第06話 辺境騎士団入団テスト

「次、七番と八番」


 八番の腕章をつけたエマは、「はい!」と元気よく手を上げて立ち上がった。


 今日は辺境騎士団入団テストの日、エマはエドガーから買ってもらったシャツにズボンを履き、イアンがくれた獣耳(小さなネズミの耳らしい)のついたカツラをかぶり、キララと名乗って入団テストが行われる第二鍛錬場に来ていた。

 字が書けない獣人は多いらしく、入団テスト受け付けに行くと名前と年齢を聞かれて番号の書かれた腕章を渡された。試験を受けに来たのはエマを入れて十五人。この半数が合格というか、見習いになれるらしい。正式に合格となるのは一年後。残るのはさらに半数くらいだと言うことだ。


 この試験は、番号順にペアになって戦い、腕章を奪い取った方が合格となる。奇数人数の時は負けた人の中から一番強そうな人を選んで二回テストを受けさせるらしい。


 エマの相手は大柄な獣人だった。全体的に厳つくてゴツゴツしているイメージなのだが、目だけが小さくてクリッとしていてなんだか不釣り合いな感じだ。


(間延びした顔に小さな目……なんかここまででてるんだけどなぁ。なんだったかなぁ)


「豚だ!」

「阿呆ォッ!猪だ!」


 目の前の獣人が顔を真っ赤にさせて怒鳴った。

 どうやら豚ではなく猪の獣人だったらしい。


「でも、豚と猪って同じ種だよね」

「俺等とあんな食われるだけの家畜を一緒にすんな」


 なるほど、それなりにこだわりがあるらしいが、それはそれで豚に失礼な気がする。


「七番猪獣人ボア、八番白ネズミ獣人キララ前へ」

「ネズミかよ。踏み潰してやる」


 倒せと言われたらキララに勝ち目はないが、腕章を取るだけなら身の軽いエマにも勝機はあるかもしれない。だてに一ヶ月筋トレをしていた訳でもない。それなりに動ける身体になっている。


「武器を使うも良し、素手で戦うも良し。ただし、相手を殺したら失格だ」


 武器と言われ、三人の試験官の前に置いてある武器を見る。

 色んな大きさの木刀に槍(穂の部分は布が巻いてある)、鞭などが置いてあった。

 今までの六人は素手で戦っていたようだが、使って良いと言われたら武器があったほうが良い気がする。


 エマはそんなに重くない細身の木刀を手にした。エマの小さな手にもしっかりと馴染む。部活は体操だったが、高校、大学の選択授業で剣道をとったこともあるし、他の武器よりは馴染みがある。


「おまえ、獣人の癖に武器なんか使うのか!恥ずかしい奴だな。爪はどうした!人間共に丸められたのか」


 爪?確かにアンに綺麗に磨いてもらいはしたが。


「なるほど、あなたの武器は爪なのね」


 爪が届く距離には近付かないようにしようと、頭に入れておく。それにしても、猪なら鋭い爪ではなく蹄じゃないんだろうか?でもそんなことを聞いたら余計に怒らせてしまいそうだったから黙っておく。


 エマが木刀を中段にかまえると、剣先を小さく動かすと、ボアの小さな目がそれに合わせてユラユラ動く。

 剣道を選択したと言っても、素人に毛が生えたくらいだし、木刀を振り回してこの硬そうな筋肉に当たっても、エマの力ではそこまでのダメージは与えられないだろう。


(同じ筋肉でも、こっちの筋肉は推せないなぁ)


 エマは考えながらも最小の動きでボアの突進を避ける。ボアの視線は常に木刀を追っていて、エマ自身の動きは見ていないようだ。

 ボアの動きは、まさに猪突猛進。勢いはあるが、直線的過ぎて避けることは簡単だ。距離が近くなれば、木刀で喉元に突きを繰り出せば、ボアは勝手に飛び退ってくれる。どうやら、剣の突きはこちらではあまりない動きなのか、ボアからしたらトリッキーな動きに見えるようだ。


「クッソ!ちょこまかと鬱陶しい奴だ。男なら組み合え!」

「は?男じゃないし」

「ハァッ?!」


 ボアが一瞬虚をつかれた隙に、エマはボアにの顔面に突きをいれようとした。ボアが右腕を前に出して顔を庇おうとしたのを見て、エマはその腕にある腕章を蹴り上げ引き裂いた。

 木刀に集中していたボアは、下から攻撃がくるとは思っていなかったのだろう。しかも、背の低いエマの足が、靭やかに垂直に自分の顔に届くまで上がるとも想像しなかったに違いない。


