあそこまではわかったけど…肝心の友好者になる理由がいまいちつかめないのだけど……。」




「———彼女を断罪者としてエンプレスに招き入れるというわけですか?」



小鳥遊の疑問に答えたのは先ほどまで腕を組んで話を聞いていたボスだった。

ボスの言葉に平田は目を輝かせながら頷く。


「その通りです!直接確認するまでは分かりませんが……彼女の実力が本物なら今後私たちに必要不可欠な力になるかと。」

「そういうことか、納得したわ。」


ボスの発言から小鳥遊も納得した表情を浮かべる。

そこに桐野が続く。


「直接ってことは"誰かが北海道にいって『金城 ほのか』さんに会いに行く"ってことだよね?」


桐野は首を少し傾げた様子で問いかける。

平田はそんな桐野をじっと見つめ、 少しして、静かに口を開いた。

それはこれから本題に入るような様子だった。


「まず前提として申し訳ないのですが……、彼女を招き入れるかを決めてもらうためにボスには北海道に向かっていただきます。」

「はい。その点に関しては私も承知してますよ。」


ボスは頷きながら答える。

「なので…… 

———これからボスと一緒に北海道に向かう人物を決めようと思います。」


平田の発言に幹部達から動揺したようなざわめきが起こる。


そこに全く表情を変えない幹部がいた。

それは冥土だった。


(さて、どうなることやら……。)


平田との会話を思い出す。



————————



時は平田との言い争いに遡る。


『これから行われる会議の重大事項がここに書かれています。みてください。』

『なんですか……。』


平田に渡された資料を確認する。

そこには————


"ボスと北海道に向かう幹部を決める"


と書かれていた。


『わかりました。“これ”でどちらがご主人様に相応しいか決めましょう。』





————————





平田との会話を思い出していた冥土は考えていた。


(ご主人様は側近として私か平田のどちらかを必ず選ぶはず……。まあもちろん私が選ばれるでしょうが…。)


冥土は平田をにらみつけるように見つめる。

それに気づいた平田も余裕の表情を浮かべながら冥土を見つめる。


(ただの"メイドもどき"にボスの隣を務められるわけがないのに…冥土さんは何を期待しているんでしょうか?)


二人の視線が互いに交差する。

そこにボスの声が響き渡る。


「ちなみに同行する幹部は何人ですか?」

「私としては2人でいいかと思います。可能性は低いですが、ガーディアンズや警察にエンプレスだと発覚するリスクを避けたいので。」

「そうですか。」


平田の答えにボスは少し悩む素振りを見せ————


「それならば、その二人を私のほうで決めてもいいですか?」


ボスの発言に周囲がより一層ざわめく。

平田はそんな雰囲気に余裕といった様子で答える。


「もちろんです。ボスに決めていただけるなら私たちも争いなく納得できます。」

「ありがとうございます。」


ボスはそういって周囲を見渡す。

仮面の中の視線は誰を見つめているのだろう。


「そうですね……」



(ボス、もちろん補佐である私を選びますよね!)

(ご主人様、私はあなたを信じております。)



そして、ボスの口から名が挙げられる。



「————では、"九頭竜"と"紗月"に同行を願います。」





平田と冥土は円卓に頭を叩きつけた。







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