休日のひと時

有栖の手作り弁当を食べてから数日が経った。


ここ1週間毎日行われていた幹部会議も落ち着いた為、俺は自宅でくつろいでいた。

これは実質オフというやつだ。

なんだかんだ最近は毎日、幹部誰かしらから連絡が来て結局アジトへ行ったりと、休みが無い日々が続いていた。


我ながら思うが、トップが社畜な組織はどうなんだろうか……。

幹部の嫌がらせという可能性もあるが……まあそこは気にしないでおこう。

今日は珍しく誰も俺に連絡をよこしてこないし。


つまり、久々に家でゆっくりできるという事だ。

俺はそんなことを思いつつ、自宅のベッドで寝転びながら携帯電話を操作していた。


そんな時だった。

とある疑問がふと頭の中によぎる。


そういえば……最近俺の周り平和だな。

事件も起きなければ、幹部から聞く話も犯罪に関わる話など一度もなかった。


————やはり友好予定人物リストの影響が大きいのだろう。

あの幹部会議以降、彼らが犯行に及んだと一度も報告がない。

俺は、幹部達もしっかりとした自制ができるということに感動を覚えていた。


ただ、一つ問題点があった。

それは、友好予定人物リストに記載されている人物全員と友好的な関係になった後の話だ。


彼らの自制というダムが決壊した時、何をやらかすかわからない。

その前に手を打たなければ。

まあ、当分は人探しに時間がかかっているし、大丈夫だろう…。


———そんなことを考えながら、ふと携帯電話が表示している時間を見る。

時刻は15時を回ったところだった。


それにしても…暇だな。

久しぶりの休日だと言うのに、一日中怠けて終わりそうだ。

まあ、それも一つの幸せではあるのだが…。

「……お腹すいたな。」


俺はベッドから立ち上がり、キッチンへと向かった。

そして冷蔵庫を開けてみるが、何も入っていない。……そういえば昨日、全部食べてしまったんだったか。


「久しぶりに"あそこ"にいくか…。」


思い立ったらすぐ行動。ということで早速着替えて家を出た。

外は8月の日差しが降り注いでいて、ジリジリと肌を焦がすような感覚に襲われる。

それは普段、車での移動しかしない俺にとって苦痛そのものだった。


こんな真夏の昼に普段のスーツと仮面姿で外で歩いていたらどうなるか……考えただけで恐ろしいな。

俺はそんなことを考えながら歩く。


「あっつ……」


思わずそんな声が出てしまうほどだ。

こんな中出掛けるなんて……と思ったが、せっかく外に出たんだし、“あそこ”に行かないという選択肢はないな。

俺はそう思いながらとある“目的地”に向かう。




————————




歩き始めて10分ほど経つ。

俺は駅前の街中に来ていた。

この街はとても活発で様々な人々が行き交う、活気に溢れた街だ。


そして、目的の場所はすぐ近くにあった。


その店は少し古びてはいるが、お洒落な外観をした小さな喫茶店だった。

俺は暑さから逃げるかの様に早々と入店する。


新しい客が来たと、入店ドアベルが鳴る。

店内は落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。

アンティーク調の家具が置かれており、どこか懐かしさを感じるような作りになっている。


周囲には自分以外の客は見当たらない。

そんな時だった。


「————いらっしゃいませ。お久しぶりですね。坂田さん。」


そう声をかけてきたのはこの店の店主だった。

白髪をオールバックにした50代後半くらいの男性で、いつものようににこやかな笑みを浮かべている。


「久しぶり、マスター」


俺は軽く手を挙げて挨拶を返し、カウンター席へ座る。


「本当に久しぶりですよ。今日はどうされたんです?」

「まあ、なんというか……。久しぶりに休みが取れて暇だったから来たよ。」

「坂田さんは正直者で面白いですね。」


マスターが俺の言葉を聞いてクスリと笑う。

それに釣られて俺も自然と笑みを浮かべていた。

マスターは再度俺に話しかける。


「注文は——?」

「そうだな……。じゃあアイスコーヒーとペペロンチーノで。」

