第42話 罪と罰
「残りは、伯爵様のお母様と元婚約者だけになってしまいましたね」
神殿の者達から名前の出た感染してる可能性の高い商人達や、信仰心が厚く神殿に多大なお布施をした小金持ちの領民達、神殿の者達が通った娼館やその客。とにかくあらゆる感染者と思われる領民達が北の館に呼び出され、聖女エマの治癒を受けた。
また、今回の伝染病について、こと細かい内容を記した号外を出すことで、感染しているのではと恐れる領民達が北の館に押し寄せた。その中に、実際に感染していた者も少なくなくおり、そういう治癒してもらった領民達がさらに話を広めたことが、領地内の伝染病根絶に繋がった。
そう……、聖女エマが言ったように、カテリーナとミアを除いて。
「あの、今回は私もご一緒していいですか?私からも説得をしてみようかと」
「そうだな。しかし、証書にサインするまでは、治癒魔法は使わないように。いくら、泣き落とされたとしてもだ」
「わかりました」
エドガーは、聖女エマと共に南にある別荘へ向かった。
「いない?なんてことはないですよね」
南の別荘につき呼び鈴を鳴らしたが反応がなく、仕方なく数度呼び鈴を鳴らした。すると、しばらく待たされた後に扉が薄く開き、侍女が一人顔を出した。
「誰よ、しつこい……伯爵様!失礼いたしました。大奥様はお加減が悪く、ずっとふせっております。ご要件はなんでしょう、お伝えしてまいります」
「直に話す。扉を開けろ」
「いえ、しかし大奥様はご病気で……。伯爵様に何かあると困りますし」
侍女はエドガーを屋敷に入れたくないのか、扉を薄く開いたままエドガーを中に通そうとしない。
「その病気は、よほどのことがなければ伝染らない。問題ないから扉を開けろ。扉を開けなければ、力づくで入るが」
「お待ち下さい。今……今」
エドガーが侍女を睨みつけると、侍女は顔色を悪くして渋々扉を開けた。
屋敷の中は薄暗く、埃っぽい感じがした。
「申し訳ありません。伝染病を恐れて、ほとんどの使用人が王都に戻ってしまった為に、屋敷の維持が難しく……」
「それは、退職したということか?そんな報告は受けていないが」
カテリーナの部屋へ案内する侍女の後について歩いていたエドガーが、眉を寄せて尋ねた。
「いえ、王都の別邸の使用人達を連れてきましたので、別邸に戻っただけで、辞職などではございません」
「女主人がここにいるのに、その世話を放り出して、主人のいない屋敷でなんの仕事をするつもりだ」
「はい、それはもうごもっともでございます」
萎縮して縮こまった侍女は、よほどエドガーが怖いのか、ガタガタと震えていた。
「もういい。部屋はわかるから案内は不要だ。おまえはしなければならない仕事をしろ。母上付きの執事は?」
「王都に……」
エドガーは呆れたように息を吐いた。
「後で代わりの執事と補充する使用人をこちらに派遣する。ここに残っている使用人は、新しい執事の言う事を聞くように」
「承知いたしました」
侍女は頭を深々と下げると、小走りで廊下を戻って行った。
エドガーとエマがカテリーナの滞在している部屋につくと、エドガーが部屋をノックしてから返事を待たずに扉を開けた。部屋にあるロッキングチェアに、小さな老婆が座って居眠りをしていた。
「母上」
老婆はゆっくりと目を開ける。
「何の用だい」
「罪を認めて証書にサインをくれ」
エドガーは胸ポケットから魔法証書を取り出すと、カテリーナに突きつけた。
「はッ……、嫌だね。だいたい罪って何だい。私はただ神殿に寄付しただけじゃないか。あのランタンも、私は渡しただけだ。使ったのは神殿じゃないか」
「神殿の治癒士や下男達の証言、これを見れば、母上の罪は明らかだ。特に、マシューという下男は、母上とユタヤ司祭の話を側で聞いていたそうじゃないか」
