第04話 獣人

「エマ様、どちらへ?」

「散歩行ってきまーす」


 辺境伯夫人になってからはや一ヶ月。


 夫は見た目は強面だけれど、穏やかで人情味豊かな優しい人だ。しかも推せる筋肉は見ていて楽しい。

 食事も美味しいし、寝床はフカフカ(夫婦だけど寝室は別なの。白い結婚って、夫婦生活をしないことだって、後でアンに聞いて「ゲッ!」って叫んだよ。別にHが好きな訳じゃないけど、合法的に推してる筋肉を見れる機会が〜!ってね)だし、エドガーの知り合いの娘(離婚後に私が気まずい思いをしないようにっていうエドの気遣いみたい。右手の紋章も手袋をしたり、白粉をはたいたりして隠している)って設定でお世話になっているから、砦の人達は凄く親切だ。ちなみに、執事のセバスチャンと、エマ付きの侍女であるアン、なぜか料理長のサントスだけはエマが嫁(仮)だと知っている。


 ただ……。


 暇過ぎる。無茶苦茶暇だ。TVもない、ゲームもない。エマができる娯楽と言えば筋トレくらいだ。言葉はわかるけれど、字が読めないから本も読めないし、読めたとしてもエマが読む活字といえば漫画くらいだから、エドガーの書斎にあるようなハードカバーで小難しそうな本は枕くらいにしかならない。


 食べて、筋トレして、寝る。たまに散歩。

 その繰り返しを一ヶ月。


 エドガーにはゆっくり休養してくれと言われたが、実際は一日でギブアップだった。とにかく身体を動かしたい。……そう思って、とりあえず部屋でできることと思い、倒立してみた。運悪くアンに見つかり、伯爵夫人がそんなことしてはいけないと、しこたま怒られたが。

 そうしたら、この身体のあまりの筋肉のなさに驚愕した。

 まぁ、なんとなくわかってはいたが、筋肉も体力も驚く程ないのだ。


 で、部屋で人に見られずにできる筋トレをして、やっと人並みくらいの筋肉と体力をつけてみたものの、できるばもっと広いところで運動したくなった。走り回りたい、バク転したい。平均台とか段違い平行棒とか、あの緊張感や集中力が高まる感じが好きだった。


 そこで、エマは似たような物がないか、せめて人に見つからずに走り回れる場所や床運動できるような安全な地面(屋敷の周りは基本砂利道)はないかを探す為に、砦を散歩することにしたのだ。これがまたいい暇つぶしにもなるし、歩いているだけだが良い運動にもなった。

 最初はエマの迷子防止にアンが案内してくれていたのだが、屋敷内も大分把握できてきたこともあり、屋敷の外には出ない(周りは高い塀に囲まれているから出れない)ことを約束して、エマ一人での散歩が許された。


 エマは周りをキョロキョロと見ると、ドレスをガバッと脱いだ。ついでにアンに作ってもらったかぶればいいだけのカツラ(地毛使用)も外してドレスに包んで人がこなそうな適当な部屋に突っ込んでおいた。

 エドガーが用意してくれたドレスは、綺麗で豪華なものなのだが、残念ながら運動には不向きだ。汚すのも破くのも気が引ける。だから、ドレスの下にここに来る時に着ていたワンピース(もちろん洗濯済み)を着込んでいた。


 身体も頭も軽くなり、エマは屋敷の周りを散策しだした。


(昨日は南に行ったから、今日は北へ行ってみようかな)


 この屋敷、辺境騎士団の詰め所、鍛錬場、寮も兼ねている為、塀に囲まれた中に主屋敷以外にも沢山の建物や倉庫が立っており、いざという時は近隣の民を保護して数週間は籠城できるくらいの備蓄も備えていた。

 また、北の森との堺には高い塀と堀があり、見張り台を設置して魔獣が森から出てこないか見張っていた。


 北側にも第二鍛錬場があると聞き、エマはそちらへ足を向けた。


 第二鍛錬場は、大門近くにある整地された第一鍛錬場と違い、野山の一部みたいな……自然のアスレチック場みたいな場所になっていた。そこを自由に走り回ったり、飛び跳ねたりしている者達の頭には……獣耳がついていた!!