「かしこまりました。」


俺は注文を済ませると周りを見渡す。


「そういえば、ここってあまり他のお客さん見ないけど、俺以外の常連っているの?」

「———ええ。いますよ。」

「マジか。どんな人なの?」


俺の質問にマスターは一瞬考える素振りを見せ—————


「女性の方です。坂田と似たような境遇の方ですね。」

「そうなんだ。俺と似た境遇か…会ってみたいな。」

「坂田さんの様にたまに現れる方ですから会うのは至難の業かと……。それに……“似た境遇”って言っても気が合うかわからないですし———」

「それもそうか。」


常連で似た境遇。

そんなことを聞いた俺は初めてこの喫茶店に出会ったことを思い出す。




————————




数年前。

いつのまにかエンプレスが犯罪組織として活動するようになり、精神も体も疲労困憊だった俺は幹部達から休みをもらい気分転換に街をぶらついていた時のことだ。


時間は22時を示している中、とある喫茶店に灯りが灯っていた。


『こんな時間に……?』


物珍しさに釣られる様にOPENと看板が出ている扉を開ける。


『いらっしゃいませ』


カウンターの奥でコーヒー豆を挽いていたマスターらしき男性が顔を上げる。


『喫茶店がこんな時間に珍しいですね。』

『そうですね。確かに珍しいかもしれませんが……』


男はコーヒー豆を挽く手を止め、俺の目を見つめ————


『この喫茶店はあなたの様な迷える人の為に開いてますから。』


男の発言に俺は一瞬固まってしまった。

俺がここに来たのは、ただの偶然だ。それなのにまるで悩みを相談しに来た人間だと思われている。

俺は小馬鹿にする様に言う。


『なにそれ。新手の宗教?』

『違います。私は神でもなければ教祖でもないしがないジジイです。』


俺は思わず笑ってしまった。


『自分でジジイって言うんだね。』

『自覚してるので。』


そう言いながら男はコーヒーを挽く手を再度動かし始める。

俺はそれに続けるように話しかけた。


『なんかマスター面白いね。』

『ありがとうございます。ところで、お名前は?』

『そういえば言ってなかったな。』


俺は目の前のカウンター席に座り————


『俺のことは“坂田”って呼んでくれ。マスターは?』

『私も“マスター”で大丈夫です。』

『そっか、よろしくね。』


その日、お互いに初対面のはずだった。

だけどお互い気をあまり使わないフラットな関係で話せる空気が俺には居心地が良く、いつのまにか暇な時には通う様になっていた。



————————




「お待たせしました。ペペロンチーノです。」


注文していたペペロンチーノが到着する。

それは俺の胃袋を刺激する香りを放っていた。

俺はフォークを手に取り、早速一口パスタを口に運ぶ。

美味い。やっぱりこの店のパスタは最高だ。

俺はパスタを食べ進めていく。


麺はもちもちで食べ応えがあり、ニンニクと唐辛子が食欲を増進させる。

そして、最後に辛味のある鷹の爪が良いアクセントになってくれるのだ。

これぞ至高の一品と言えるだろう。




「———ごちそうさま。また来るね。」


ペペロンチーノを完食した俺は感謝の言葉を述べ、席を後にする。


「はい。ありがとうございます。お待ちしております。」


マスターの声を聞きながら扉を開けると、外は夕暮れ時だった。

もうそんな時間かと思いつつ、俺は帰路に着くのであった。



————————




坂田が喫茶店を出た数十分後。

新たな客が店に入って来た。

その女はカウンターに座ると、マスターに話しかける。


「マスター。いつものやつ頼むよ。」

「かしこまりました。」


年齢は20代後半くらいだろうか

スラリとした体型に、端正で整った顔立ちをしている。


それに何より印象的なのが瞳だ。

まるで吸い込まれそうなほど綺麗な琥珀色をしていた。

目は優しげな雰囲気を醸し出している。


そして、黄金に輝く長い髪を後ろで結っていた。


「———お待たせしました。ごゆっくりどうぞ。」


マスターから注文したコーヒーを受け取り、一口飲むと女は呟いた。


