その6-黒原さんside

 重いコピー機を開けると今日は空っぽだった。

 当たり前だ。コピー機の中に、何かがあることを期待する方がおかしい。

 午後の練習に備えて、楽譜をコピーする。


 コンクールに向けて厚みを帯びる練習。部活のことは嫌いじゃないけど、いつも同じメンバーと一緒にいると息がつまる。


 遠くに行きたい、というより、遠くを見つめていたい。


「やぁ」

「はっっ…!」

 背後から声がする。こんな近くでも、察知できないことがある。


「なんだ…弓木さんか…どうしたの…?」

「げんき?」

「あ…うん…元気…だよ」

「それはいいことだねぇ、ちなみに私は元気だよ、まぁこんなジャージ来てテニスしてるくらいだもんね」

「はぁ…そうだねぇ…」

「さて問題です!今日もここのコピー機に下着が置かれていたのですが」

「えぇ…ホント…?困るね…」

 本当は「困るね」どころの話ではないのだけど。


「何色だったでしょう!」

「その過去形で聴くのはどういう意味っすか…」

「正解は~黒!」

「と言いながら、いきなり弓木さんはジャージの首元をずらしてこちらに見せる」

「えっ…いや…ちょっと…何してるの…」

「でもこの前裸の付き合いをしたばっかりじゃん。大丈夫でしょう?」

「そういう意味じゃなくて…」

 つっこみどころが多過ぎる。


「いやーなんかさ、ここに下着が置いてあってさ、試しにはいてみたの。新品ぽかったし、結構イイ感じだよ」

「あぁ…そうなんだ…」

なんかもう、この人に対しては普通の論理が通用しない気がする。


「いやー今日も暑い、っていうか練習だるいんだよねー」

「そうだねぇ…」

「今日も銭湯…」

「いや、今日は部活の子たちと用事あるから」

「なーんだ、皆仲良しで良いね。あーあ、私黒原さん以外の友達いないからさー」

「私ってそんな上位にランクインしてるんだ…」

「ていうかさ、私この前下着履いてなかったけどさ」

「はぁ…」

 さも普通の話題の様に始めないでください。


「どこにあるか知ってる?」

「いや…どういう疑問…?」

「いやー黒原さんなら知ってるかなーって思ってさ」

「どうして…私は世界のランジェリー博士じゃないから…」

「だから、あのコピー機も毎日確認してるんだけど」

「あぁ…うん…?どうしてコピー機なんだい…?」

 私も、あのコピー機に下着が潜んでいる事実を知っていることを伝えてしまうと、きっと厄介なことになってしまうから、知らないふりをする。


「あのコピー機さ、どうも下着を隠し持っていると思われるんだよね…」

「どういう意味ですか…?」

「たまに開けるとさ、下着が置いてあって、毎日じゃないんだけど、今日は当たりだったんだよね…」

「そんな…かみしめるように言われましても…」

「今日は結構いいやつだったから、さっき貰って履いちゃった」

「そういうシステムなんすね…」

「先週はスポーツブラがあったり、この前は完全にTバックがあったりして、楽しいよ。黒原さんも覗いてごらん」

「はぁ…そうですか…」

「何で敬語なの?」

「いや…特に…何でもないよ…」

 正直に言うと、少し距離を置きたいからです。

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