(獣人!リアル獣人だ!)


 木々を飛び移ったり、高いところから飛び降りたりと、トリッキーな動きで相手を翻弄している猫獣人がいるかと思うと、木をへし折るという力技で相手を地面に叩き落とす熊獣人、一人黙々と大岩を持ち上げる象獣人、とにかく走り回っているのは犬獣人だろうか?


 第一鍛錬場では騎士達が剣や槍を合わせていたり、素振りをしていたり、弓の練習をしていたりと、所謂武術の鍛錬をしていたが、ここは何でもありというか、なんか凄く楽しそうだった。


「おまえ、ここは獣人専用の鍛錬場だぜ」

「ウワッ、びっくりした!」


 足音を全くさせずに真後ろに立たれて、エマは驚いて思わず飛び退った。


「おまえ……獣人じゃないよな?人間の癖に髪の毛が短いとか、もしかして虐待でもされたのか?うちの団長は貴族で人間のわりにはいい奴だから、言えば何かしら助けてくれるぜ。なんなら、俺が言ってやろうか?」


 猫耳の獣人は鼻をひくつかせて、エマの匂いを嗅ぐと、エマの短い髪の毛を痛ましげに見た。

 今会ったばかりのエマの為に何かしてくれようとするとか、人(?)の良さが見て取れる。


 茶トラのようなフワフワの髪色に、金色の少し吊り上がった大きな瞳、昔飼っていた猫を思い出した。


「これ、自分で切ったから大丈夫。ありがと。あなたは獣人?」

「あ、俺は獣人だけど奴隷じゃないかんな。ここには獣人奴隷はいないんだ。うちの団長がみんな開放したからさ。今は兵士として騎士団に所属してんだ」


 奴隷……この世界には奴隷という制度があるんだと驚く。こんな可愛い獣耳(可愛らしいのはあくまでも獣耳。他は普通の男性だから)なのに、獣人というだけでヒエラルキーは最下層になってしまうらしい。

 獣人は魔力を持たない代わりに、身体能力が優れているそうで、それに驚異を感じた人間は、獣人を誓約魔法で縛り奴隷にしたということだ。


 エドガーはそんな獣人奴隷を開放し、領民権を与えた。獣人も教育を受けられる機会を与え、職を斡旋し、領民の意識改革を行った。

 それでも根本には獣人が奴隷であった過去の記憶は根強く、迫害しようとしたり、見下した態度を取る人間は多いそうだ。

 それでも奴隷じゃないんだと、猫獣人は誇らしげに言った。彼はイアンと名乗った。


「へー、エドガーさんって凄い人なんだね」

「おまえ、エドガー様をさん付けって失礼だぞ。それにしても、おまえ辺境のことなんも知らないんだな」

「うん、まだこっちに来てそんなにたってないから」

「そうか、人間の癖に獣人に偏見がないとか、辺境育ちの奴等にだってなかなかいないのに、おまえ珍しいな」


 可愛い耳に萌えこそすれ、獣人奴隷という言葉を初めて聞いたのだから、偏見の持ちようがない。


「ねえ、私もこの鍛錬場を使ったら怒られるかな?」

「おまえが?そりゃ俺等は気にしないけど、上に見つかったらどうかなぁ」


 イアンは耳をヒクヒクさせて言う。

 その耳があまりに可愛くて、エマは思わず手を伸ばしてしまった。


「バカ!こら、止めろ!はしたない奴だな」


 エマがイアンの耳に触れた途端、イアンは顔を真っ赤にさせて身体をのけぞらせた。


「え?あ、ごめん。触ったらいけなかった?可愛かったものだからつい」

「可愛い……。いや、そりゃ俺の耳は魅力的かもしれないけど、獣人の耳は簡単に触るもんじゃない。性的なアプローチになるからな」

「性的……。ごめん、知らなかったから……」

「まぁ、俺はまだ成人してないからギリセーフだけどな。大人の獣人にしたら、その場で襲われるから本当に止めろよ。理性が飛ぶんだ」


(ヒーッ!それは恐ろしい!って、え?成人してないって……獣人の成人はいくつなの?というか、この世界の成人って何歳?)


