第011話 エドガーの婚約者達

「……ハァッ」


 もう何回目のため息かわからない。エマは、いつもだったらがっついて食べるだろう上等なステーキにも手が伸びず、サラダにフォークを刺してはため息をついていた。


「エマ様、何かお気に召さない食材でもあったでしょうか?」

「うん?いや、違うの。ちょっと……」


 エマはアンをチラリと見た。


 黒髪をきっちりと後れ毛なくお団子に結い、黒縁眼鏡をかけているアンは、しっかり者の侍女の代表のような人だ。アンが取り乱したのを見たのは、エマが髪の毛を切ったのを見た最初の時だけで、常に落ち着いていて仕事も早く、仕事ぶりに貫禄があるから、四十くらいと言われても頷けるし、三十と言われても納得できる。


(彼女なら、エドガーさんの想い人について知っているかもしれない)


 エマは、フォークを置いてアンを手招きした。


「あのさ、アンは侍女になってから長い?」

「まぁ、それなりに」

「それなり……か。ね、アンはいくつ?エドガーさんと同じくらい?」

「年齢ですか?二十五です」

「二十五?!」


 エドガーとエマのちょうど中間、まさかそんなに若いとは思っていなかった。結構な衝撃を受けたが、それを顔に出すのは失礼だと思い、何とか驚かを隠そうとする。もう素っ頓狂な声で聞き返してしまったから遅いのであるが。


「じゃあ、侍女歴は?ここ以外で働いたことは?」

「デュボン辺境伯家以外はありませんね。正式な侍女になってからは七年ですが」


(七年か。七年なら知っているかな?)


「エドガーさんが辺境伯になったのはいつか知ってる?」

「十年前ですね。前辺境伯が大スタンピードでお亡くなりになられて、辺境伯をお継ぎになられましたから」

「随分若い時に継いだんだね」

「そうですね、あの時は大変でした。伯爵様も大怪我を負いまして、あの顔の傷がそれなんですが、魔獣の爪に毒があったせいで、死の淵を彷徨われて……」

「そんな大怪我だったの?!」


 傷痕すらカッコイイとか安易に思っていたエマは、気軽に考えていた自分を殴りたくなる。


「ええ。しかもそのせいで、結婚間近の婚約者様は出ていかれてしまって……。しかも、あんなに坊ちゃまのお金でドレスや宝石を買い漁った癖に、まだ寝込んでいる坊ちゃまを見舞いもせずに、たった一枚、こんな醜い男とは結婚できないという書き置きを残して。なんの前触れもなく、婚約者様の部屋がもぬけの殻になっていた時のショックはなかったですよ」


 アンは、珍しく感情をあらわにしてテーブルを叩いた。


(坊ちゃま?エドガー様のことだよね?)


「え?何それ酷い!傷があってもなくてもエドガーさんがはカッコイイのに。……でも、それって有名な話なの?」

「まぁ、婚約者様に出ていかれたのは、領民なら皆知っていると思います。まぁ、詳しい話は知らないでしょうが」

「えっと、アンはなんでそんな詳しいの?それと坊ちゃまって……?」


 アンは冷めてしまったエマの紅茶をいれ直した。


「私、この屋敷で育ちましたから」

「え?」

「執事のセバスチャンは私の父親なんです」


 セバスチャンはロマンスグレーのイケオジで……、そう言われてみればアンの眼鏡を外してみれば似ているかもしれない。翠色の目の色も同じだった。


「……気が付かなかった」

「それはようございました。仕事に私情を持ち込まないのが、我が家の心情ですから」

「じゃあ、アンは知ってる?エドガーさんの今までの彼女とか」


 アンは首を傾げる。


「彼女とは、お付き合いをしていた女性ですよね?そういう意味では、彼女はいらっしゃったことはありませんね」

「そういう意味じゃなければ?」

「婚約者様……は数人。辺境伯嫡男様ですから。さっきお話したのが子爵令嬢のミア様、十六から二十歳までと一番長いお相手です。二十二の時が伯爵令嬢カリン様、二十三が男爵令嬢レイチェル様、二十五が同じく男爵令嬢ウリエル様、二十六が騎士爵令嬢ユリア様、二十九……去年ですね……が男爵令嬢チェルシー様です。皆様、伯爵様には馴染めずに婚約破棄を望まれした」


(ミアにカリンにレイチェル……。総勢六人も婚約者がいたの?!ってか、私は七人目?元カノ六人とか、多いの?少ないの?)


 貴族だから後継者の問題があるからなんだろうが、硬派っぽい見た目のわりに女を取っ替え引っ替えしたのかと思うと、胸の奥がムカムカしてくる。


「でもご安心を。皆様この屋敷に滞在なさいましたが、最初の方を除いて皆様短期逗留です。カリン様なんか、三日で出ていかれましたからね」


(それはそれでムカつく!エドガーさんの何が不満だっていうのよ)


 彼女達が婚約破棄してくれたおかげで、エマが今エドガーのお嫁さんになれたのだが、そんなにたて続けに婚約破棄を言われてたら、そりゃ婚姻証明書に判子も捺したくなる訳だ。王命でもあった訳だし。


 エマは、エドガーをふった婚約者達にも、エマと悩むことなく結婚したエドガーにも腹が立ってくる。


(大体ね、後継者が欲しくて婚約者をいっぱい迎えて来た癖に、私とは白い結婚とか、意味がわからない。魔力無しは子供ができないのかもしれないけど、そんなの試してみないとわかんないじゃん)


 魔力無しが子供ができない……というのはただのエマの思い込みだ。


(よし!!試してみよう!)


