第45話 第二部 その4後日・余談

 さて、中学生のボランティア引率から帰ってきた加藤は、兄の憲章に呼び出され、厭々ながらも霞が関まで出向いた。


「お昼まだならレストランでも行く? 虎ノ門か帝国ホテルあたりの」


 ニコニコしながら言う憲章に、加藤は全力でお断りをした。


「食って来たから。それに、そういういかにも高そうな場所、イヤだから」

「分かった。相変わらず控えめだね、せいちゃん。じゃあ、珈琲でも飲もうか」


 控え目というより、憲章と堅苦しい場所で食事なんて面倒臭いだけなのだが、反論せずに従った。


「それで、今日は何?」


 加藤が仏頂面で訊くと、待ってましたとばかりに、憲章は喋り始める。


「ほらほら、この前、引率のボランティアせいちゃんに頼んだじゃない。超高級な虫取り網買ってあげるからって」


「ああ……」


 そう。

 一文の得にもならないような、中坊の引率を引き受けたのは、そのためだった。


 そして、体調不良になった少年を病院に連れて行って、闇が深そうだったもう一人の子に説教じみた事まで言った。


 日々の仕事と変わらないじゃん!

 ボランティアの枠を越えてないか?

 自業自得かも知れないが。


「それでどうだったか、話を聞きたいと思ったんだ」


 いつもならウザイと思って放置する加藤だったが、少し気になることもあったので、珈琲一杯分くらいは付き合おうと思った。


「そうだな、まずは虫取り網買ってもらったから、その報告からだ。あの丘陵地帯は、いろいろなチョウの生息地域なので、朝早くに家を出て、絶滅危惧種とかそれに近い種のクロツバメシジミやシルビアシジミを観察し、マップを作ったよ。あとは……」


 なんとかシジミと聞いても、憲章にそれらの蝶々のイメージは湧かないのだが、嬉しそうに加藤が語るので、しばらく付き合った。


「それで、俺は先に『少年の家』に着いて、中学生たちが来るのを待っていた。来たのは四人。皆、都内の中高一貫校の生徒だった。線の細いタイプが二人、中肉中背が一人、ガタイの良いのが一人。線の細い、綺麗な顔をしたのがリーダー格だったな」


「うんうん。それで?」


「線の細いコのもう一人が、俺には女子に見えた。男子四人と聞いていたので、あえて訊かなかったよ。残りの三人も男子扱いしていたから」


「ああ、そのコが例の……」

「うん。すぐに分かったよ」


 珈琲が冷めてきた。


「中学生の夏の外泊なんて、花火とか怪談とか、そんなもんだろうと思ってた。彼らもあの場所に決めたのは、心霊スポットだから、肝試しをしたいなんて言ってた」

「へえ、どんな心霊スポット?」


 憲章が怪談話に興味持つとは知らなかった。


 加藤は、「苛められた少女が吸血鬼の仲間になった。それからイジメていた連中が、高熱や赤い斑点が出る病気で死んだ」と、情緒なく伝えた。


「あああ、それかあ」


 憲章が一人で頷いている。


「それって、何だよ憲章。知ってたの? この話」


 憲章は顎を指で支えながら言う。


「知ってるも何も。それ作ったの僕の後輩。ヤラセの噂だから。イジメなんて止めようねっていう願いを込めて」


「はあっ? ヤラセ?」


「うん。『イジメダメ絶対!』というキャンペーンしてたんだけど、それに便乗して厚労省の知り合いから、一緒にやろうってお願いされたんだ」


 心霊関係の噂を作る?

 お国のエライ人たちが?


「こうろうしょう? ああ、休み明けに自死が多いから? 家族や学校も、不登校やイジメに気をつけよう、とか?」

「うん。それは勿論そうなんだけど、それだけじゃなくて」


 厚生労働省が文部科学省に首を突っ込むとしたら、あとは……。

 感染症か?


「そうそう。まさにそれ。稀になんだけど、あの地域にはダニの噛傷による感染症が報告されていてね。だから、噛まれやすい薄着の季節、要は夏前になると、注意喚起も兼ねた心霊話を流すことにしたんだ」

「観光業を妨害していないか?」

「管轄外だからね、観光は。冬場は厚着になるから大丈夫だし」


 なんだソレ。いいのか、それで!

 呆れた顔をした加藤に、憲章は言う。


「とはいえ、ほら、心霊スポット巡りが好きな人もいるじゃない。今回の中学生なんかもそれでしょ。だから、妨害にはなってないよ」


「まあ、あの土地には、昔から伝承があるからな。なんというか、『雨月物語』の浅茅が宿の話みたいなのが」


「へえ、そうなんだ。あ、だから噂の信憑性みたいなのが、出しやすかったんだね」



 憲章は爽やかな笑顔になるが、加藤は無表情で、ズズっと珈琲を飲み干した。



 ***注***


 上田秋成作の雨月物語「浅茅が宿」とは、秋になったら帰ると言った、夫を待っていた妻が亡くなってしまい、ようやく帰り着いた夫が一晩、霊魂になった妻と再会する、と言うようなお話しである。

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