第010話 模擬戦

 全体演習が終わってから一ヶ月、獣人達の武器使用について大分受け入れられてきた。

 もちろん、いまだに素手にこだわる者達もいるが、彼等獣人兵士にとって、討伐した魔獣の数が給料にも反映されるから、より稼げる手段があるならば、武器だろうがなんだろうが使ってやろうという獣人も多かった。


 まず、パワータイプの獣人向けは、大剣、大槍、大盾。一番人気は盾だった。しかも、本来の用途とは少し違うかもしれない。相手の攻撃を受け止めるだけでなく、ぶん回して殴りつける、押し潰すなど盾で攻撃するのだ。


 次、スピードタイプの獣人向けは、細みの剣、合口、手裏剣、クナイなど。こちらの一番人気は以外にも(エマの一押しは手裏剣だったから)合口だった。合口とは鍔のない小刀、いわゆるドスである。刀の方が馴染みがあるからだろうが、手裏剣とクナイを広めようと、エマは忍者講座を開設予定である。


 そして、エマも初めてその存在を知ったのだが、偵察部隊としての鳥人がいるらしい。凄く臆病な種族で、滅多に見ることはないが。

 彼等は偵察部隊ということだが、できれば魔獣を倒して給料を上げたいと、いきなり目の前に飛び降りてきて懇願された。

 しかし、彼等の腕は羽で、その先に手がついているのだが、滑空している時以外は腕を羽ばたいて飛んでいる訳だ。そこで思い出したのが某アニメで出てきた腕につけるクロスボウ。連射機能付きだ。


 ほぼアニメからの抜粋になってしまったのはしょうがない。エマがキララだった時は、自衛隊勤務でも警官でもないただの体育大学の学生だったんだから、正しい武器の知識なんかないに決まっている。

 ただ、こんな感じと説明すると、エドガーが武器制作の専門家と改良を重ね、概ねエマの説明に近似した物を作ってくれた。

 エマが凄いというより、その専門家の人が凄いんだと、拍手を送りたいくらいだ。


 そして、各自武器を使った練習にも慣れたある日、エマは忍者の衣装を身にまとい、第一鍛錬場に立っていた。


 忍び頭巾には耳を入れる尖りがつき、忍び衣装の上着には隠しポケット多数。モンペのように多少膨らみのあるズボンも、ポケットを沢山つけてもらったから、カーゴジョガーパンツのようになっていた。


 頭巾で目以外は隠れるから、エドガーに正体がバレない為にはちょうどいい。


「なんていうか……奇妙な格好だな」

「でも、耳のとことか可愛いぞ」


 ボアには好評のようだが、イアンからは残念な子供を見るような目で見られた。


「どうせなら、なりきらないとね」

「何にだよ」

「忍者だよ」


 エマは小学生時代を思い出していた。あの時はバク転や側転くらいしかできなくて、それらを組み合わせて忍者ごっこをしていたが、今ならバク宙はもちろん、ロンダートからバク転、伸身宙返りくらいは披露できる。より忍者っぽいだろう。


 サーカスの軽業師に憧れて体操を始め、忍者ごっこを極める為にさらに体操に励み、いつだって楽しんで体操をしてきた。別にオリンピックを目指していた訳じゃないし、将来は体育の先生になって、体操部の顧問とかできたらいいなと思って体育大学にも入った。


 それがいきなり気がついたら結婚式からの婚約破棄。元聖女とか言われても知らないし、エマという少女に転生してエマの記憶を無くしたのか、エマという少女の身体に魂だけが転移(注:これが正解)したのかわからないが、何が何だかわからないうちに辺境に送られて、超絶タイプな旦那様ができた。旦那様と言っても、残念ながら紙の上だけのなんだけど。


「頑張ってこいよ!」

「キララ、ファイト!」


 イアン達の応援を受けて鍛錬場を進み、その真ん中に立つと、エマは少しだけこの格好を後悔した。


(やっぱり忍者は修行してなんぼよね)


