またあした

水まんじゅう

またあした

カラッとした陽光に包まれながら、駅から20分もかけて歩いていくその先には、私の通う高校がありました。


高校2年、夏。登校にも一苦労する季節。冷やしすぎた教室と、未だに暑がる先生。そんなものと離れる夏休みは明日から、という日でした。私は1人の先生に呼ばれ、職員室に向かいました。私の隣には、中学の頃からの友達がいました。正直、少し気まずかったのです。

それは高校1年の春のことでした。入学してすぐ、私は彼女に誘われ、中学の頃と同じようにテニスコートに立っていました。しかし、この学校はなかなかの強豪校。周りも果てしなく上手く強かったのを記憶しています。何をしても人並み程度しかできなかった私にはなんとなくいづらい場所でしたので、4月下旬の大会を最後に、テニスコートに立つのを諦めました。そのコートは、中学の最後の試合をした、あのコートでした。

私を呼んだ先生は、その部活の顧問の先生でした。そして先生は開口一番に言います。__8月の頭にある大会に、助っ人として出てほしい。人数が足りないらしく、入学間もない頃に僅か数週間だけ参加していた部活に、また僅かな期間だけ戻れ、という話でした。私は迷わず承諾しました。断れないのもそうでしたが、それよりも私は今、テニスコートという、私の数少ない思い出を飾った場所に立ちたかったのです。

そして夏休みが始まりまして、私は朝から電車を乗り継ぎ、汗だくになって学校に辿り着きました。名前も知らない同級生と、初めて顔を合わせる後輩たちの目線が痛痒いまま部室に入りまして、黙々と準備をしました。まだ全国大会を控えている3年生の先輩もいましたので、不安と悔しさを覚えました。簡単な話です。

最初の部活を終え、仲間は私に向かって大丈夫か、と問いました。恐らく、普段から運動をしない私が急に炎天下の中走り回ったら体調を崩すのではないか、と思ったのでしょう。私は大丈夫だと告げ、足早に帰宅しました。頭痛が酷く、立ち上がれないほどでした。そのまま、昼食もまともに食べないまま昼寝をしまして、起きた時にはもう夕食時でした。親も心配そうな顔をしていました。私も少しだけ、もうコートに立つのは懲り懲りだと感じてしまいました。

7月の末。嫌でも部活に行くしかなかった私は、今日もコートに立ちましたが、余りにも暑かったので、コートに水撒きをしました。コートとコートの間にあるホースから水を出しまして、コートの色が変わるのを見ていました。ふと少し上の方を見ると、真っ青な夏空と、合成写真のような大きな雲の前で、ホースから飛び出した水が、カラカラとした陽光を浴びて輝いていました。私は心のどこかでぼうっと思いました。これが私がここにいた意味ではないか、と。中学の頃には見れなかった景色でした。ずっと夢見ていた景色でした。

やがて、今日の部活も終盤を迎えました。私は右手に痛みを感じました。見れば、人差し指と中指の皮が剥けていました。親指の皮も白くなっていまして、いつ剥けても不思議ではない状態でした。握れないほどの痛みでしたが、たかが皮が剥けただけ。気にしている場合ではありませんでした。

大会1週間前。皮が剥けた痛みを絆創膏で誤魔化す日々。夏季課題にも追われながら、なんとか楽しい夏休みライフを満喫していました。私のテニスの調子もだいぶ戻ってきまして、周りに心配されることも少なくなりました。とはいえ、私のその調子が戻るにつれて、私が置いていかれていることが浮き彫りになってきていました。ただの助っ人ですので、周りより下手なのは当たり前でしたが、

大会前日。オープンキャンパスに行く機会もあり、この日までなかなか参加できませんでしたが、いよいよ前日ということで、無理やり来ました。強豪校とは言っても、大会前日でもなんとなく緩い雰囲気がありました。中学の頃は、顧問の先生が怖いのもありまして、大会前日にこんな感覚を味わうのは初めてでした。変に緊張もせず、明日大会なのだという実感もなく今日の部活を終えました。1人で昼食を食べに行き、少し勉強してから家に帰りました。もう頭痛を起こすことはありませんでしたが、剥けた皮は戻らず、かといって親指の皮が剥けることもありませんでした。

大会当日。昨日までの疲れもあったのか、すんなり起きることができず、朝食を上手く喉を通ることができませんでしたが、集合にはギリギリ間に合いました。会場に向かうまでは、眠気がすごくずっと眠ってしまっていました。今日の会場は、何度もを行った、あのテニスコートでした。ああ、中学の頃はここに荷物を置いていたな、なんて考えられるほど、今は余裕がありました。今日でやっと終わりにできる、と少し安心感もありました。助っ人になってから、何度か練習試合をしましたが、1度も勝てていませんでしたので、今日こそは勝ちたいと、どこかで思っていましたが、所詮私はただの助っ人。今までずっと部活をやっている部員とは訳が違うのです。勝てるはずがない訳です。ですが私はずっと夢見ていました。何でも人並みしかできない凡人の私が、になる夢を。

試合が開始しました。顧問の先生を背にコートに立ちます。調子は少し悪い__だが、勝ってもおかしくない相手だ__。私はペアの後輩とハイタッチをして、勝利というものに向かって走りきる約束をしました。相手から放たれるボールは特別速いわけでも遅いわけでもなかったので、強打を繰り返しました。そして私のミスが増えていきました。先生は言います。強打は必要ない__コースをつけ。私は頷きはしましたが、簡単にできるはずありませんでした。私が好きなのは強打一択。強打1本、それだけで相手から点をもぎ取ることのできるのです。そんなボール、打ちたいに決まっているだろ。しかしミスが増えれば、そのボールを打つ勇気は沈み溶けてドロドロになり、私に絡みついて言うのです。中途半端なお前に、コートに立ってボールを打つ資格などない__あれがどれほど怖いものだったか。恐怖でまともにボールを打てなくなりましたが、相手に狙われたのは後輩でした。後輩がミスを重ね、私もミスを重ね、少しずつ追いやられていきました。

ここで負けるのか?

気づけば、あと一点で負けるところまできていました。ふと向こうを見ると、応援に来てくれている仲間が見えました。何度も応援歌を歌ってくれていたようでした。集中していて全く気づけませんでした。その奥には、青空に白雲が伸びていました。中学の頃の最後の試合は、もう少し曇ってたような気がするな、雨で延期されたくらいだもんな、と思い出しました。すうっと緊張感が体から抜け出しました。これで、英雄への道を歩ける__これが現実ならば、どれほどよかったでしょう。結局、私の凡ミスでこの試合は幕を閉じたのです。

私は負け審をしながら、涙が零れるのを我慢していました。悔しみに煮えた涙を流してしまえば、私は後悔せずにまた明日コートに立とうとしてしまうと思ったからです。後悔とは、現実と向き合うこと。後悔しないことは、現実から目を背けること。だから私は、事ある毎に後悔し、そして今を生きてきました。それが間違っていると思ったことはありません。

空を見上げれば、夏空が広がっていて、隣を見れば、汗を流すペアがいて、前を見れば、笑顔でコートを走り回る仲間たちがいるのです。それがどんなに幸せなことか。また明日、いや来週、いや来月、いや来年、いや来世でもいい。私を、コートに立たせてください。凡人でいい、助っ人でいい、下手くそでいい。私は、テニスというものから離れられない人間なのだ。

そして全ての試合が終わり、帰る途中に気がつきました。私の親指の皮が、剥けていました。1つも痛みはありませんでした。

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