 引き裂かれた腕章は地面に落ち、エマは素早くそれを拾うとボアから離れた。


「勝者、キララ」

「やった!」


 キララは腕章を握りしめてピョンピョン飛び回り、ボアは自分が負けたことが理解できないようにポカンとしている。


「チクショウ!なんで俺がこんなチビに負けるんだ!!」


 飛びかかってくるんじゃないかと思いエマは身構えたのだが、ボアはその小さな目に涙をみるみる溢れさせ、地べたに座り込んでワンワンと泣き出してしまった。


「え……?ちょっと」

「ウワーッ、ウワーッ、ウワーッ」


 鼻水まで垂れてかなり汚い。


「ほら、次の人の試合が始まるから横にずれて」


 エマがボアの腕を引っ張ると、グズグズ泣きながらボアは鍛錬場の端まで移動し、木の根元に三角座りして泣き続ける。なんとなく流れでその横に立つエマは、ボアを放置して去ることもできず、どうしたものかと途方にくれた。


「キララ、合格おめっとさん」

「イアン、見てたの?」

「ウウゥッ……」


 イアンが木の陰からひょっこり現れ、キララを祝福する言葉を言うと、ボアはさらに顔を膝に押し付けて泣き続ける。


「なんだ、このガキ。デカいのに泣き虫だな」

「ガキ?」


(見た目おじさんなんだけれど、もしかしてイアンよりも若いんだろうか?まさかね)


「えーと……ボア君、君いくつ?」

「……十二」

「そう十二……十二?!」


 一瞬頭の中で二十歳と変換し、いや十二って聞こえたと聞き返す。


(この見た目で小六とか有り得ない。ランドセルとか背負っちゃうの?この世界にランドセルがあるかわからないけど。そりゃ十二歳だったら、負けたら泣くかもな)


「あー、おまえの動きはさ、直線的なんだよ。わかりやすいの。視線とかちょっとした動きでフェイントかましたりしないと、相手を捕まえられないんだよ。おまえ、パワータイプみたいだから、組み合わなきゃ意味ないだろ」

「うん……グズン」


 やはり若いからか聞く耳は持っているらしく、イアンがフェイントのやり方などを伝授しているのを真剣に聞いていた。


「ほら、最後の一人が余ってるから、もう一回テスト受けたいってアピールしにいけよ。選ばれれば、もう一回チャンスあっから」

「うん!ありがとう」


 ボアはドスドスと試験官の元に走っていった。


「私の時もそうだったけど、イアンて面倒見いいよね」

「まぁ、弟妹がいっぱいいるからな。改めて、キララ、入団おめっとさん。明日から兵士見習いだな」

「うん。よろしく」

「キララは寮に入るのか?家が近い奴は通いの奴もいるけど」

「通いになるのかな」

「あ……、あいつ勝ったみたいだぜ」


 ボアが最後の入団希望者のテスト相手に選ばれ、瞬殺で相手の腕章を引き千切っていた。


「あの子、強かったのね」


 ボアが雄叫びを上げて喜び、エマ達の元に走ってきた。


「やった!勝てた。入団だ!キララと……」

「イアンだよ」

「イアンのおかげだよ。これで兄弟に旨いもん食べさせてやれる」

「見習いでも給料いいからな。うちは十人弟妹がいっけど、みんな学校に通わせてやれてるぜ」


 イアンが得意げに鼻をこする。


「マジか!うちは下に七人いるんだ。ウワァ、学校かぁ。俺の下二人ももう働いてんだけど、じゃあその下の奴等には学校行かせてやれるかなぁ」

「楽勝楽勝。高等学校だって夢じゃないぜ。入るには、それなりに出来が良くないと駄目だけどよ。うちは三人、入ったぜ」

「すげーッ!イアンさんが学費出したのか?」


 ボアはイアンを尊敬の眼差しで見つめ、いつの間にか敬称付けで呼んでいた。


「ったりめえよ。見習いから兵士になりゃ、それくらいの甲斐性はあらあな」

「え?見習いもお給料出るの」


 エマは自分もお給料が貰えるとは思っていなかった。


「おまえ、金稼がないでどうやって生きてくんだよ」


 呆れたようにイアンが言い、ボアもうんうんと頷いている。


 キララだった時は、まだ大学生だった為、親が学費も生活費も出してくれていた。部活とかの交際費やスマホのお金だけバイトで稼いでいたくらいだ。

 今に至っては、全ての生活必需品どころか贅沢品までエドガーにおんぶに抱っこだ。


 でも、もし五年後離婚が成立するとしたら、自活しなきゃいけないのだから、今から貯めておくのはありかもしれない。


 離婚……。


(離婚しても、騎士団にいればエドガーさんを見ることくらいはできるかもしれないし、関係性は変わってしまっても、推しを愛でる権利くらいはある筈だ!)


 エマはこうして、兵士見習いの白ネズミ獣人キララと、辺境伯夫人エマの二重生活を送ることになった。




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