第8話

 しかし、次の日、警察と作業服を来た人が私の部屋にやって来た。


 まるで入院患者のように疲れ切った体をベッドに横たえているところだった。

 後ろには狼狽えて泣きわめく女性がいた。

 あの上品な姿からは想像もできなかった。


「お願いします。待ってください!」

「連れて行かないで」

「大人しい子なんです!」

「全然危なくないですから!」

「家族を殺したなんてありえません!」

「手話で話せるんですよ」


 私は何が起きているかわからなかった。


「この猿は飼い主を惨殺した疑いがあるので、このまま置いておくのは危険です」

「どんな結果になっても後悔しませんから、どうか連れていかないでください」

「無理ですね。これから保健所に連れていって安楽死させます。それかこの場で…」


 そう言って私に銃口を向けた。


「やめて!私の夫は市長と同級生なんです。毎年何百万も寄付してるんですよ!今、◎◎が立っている土地だって、主人の会社が寄付したんですから!最高裁の判事や警視総監も知ってます!夫は自民党員で前の総理大臣が◎◎県にいらした時は一緒に食事もした仲ですよ!っ昭和天皇がうちの会社を見学にいらしたこともあるんですから!」


 彼女はまくし立てていた。

 こいうい話を聞くと、その人が相当上流の人であることがわかった。

 しかし、残念ながらすべて過去の栄光であることを物語っていた。


「大変申し訳ないのですが、人間じゃないので」

「お願いします。殺さないで」

「今は取り敢えず麻酔銃で眠らせて…」

「お願いです」

「仮に生きていられたとしても一生檻から出られませんよ」

「あとは実験動物とか…ですかね。餌代もかかりますんで」 

 別の人が口をはさんだ。

「この子を連れて行くなら、私を殺してからにしてください」


 その人は私の前に立ちふさがった。


「この子は天才なんです。手話のできるお猿さんなんて日本にいます?海外ならいるけど、日本には一匹もいないでしょう!」


 なぜ、私のためにそこまでするのかわからない。

 会ったばかりなのに?

 どうして?

 私は号泣した。


 彼女の名前を私は知らない。

 

 でも、別れる時、私は手話で彼女に「ありがとう」「愛しています」「神のご加護を」と言った。


 彼女は最後まで警察の人たちに追いすがって暴れていた。


「お願い!連れて行かないで!」


 私は警察の人たちの前で「決して危害を加えないから、助けてください」と命乞いをした。


***


 私は自分が見えていなかった。

 結局、私は猿以上、人間未満という存在だったのだ。


 しかし、仮に人間だったとしても両親には虐待されていたと確信している。

 理由は私があまりに知的すぎるからだろう。

 異分子は排除されずに差別されながら集団に存在し続ける。いわゆる「支配の構造」である。

 

 この告白が世に出ることはないと思う。

 ただ、これまで起きたことを思い浮かべてみただけである。


 

 

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告白 連喜 @toushikibu

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