第44話 式典

「今回の大スタンピードの終息、さすが北の辺境伯だ!十年前の大スタンピードに匹敵する規模と聞いている。よく辺境の地のみの被害で食い止めてくれた」


 王都での式典の始め、着飾った貴族達が立ち並ぶ前で、エドガーは王に膝をつき頭を垂れていた。


 エドガーの筋骨隆々とした身体に、辺境騎士団の式典用の制服はとても似合っていた。ここにエマがいたら、きっと鼻血案件だった筈だ。

 いつもは無造作に放置している髪もちゃんとセットされており、厳ついけれど整ったエドガーの顔をスッキリと見せていた。顔の傷痕も、エドガーの渋みをさらに増す効果しかなかった。


 しかし、王都では女性のような端正な顔や、スラリと細くて背が高い男性が好まれている為、エドガーを見てトキメキを感じる令嬢はいなかった。それどころか、エドガーの男らしい見た目は、女性を恐怖させる要素が満載だったようで、エドガーが側を通るだけで失神しそうになるくらいだった。


「ありがたきお言葉、ありがとうございます」

「しかし、この度の大スタンピード、人為的なものと聞いている。神殿の下男が、誤って魔獣寄せのランタンを焚いてしまったとか」


 一段上に座っている王は、王笏でトントンと床を鳴らし、エドガーに余計なことは言うなよと、視線を向けながら言った。王としては、神殿とやり合うつもりはなく、ユタヤ司祭の罪を表沙汰にするつもりはなかった。


「それにつきましては、こちらの書状を提出いたします」


 エドガーが、カテリーナとミア、また神殿の治癒士や下男達からとった魔法証書の写しを王に差し出した。


「これは?」

「今回の大スタンピードについて、騎士団で調べた全容です。前デュボン辺境伯夫人、並びにガーネル男爵未亡人が辺境に魔獣寄せのランタンを持ち込み、神殿長であるユタヤ司祭がそれを使い大スタンピードを起こした証言が書いてあります」


 貴族達の間でざわめきがおこる。エドガーが自分の母親を主犯と断じただけでなく、神殿が関わっていると公の場で断罪したからだ。


「これは、写しのようだが?」

「然るべき裁判の場で提出する為、本物は私が厳重に保管しております」

「写しでは、この証言が正しいとは言い難いな。本物を提出せよ。その上で、この件は一度持ち帰り精査することとする」


 王の目は明らかに握りつぶすと言っていた。


「いえ、厳正な裁判の場で提出いたします」


 頑として頷く気配のないエドガーに、王は厳しい視線を向けつつ、口元だけに笑みを浮かべ、穏やかな声を響かせる。


「まぁ良い。本日はデュボン辺境伯を讃える為に開いた式典、この話は後日としよう。して、デュボン辺境伯は婚姻を結んだばかりの新婚ではあるが、王子の元婚約者を押し付ける形になり、心苦しく思っていたのだよ」

「褒賞だと思い、謹んでお受けいたしましたが」

「いやいや、アレは元はただの孤児だ。聖女の魔法を支えたから第三王子の婚約者としていたが、正妃にするつもりもなかったしな」


 エドガーはグッと手を握り、聖女エマを馬鹿にする王の言葉に耐えた。


「無骨な私には、聖女ではなくなっても聖女のように素晴らしいお方です。この年まで良縁に恵まれませんでしたので、王のご温情、ありがたく思っております」

「ふむ……、しかしアレに魔力が戻ったと聞いた。もし聖女と再認定されれば、神殿に帰依しないとなるまいな」

「そして、また魔力がなくなれば打ち捨てるおつもりか?今の彼女はエマ・デュボン。神殿も認めたデュボン辺境伯夫人です。聖女であろうがなかろうが、それが覆ることはないということをご理解ください」