カテリーナは、マシューという下男のことを覚えていたのか、怒りに任せて手元にあったティーカップを投げつけてきた。しかし、老人の腕力ではたいして飛ばず、エドガーの足元に落ちて割れた。
「忌々しい子!誰が産んでやったと思っているんだい!」
カテリーナは、それだけ叫ぶのに体力を使い果たしたのか、ゼーゼーと嫌な咳をしながらロッキングチェアの手すりに身体を倒れ込ませる。
「エドガー!エドガーとあの女が来てるんですって!」
さっきの侍女を引き連れて部屋に来たのはミアで、扉を力任せに開けるとドカドカと足音をたててエドガーの前までやってきた。
ミアは老人になると太る体質だったのか、前に会った時よりもブクブクに太っていた。おかげで、皺が若干だが伸びたかもしれない。
「カテリーナおば様!私はもう耐えられないわ。もう、これ以上醜くなりたくない!エドガー、証言でもなんでもするわ。そうよ!今回のスタンピードは、私とカテリーナおば様でユタヤ司祭に話を持ちかけて起こしたの。あなたの妻の元聖女のせいにして、領民にその女を断罪させようとしたの。ほら、貸して!サインするから」
ミアは証書をエドガーから奪うと、サラサラとサインをしてまたエドガーに突き返した。
「さあ!治癒してちょうだい!」
腕組みして聖女エマの前に立つミアは、ただのふてぶてしいおばさんだ。
聖女エマがエドガーを見ると、エドガーが視線だけで頷いた為、エマはゆったりとした口調で詠唱を開始した。光のネットが密度を増し、ミアを包み込むと、まるでミアが金色に輝くように発光した。光の最後の粒が消えた時、ミアはマジマジと自分の両手を見、右、左と自分の身体を見下ろし、そして叫んだ。
「何で元に戻らないのよ!!!」
(……なるほど、年取ったままで健康になったからか)
聖女エマは、治癒魔法について説明が必要だったかと、半歩下がってエドガーの後ろに隠れて顔だけ出した。
「治癒魔法は、状態異常は治しますけど、形態異常はそのままです。ちょん切れた部分があれば、くっつけたりはできますが、ない部分を生やすことはできません」
「私に欠けた部分なんかないわよ!」
「ですから、病気や怪我は完治できますが、病気により起こった形態異常……身体の老化はそのままなんです。若返りの魔法は私には使えません。若返りの魔法を永遠に受ければ、不死も可能になってしまいますからね」
ミアはアングリと口を開け、聖女エマの言葉を理解したくないとばかりに、思考停止になってしまったようだ。
「嘘よ……ゥゥゥッ!」
ミアはドスドスと音をたてて部屋から出て行った。
「……嘘よね。元に戻せるわよね?」
カテリーナがヨロヨロと立ち上がった。
膝はカクカクし、背中は曲がり、身長もグンッと小さくなっている。ミアとは真逆に、鶏ガラのようにガリガリだ。
「さきほどご覧になられたのが真実です。治癒魔法で病気は治りますから、加速的に老化することはなくなります。後は通常の時間の流れで年を重ねていけます」
カテリーナは唇をブルブルと震わせると、ボソボソと罪を認め出した。
あと数年。長生きならば十数年の生にしがみつくことにしたようだ。
最後に魔法証書にサインをし、カテリーナはロッキングチェアに戻っていった。
「この屋敷に、使用人を寄越す。その身体では、王都までの旅には耐えられないだろう。王都での詮議には代理をたてる。あなたは、この屋敷で待てばいい」
多分、代理にはエドガーが行くことになるだろうし、今の状態を説明すれば、残り少ない余生を辺境で制限を受けて過ごすことになるだろう。
カテリーナとミアにとって、今の状態で生きることが、一番の罰かもしれなかった。
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