 北の辺境とはいえ、夏は日焼けするくらいには暑いのだ。忍者装束は日焼けはしないだろうが暑さに負けそうだ。


 今日は、以前エドガーと約束していた騎士との模擬戦の日だ。ついでに新しい武器のお披露目でもある。


 魔法騎士VS武器を使用する獣人。


 三対三の団体戦で、二人勝った方の勝利となり、勝者には金一封が出ることになっている。模擬戦の為に、剣の刃は丸めた模造刀を使うし、魔法は殺傷能力のない低級魔法限定だ。勝敗は、頭に巻いたハチマキを奪い取られるか、模擬戦会場から一歩でも足が出たら負けだ。制限時間は十五分。勝敗がつかなければ引き分けだ。


 エマは先鋒だった。

 相手は、全体演習の時にエマにつっかかってきたあの男だ。


「ピエール・コンチェッタ、キララ、前へ」


 主審はエドガーで、他に四人の副審がラインの四隅に控えていた。


「クソッ!おまえのせいで階級落ちしたじゃねえか。人間の言葉を喋る薄汚い獣の分際で、人間様に歯向かうとどうなるか、しっかり躾てやる!」


 ピエールはすでに怒りマックスなようで、赤ら顔をさらに赤くしてエマに悪態をついた。


「ピエール・コンチェッタ、余計な口はきくな」


 エドガーに注意され、ピエールは苛立ちのままエマを睨み付ける。


 エマはクナイを構え、クルクルと色んな回し方をしてみた。本当のクナイは武器ではなかったようだけれど、アニメの知識しかないエマにはこれが正解だから良いのだ。しかも、この回し方は、キララ時代に動画を見て練習したものだ。

 動く物を目で追ってしまうのは、何も獣だけの習性ではないらしく、ピエールもクナイの動きを目で追っているようだ。


(うん、いい感じ)


「両者、礼。始め」


 エドガーの号令で、ピエールは剣を眼前に構えた状態で詠唱を開始した。その目には何が何でも詠唱は途絶えないぞとう気合いに溢れている。


 エマはズボンのポケットから皮袋を取り出した。それをピエールに向かって投げつけた。


「馬鹿め!同じ手に二度とかかるか!」


(いや、詠唱止めて喋っちゃった時点でアウトだよね)


 エマは少し呆れながら、魔法が完成せずに霧散する剣を眺める。そして、ピエールは顔面に向けて投げつけられた皮袋を剣で切り裂いた。その途端、皮袋から粉末が舞い散り、ピエールの 顔面を襲った。


「ウワッ!痛ェッ!クション、クション、イタタタッ!ハックション」


 エマはニンマリする。


 料理長のサントスに作ってもらった、特性唐辛子胡椒玉だ。わざわざ皮袋を切り裂いてくれたので、豪快に粉が舞ってピエールの顔面に直撃した。

 唐辛子が目に入ったようで、ピエールは剣も取り落として涙と鼻水だらけになって顔を押さえている。


 エマはバク宙も、伸身宙返りも披露することなく、ついでにせっかく用意したクナイさえも未使用のまま、スタスタと歩いてピエールの前に歩いて行くと、その頭にあるハチマキを奪い取った。


「勝者、キララ!」


 予想外に唐辛子胡椒玉の威力が凄過ぎて、面白くないというか……。あの配合、神かもしれない。後でサントスに礼を言わなくてはと思いながら、エドガーにハチマキを渡した。


「さっき投げたやつ、凄い威力だな。対魔獣用にも使えるかもしれない。是非、配合を教えてほしい」


 事前に、何を使うかは申告してあるので、人体に悪影響のある毒ではないことをエドガーは知っていたが、ちょっと予想以上の効果に、エドガーの表情も微妙であった。


「了解しました」


 あなたの屋敷の料理長がご存知ですよ……と思いながらも頷くと、エマは選手の控えるテントに戻った。


 二回戦はシュナイダー・ガラシャとイアンだった。


 イアンの武器は合口。小刀より少し長く、鍔がないのが特徴だ。しかも抜刀も片手ででき、片手で操れるという利点がある。エマは手甲鉤もおすすめしたのだが、それなら爪でいいじゃんと言われ、確かに……となって諦めた。