「あぁ、確かに聖女の治癒力は辺境に必要かもしれんな。それならば、高位魔法を使える治癒士を数名、辺境に派遣しようではないか」


 押し付けた形になる無能な聖女など、寄越せと言えばすぐに手放すと思っていた王は、エドガーが治癒士としてのエマを手放すつもりはないのだと理解した。

 確かに、危険な辺境にこそ司教級の治癒士が必要であるのに、誰も行きたがらない為に、治癒士としてもまだ未熟な者ばかり辺境へ送っていた。

 神殿からは避難の声も出るだろうが、今回のユタヤ司祭の不祥事に目をつぶるとすれば、司教の派遣にも頷くに違いない。

 蘇生の魔法を使える聖女は、いかなる時も王家の側にいる必要があるからだ。


 王は、勝手に自分の良いように頭の中で話を進め、出戻りの聖女を次は誰に娶らせようか?とまで考えていた。


「治癒力のあるなしは関係ない。エマ」


 エドガーは立ち上がると、後方に控えていた聖女エマを呼び寄せた。

 エドガーの視線を避けるように顔を背ける貴族達の中、赤い宝石を散りばめた清楚な薄い菫色のドレスを着ており、短い髪の毛はそのままに、片側だけ編み込んで赤い小さな生花を飾っていた。


「そなた……髪の毛が」


 誰もが長い髪をしている中、デュボン辺境伯夫妻の短髪は異質に写ったのだろう。王は聖女エマの短い髪の毛を指差して、呆気に取られたように口をポカンと開けていた。


「お久しぶりでございます。陛下におかれましてはご健勝のこととお喜び申し上げます」


 第三王子の婚約者時代に培った礼儀作法を披露し、聖女エマは優雅なカテーシーをした。


「なぜ大切な髪を……魔力が……」

「魔力を失った私には必要のなかったものでしたので。この髪の長さでは、蘇生の魔法は使えません。元の長さに戻るには五年はかかるでしょう。戻る前に、また魔力が枯渇するとは思いますが」

「は?」


 聖女エマはニッコリと微笑んだ。


「私に魔力が戻ったのは一時的なもの。最愛の旦那様が死の淵にあり、最後の力が溢れ出たその余波です。いづれ消える力ですから」

「なぜ、そう言い切れる」

「そうですね。では、王都で流行っている伝染病の患者を三人……いえ五人連れてきてください。私の余力はそれくらいだと思いますので」

「この場に病人を連れてこいと言うのか」


 エマは周りを見回すと、一人、また一人と指差した。最後に、王と同じ壇上にいた第三王子チャールズを。

 チャールズは金髪水色の瞳の美青年だったが、その目尻には数本皺が寄り、顔色が良くなかった。


「チャールズ、おまえ……」

「いえ、私は病気などでは!」


 第三王子チャールズは、聖女エマとの婚約破棄後、最近近隣の国の女王の王配になることが決まったばかりだった。


「身を慎めとあれほど言ったばかりだと言うのに!」

「ですから、愛人とは全員手を切ったではありませんか」

「ではなぜ病気が伝染る?!あり得ないだろう!」


 貴族達の目の前で、醜い言い争いを始めた王と第三王子チャールズを止めたのは、王太后だった。


「見苦しい!聖女よ、もしチャールズがあの伝染病にかかっているとして、おまえを捨てた男を治してやる気はあるのか」

「はい、王太后陛下。もちろん、私が治癒魔法を使わなくても、王都にはその病気を治せる治癒士は数名おりましょう。ですから、私が出しゃばる必要もないかと思いましたが、あの病気は老化が始まってしまったら、病気の治癒はできても若さは戻りません。ですから早めの治癒をと思い、症状の出ている方を指名させていただきました」

「では、症状の出ていない者も、この中に紛れていると?」


 王太后は深いため息を吐いた。


「はい」


 聖女エマの瞳が第三妃シャーリーと、第一王女サーシャに向かった。


「なんてこと……」


 王太后は椅子から立ち上がると、王の代わりに式典の閉会の挨拶を始めた。そして、エドガーと聖女エマ以外の貴族を全て式典の間から締め出し、王族は全て残された。


「王族は全て治癒されたと聞きました。チャールズ、あなたも一度すでに治癒した筈ですね」

「はい、お祖母様。だから僕は愛人とは手を切ったんです。五人共です。誰から伝染されたかわかりませんでしたし」


 王族の愛人が五人というのは、多いのか少ないのかはわからないが、その五人はその後どうなったのか……。王都であの伝染病の治癒が認められているのは、神殿関係者と王族、公爵侯爵位くらいまでだと聞いている。高位貴族の娘が愛人で収まる筈がないから、いまだに治癒魔法の順番待ちをしている伯爵位以下の貴族子女に違いない。