 痛いのが嫌いで、初夜に恐怖すら覚えていて、初夜から逃れる為だけに無謀な転移さえも実現してしまった元祖エマと、痛いの痛いの飛んで行け……で気合いで痛みを乗り切る新生エマとでは、閨事に関する考え方は間逆と言っても良かった。


(まずはリサーチよね。いきなり襲ったらただの痴女だし、エドガーさんの好みに沿えれば、もしかしたら受け入れて貰えるかもしれない。そうよ、手に入れたいけど手に入れられない女性と、目の色は同じなんだもん。見た目も寄せれば、ワンチャンあるかも!)


 思考がもはや聖女ではないが、エマに聖女であった頃の記憶はないし、もはや元聖女だから清く正しく生きなくても良いのでは?と、エマは自分の行動を正当化する。

 ちなみに、この世界の聖女は、光魔法の最高位魔法である蘇生が使える人物であるというだけで、清らかである必要はない。第一、第三王子と結婚一秒前だった訳だし。


「アン、エドガーさんの婚約者だった人の中で、紫色の瞳の人っていた?」


 エマはさっそくリサーチを開始する為に、食事はすでにそっちのけで、アンの方へ椅子の向きから変えて向き合う。


「紫ですか……、確かミア様がそうだったでしょうか?」

「ミア……」

「子爵令嬢の……最初の婚約者の方です」

「どんな感じの子だった?見た目とか性格とか。エドガーより年上?年下?」

「四つ年下かと。綺麗なブロンドの巻き髪の……可愛らしい感じのお嬢様でした。ちょっとアホっぽい」

「アホっぽい?」


 アンはシレッと毒を吐く。


「『私〜、あのドレスが〜可愛いと思いますの〜』とか、語尾を馬鹿みたいに伸ばしながら、目をパチパチさせて言うのが可愛いと思っているようなアホっぽさです。『別居婚も〜ありだと〜思う訳で〜』とか、後継も産んでいないうちにのたまっちゃうくらいのアホです」


(いや、もう「っぽい」とかも最後抜けて、「アホ」って言い切ってるけど)


「つまりは甘ったれた口調で話すナヨナヨした感じの女子……かな?」

「まぁそうです」


 エマと正反対な感じの女子がエドガーのタイプのようだ。

 性格はどうにもならないから、せめて見た目くらいは寄せてみようと思う。喋り方は……多分自分で話して鳥肌が立ちそうだ。


「アン、衣装部屋にあるドレスの中で、そのミアって子が着そうなドレス……いや今から着るならイブニングドレス?とりあえず、そんなようなの持ってきてもらえる?」

「お似合いにはなると思いますが、エマ様のご趣味ではないと思いますよ」

「いいの!エドガーさんの好みの女性になってみせるわ!」

「エドガー様の好みですか?」

「うん、ワンチャン狙おうかと思って」

「ワンチャン……。よろしいでしょう。この時間から着るならばもちろんナイトドレスでよろしいですね。では、私は衣装を選んでまいりますから、エマ様はきちんと夕飯をおとりなさいませ」


 アンの眼鏡がキラリと光る。


 エマが何を考えているのかは読めないが、エマがエドガーに好意を持ってくれ、二人の仲が深まり、さらには後継ができるような行為に至ってくれれば、辺境伯家に仕える人間としては万々歳だ。


 エマが夕食を食べ終わり部屋に戻ると、風呂の準備ができており、先に風呂に入るように言われた。風呂から出ると、アンがスタンバっていた。


「これなんか、ミア様っぽいナイトドレスです」


 ドーンと目の前にあったのは、ピンクのフリルが段々についた膝丈ドレスなのだが、少し透け感が強い気がするのは気のせいだろうか?


「……これがミアさんぽいドレス?」

「さようですね。ミア様ならばこんなナイトドレスを着ていたように思われます」


 そう言われると、とりあえずは袖を通してみようと思える。エマはナイトドレスは夜着るドレスと解釈していたが、実のところネグリジェという部類の衣服であるとは理解していなかった。

エマがナイトドレスを着ると、アンは念入りにカツラが外れないように調整する。

 鏡に映った自分を見て、微妙に見えてはいけないところが透けて見えていないか気になってしょうがない。


「これ……透けてない?」

「ナイトドレスならば全然余裕です」


(フリル一枚を取ればスケスケだけど、段々になっているからかろうじて見えないのかな?それにしてもこれがエドガーさんの好み?まぁ、男性ならみんな好きそうではあるけど)


 もっと攻め攻めのナイトドレスもあるから、エマが着ているのは大人しいと言えなくもない。

 見えそうで見えない、いややっぱり見えてる?というくらいには透けてはいるが。


「エマ様、伯爵様が先程お戻りになられたようです。さぁ、行きますよ」

「え?これで?」


 エマはナイトドレスの上からガウンを羽織らされて、アンに引きずられるように部屋を出た。






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