夕焼け雲

梅林 冬実

夕焼け雲

空の青が薄れていく

浮かぶ雲はオレンジに染まり

夏の夕焼けは

高ぶる気持ちを

落ち着けられる程度には美しい


見知らぬ人に会った

視線が重なった瞬間 恋に落ちた

思いは伝わるもので

気付けば向こうも僕に恋してた


19時をすぎて

オレンジからピンクに移りかわる雲の色に

自分の心を重ねる


夕飯は何を準備してくれているのだろう

洗濯も掃除も当然のように終えて

僕の帰りを待つ君

足取りが重いのは

君の笑顔を見るのが苦しいから

いつも優しくしてくれる

僕を大切にしてくれる

僕の大切な人

心変わりなんて

僕には無縁だと思っていた


君と別れると

僕は彼女に言い

彼女はずっと待ってると呟いた

そんなに待たせないから

咄嗟に口をついた言葉に嘘はない

嘘はないけれど


君が一番に思うのは多分僕で

僕に一番に思われていると信じている

僕は君を裏切るのか

愛情を幾重にも抱ける方ではない

君の笑顔を胸に描くと苦しくなるのは

多分

君を僕がこれから傷付けると分かっているから


何の前触れもなく別れを告げたなら

君はどうなってしまうんだろうね

そして僕はどうなるんだろう

大切だった君を平然と裏切ろうとしている僕は

それからの時間

当たり前に過ごしていけるのだろうか

越えてはいけない

見てはいけない

とても複雑で難解でデリケートなもの

僕はそれを踏み躙り 先へ歩もうとしている


玄関ドアを開けたら

きっと漂ういい匂い

おかえりという滑らかな声

素直で愛くるしい瞳

ただいまなんて言えるのか


鱗のような夕焼け雲

じき暮れる街角のカーブミラーに僕は映る

共に生きた君と離れようとする

僕の知らない僕が映る

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夕焼け雲 梅林 冬実 @umemomosakura333

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