「その娘達とはその後」

「また病気を伝染されてはたまりませんから、一切会ってません」


 病気を伝染して、放置している発言に、やはり第三王子チャールズはクズだったと、聖女エマの眉間が険しく寄る。


「エマ、第三王子以外にも、感染者がいるんだな」

「はい。第一王女様と第三妃様です」

「な!シャーリー、貴様!妃の分際で浮気など。いったい誰と!」


 王がカッとなって叫ぶと、シャーリー第三妃の視線は助けを求めるようにチャールズに向かう。


「おまえ!相手はよりにもよってチャールズか?!息子より年下の男に恥ずかしくないのか!」

「まぁ!あなたが男として機能しなくなったのがいけないんじゃないですか!私に、これから先女の喜びを諦めて生きろと?第一、私だけじゃないわ。正妃だって男娼を数人抱えているし、第二妃だって、第一王子と」

「そういうあなたこそ、チャールズだけじゃなく、宰相とも寝ているじゃない」


 王家というのは爛れきっているらしい。


 お互いに暴露し合いつつ、言い争いを始めた妃達を前に、王は両手で顔を覆い、項垂れてしまった。多分、妃達の浮気よりも、自分の男性機能の不全をバラされたことがショックだったらしい。


「あなた!病気を治せるのよね?!まず私の病気を治しなさい!」


 サーシャ王女が聖女エマに駆け寄り、その腕を引っ張った。


「あなた、何を抜け駆けして」


 シャーリー第三妃が目を吊り上げて駆け寄ってくると、聖女エマの逆の腕を引っ張ろうとした。

 エドガーが聖女エマを妃や王女の手から奪い返そうとした時、王太后が一喝した。


「お止めなさい!シャーリー、あなたは宰相とも関係したのですね」

「……」

「答えなさい!」

「はい……王太后様」

「宰相をここへ呼びなさい。アレキサンダー!早く!」


 王太后が王に向かって命令すると、王は飛び上がって部屋を飛び出して行く。


「サーシャ、あなたはまだ未婚の王族です。こんな病気にかかったと知られれば、これから先にマトモな縁談もこないでしょう。相手はわかっているのですか」


 サーシャ第一王女は最初視線をそらしたが、王に連れられて部屋に入ってきた宰相を見て、目を吊り上げて宰相を怒鳴りつけた。


「あんたがいい縁談を用意してくれるというから身体を許したのに、病気を……しかも死病を伝染すとは何事よ!しかも、第三妃にまで手を出してるとか、意味わかんないだけど!」


 宰相からサーシャ第一王女、シャーリー第三妃に伝染り、シャーリー第三妃からチャールズ第三王子に感染ったというのが、今回の王族の感染経路だったらしい。


 目の前で罵り合いをする王族に、聖女エマはキレたように足を踏み鳴らした。


「四人共、そこに並んでください!いっきに治しますから、ちょっと黙って!お互いに言いたいことがあるなら、私達が帰った後でお願いします」


 聖女エマが詠唱を始め、魔力の網を大きく大きく練り上げて行く。隙間なく練り上げた魔力が金色のベールになって、チャールズ第三王子を始め他の三人も包み込むと、大きく輝いて治癒が完了した。


 聖女エマの魔力がいっきに消失し、魔力欠乏による貧血で倒れそうになったが、後ろに立っていたエドガーに支えられ、なんとか踏みとどまる。


「ありがとう……ございます」


 聖女エマは、自分の腕にはまったブレスレットに目をやり、あと一息、それこそ第三王子との結婚式の時と同じくらい、あとほんの僅かの魔力が貯まれば転移魔法が発動するところまできたことを知る。


「王様……私にあなたの病を治癒させていただいてもよろしいでしょうか?」

「私の?」


 聖女エマは、最後の治癒魔法を行う為に詠唱した。

 詠唱が終わった途端、聖女エマの腕からブレスレットが外れて落ちた。




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