 エマが小さいのかもしれないが、エマより頭一つ大きなイアンは、エマと同年代くらいに見える。


「あの……獣人の成人っていくつ?」

「人間と同じ十八だ。おまえは俺より下くらいか?」

「二十歳だよ。成人してる」

「ハァッ?!二十歳?嘘だろ。俺より五つも上かよ」


(五つ……って、この子十五?!)


 二人して驚愕の表情でお互いを見る。


「……成人してんなら、騎士団に入りゃ、ここは使い放題だよ。俺等獣人は十歳になりゃ生活の為に騎士団に入れっけど、おまえ人間だろ。人間なら十八から入団テスト受けれるぜ」

「入団テスト?テストがあるの?私でも入れる?」

「まあ、腕力とかはなさそうだから、後方部隊……攻撃魔法がそれなりに使えれば受かるよ」

「魔法……私使えないんだけど」

「は?人間なのに?」

「うん。無能なんだって」


 イアンはギリッと歯を鳴らした。


「それは、俺等を侮蔑する言葉だ」

「ごめん!そういうつもりじゃ。私に魔力がないから、王都ではそういうふうに言われてて。だから、私みたいに魔力なしのことをそう言うのかと」


 イアンは息を吐いて肩の力を抜くと、ニッコリと笑ってみせた。


「そっか。おまえ名前は?」

「エ……キララ」


 ここでエマと名乗って良いか分からず、エマはキララの方の名前を名乗った。


「エキララ?」

「キララよ、キララ」

「キララか。キララに魔力がないなら、入団は難しいだろうなぁ。俺等獣人も魔力がないから、俺等の入団テストは腕力とか俊敏性で決まるんだけど、人間達の方は魔法のテストあるしな」

「私、獣人の方でテスト受けれないかな?」

「人間のキララがわざわざ獣人のフリをすんのか?!」


 イアンがびっくりしたように大きな声を出すものだから、他の獣人達も鍛錬を止めて近寄ってきた。

 イアンがエマのことを獣人達に話すと、そりゃ面白いと色んな獣人が話にのってきた。


「まず、耳をなんとかしなきゃじゃねぇか」

「だよな。尻尾はあってもなくてもズボンに隠れるけど、耳だけは出ちゃうもんな」

「でもよ、こんな髪色の奴いるか?」

「雪狐が一番近くないか?」

「できればあんま目立たない小さい耳のがいいだろ。付け耳じゃ動かないんだから、狐みたいに大きな耳じゃ、偽物だってバレバレだ」

「じゃあ、白ネズミ。あいつらなら、小さいだろ」

「あれは真っ白じゃないか」

「いっそのこと、耳をつけたカツラをかぶればよくねぇか?多少眉や睫毛がキラキラしてても、かまわないだろ」

「それがいいな!白い毛と言えば……うちのジジイの髭ちょん切ればカツラくらい作れるぞ」


 いつの間にかエマの耳付きカツラが作られることになり、ちょうど一週間後に騎士団の入団テストがあるから、それを受けに来れば良いと言われた。獣人達は魔力のないエマにフレンドリーだった。


(騎士団に入れば、身体を動かすこともできるし、もしかしたらエドガーの戦う筋肉が拝めるかもしれない。一石二鳥よね!)


 エマが騎士団入団を決意した動機は八割方不純だった。





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