 イアンの相手のシュナイダーとは、合同演習の時にエマに剣を奪われた新人騎士だった。


「へえ、髪の毛切ったんだ」


 シュナイダーの背中まで長かった金髪はばっさりと切られて、クルクル巻き毛になってタンポポの綿毛のようだ。まだ身体は細く騎士として出来上がってはいないが、合同演習の時のようにオドオドして戸惑った様子はなかった。


「シュナイダーは、剣の腕は良いのだが、魔法が苦手だったんだ。キララに言われたことで吹っ切れたようだ」

「あれ?主審は?」


 いつの間にか隣に来ていたエドガーに、エマの心拍数が一気に上がる。


「副団長のルイスに頼んできた」

「そうですか。……座ります?」

「ああ」


 エドガーがイアンの席に座る。


「じゃあ、最初から剣を合わせますね」

「そうなるだろうな」


 エドガーの言う通り、シュナイダーは詠唱することなくイアンに斬り掛かった。イアンは合口で剣を受け流す。


「ほう、あの獣人の動きもいいな」

「イアンは身が軽いから」

「でも、武器の習熟度ではシュナイダーが押してるか」


 ジリジリと会場の端までイアンは追い込まれてしまう。イアンの片足が境界線を踏んだ時、シュナイダーは剣でイアンを突き出そうと突きを繰り出してきた。その途端イアンは真上にジャンプし、シュナイダーの突き出された剣を踏み台にすると、さらに一回転しながらシュナイダーを飛び越え、その勢いでシュナイダーの背中を蹴り飛ばした。


 シュナイダーはつんのめって境界線の外に出てしまう。


「勝者、イアン!」


 ルイスに高らかに勝利を宣言され、イアンはバク宙して喜びを表していた。


「本当、身が軽いな」

「あれくらいなら私にもできます。見ます?見ます?」


 イアンがエドガーに褒められたのにヤキモチを焼いたエマが、プーと膨れて主張する。


「いや、それはまた今度。おまえ達獣人の身体能力の高さは貴重だ」


 エドガーが厳つい顔を緩めて貴重な笑顔をエマに向けた。


(笑顔いただきました!)


 エマはエドガーの笑顔に舞い上がり、満面の笑みをエドガーに向ける。

 エドガーはそんなエマの菫色の瞳をジッと見つめた。


「キララは似ているな」

「え?」


 エドガーがキララの顎に手をかけ、その顔を覗き込む。


「だ……誰かに似てます?気のせいじゃないかなぁ」


 まさかキララがエマであることがバレたのか?


 顎を持たれているから顔を背けることもできず、視線だけを横にそらしてエマはしらばっくれた。


「同じ色だ」

「色……」

「その菫色の瞳だよ」

「……どなた様ですか」


 エドガーはエマから手を離すと、自嘲気味に顔を歪めた。


「(いずれは手放さなければならない)俺の手には入らない女性だ」


(何ですと?!!!)


 てっきり、エドガーの妻であるエマに似ていると言われると思いきや、想定外の言葉にエマはフリーズしてしまう。


「奥様以外の……ってことですか?」

「この話は終いだ。ああ、最後の試合も終わったな。あの武器は反則だろ。あれじゃ、絶対に近づけない。時間切れで引き分けだな」


 会場を見ると、鉄の大槍を時間いっぱい振り回していたボアが、地面に寝転がっていた。相手の騎士がゲラゲラ笑いながらボアに手を差し出している。二人共ハチマキをつけたままだから、エドガーの言うように引き分けだったようだ。


 二勝一引き分け。


 獣人達の勝利に、騎士達はそれぞれ思うところもあったらしい。また、獣人達も武器(エマの戦い方は置いておいて)を使えば、騎士と同等以上に戦えることを理解した。


 どちらにとっても得るところのある模擬戦にはなったのだが……、エマはそれどころではなかった。


 エドガーの手に入らない女とは?つまりは手に入れたいけど入らない女性がいるってことで……。


(推しの幸せは私の幸せ……な訳ないじゃん!女関係に関しては推しきれませんから!!)






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