「美味しい・・・やっぱりこの店のコーヒーが一番ね。」


満足げに微笑むとまた一口飲んだ。

そんな彼女は一言。


「マスター、今日はなんかご機嫌だね。」

「そう見えますか?」

「うん。マスターは気づいてないかもしれないけど……。鼻歌歌ってたよ?」

「———お恥ずかしいです……。実はさっきまで、ある方とお話をしていたんです。」


マスターの言葉に彼女は目を輝かせていた。


「へー!マスターがご機嫌になるなんて、どんな人?」

「そうですね……。」


彼女の質問にマスターは顎に手を当てて少し考え込んだ。

そしてゆっくりと口を開く。


「———あなたと"似た境遇"の男性ですよ。"姫奈さん"」




————————




喫茶店を帰宅した俺はまたベッドに寝転ぶ。

時刻は17時を示していた。

食事を済ませた為か、猛烈な眠気に襲われる。


「ここで寝たら朝になりそうだな…。」


そんなことを考えている最中だった。

俺の携帯電話から着信音が鳴り響く。


携帯電話の画面には"平田"と表示されていた。


「……。」


出たくない。

でも出なきゃ殺される。

出ても嫌な予感がする。


この電話は俺にとって死の電話だった。

しかし、出ないわけにはいかない。


「もしもし……。」


恐る恐る電話に出る。


『もしもし。ボスですか。』


電話越しの声の主はもちろん平田だった。


「はい。どうしました?」

『ご相談なのですが…。』


電話越しの平田はとても申し訳なさそうな声で言った。

その声に俺は、「これから何かが起きるのだろう」と悟った。

そして、それと同時に全身から冷や汗が流れ出た。


俺は恐る恐る聞き返す。


「相談ですか?なんでも大丈夫ですよ。」

『ありがとうございます。』


平田の声はいつもの調子に戻り————


『一緒に北海道に行きませんか?』


「……はい?」






————————





午前1時。

雲ひとつない快晴。

そんな中、少女は一人夜の海に出ていた。


海風が優しく少女の頬を撫でる。

その風に身を任せるように目を閉じて波の音に耳を傾けていると、心が落ち着いてくるような気がした。


「やっぱり、ここが一番落ち着くなぁ」


そう呟きながら目を開くと、そこには満天の星が広がっていた。

星を見ているだけで、自分の悩みが小さくなっていくように感じる。

しばらく見惚れていたが、やがて我に返った少女は海に背を向けた。

そして、ゆっくりと歩き出す。


海風と共に何かを引きずる音が聞こえてきた。

音は次第に大きくなる。


"モノ"がが引きずられていく。

その度に波の音が強くなっていく。

一歩進むごとに水しぶきが上がる。


そして彼女はたどり着く。

海辺の洞窟に。


それと同時に、"モノ"が月明かりに照らされる。


それは———


人間の死体だった。


いや、違う。

正確には、人間の肉片だ。


首から上が無い男性の体の一部がそこにあった。

だが、それはもう人の形を成していない。


辛うじて残っている体からは生前の面影は全く感じられない。

ただの肉塊としてそこにあった。


少女は目の前にあるそれを無表情に見つめている。

まるで何も感情を持っていないかのように。


すると突然、彼女は持っていた剣を死体に向かって突き刺した。

グチャッと嫌な音を立てながら刃が食い込んでいく。

何度も、何度も、何度も、何度も。

彼女の手の動きに合わせて死体が切り刻まれていく。

しかしそれでも彼女は手を休めない。


次に彼女は死体の手を持ち上げた。

何かを確認するようにじっと見つめる。

そして最後に足を掴むと…………洞窟の中にポツンと建てられた井戸に投げ捨てた。


「……」


地面に転がった肉塊を見下ろしながら少女は呟く。


「断罪完了。」


そう呟いた彼女は洞窟から離れていく。

先ほどまで引きずられていた砂跡は波によって打ち消されていた。



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