第43話 第二部 その2二日目

 ◇◇二日目◇◇


 翌日は山道を歩き、渓流まで降りて釣りをした。

 僕以外は、餌に触るのを嫌がった。


 ふと僕が対岸を見ると、大きな虫取り網を持った加藤さんに気付いた。

 あれは、結構値段の高い、プロ用の網だよな。

 本当に昆虫採集している人なんだ。


 僕は虫オタクとして、加藤さんに親近感を持った。

 それに、ちゃんと見守ってくれているんだなって、安心した。


 加藤さんは、対岸にある、石像みたいな物を拭いている。

 こちら側からだと、吊り橋渡らないと行けない場所だ。

 そう言えば、この辺は羅漢像があるんだっけ?

 なんだかゲームに出てくる、魔王を封印してるみたいな像だ。


 肝試しは、あの辺で良いかもしれない。



 渓流で釣れたのは、小さな川魚が二匹だった。

 釣ったのは、僕と透琉。

 釣りは初めてだと透琉は言っていたけど、勘が良いと言うか、器用になんでもこなせるというか。

 でも釣りで疲労したのか、透琉はあまり元気がない。


「大丈夫?」


 僕は恐る恐る訊いた。


「ああちょっと、夏バテ、みたいな?」


 その日の夕食に、釣った魚も調理して貰った。


 夜は花火と肝試しだ。

 今回のクライマックス。


 だから少年の家の敷地内で、一人三本くらいの花火を楽しんだ後、肝試しをすることにした。


 少年の家の受付の人には、八時から九時まで、外出許可を貰った。


「肝試し? なるほど。ではこの辺りに伝わる、真に恐い話でもしてやろうか」


 加藤さんが人懐こい笑顔になる。


「あれですか? 吸血少女の噂」

「吸血少女? ネットに出たヤツかな。ああ、その元ネタかもな」


 加藤さんは話を始めた。


 その昔、この地域で、互いに想いあっている男と女がいた。

 二人は夫婦となり、貧しいながらも幸せに暮らしていた。

 だが、行商で遠い地に出かけた男は、妻の元に帰って来なくなる。


 妻である女は待ち続け、いつしか病にかかり、死んでしまう。

 哀れに思った土地の守り仏は、女に永遠の命を与えた。

 死人帰りをした女は、赤い目と伸びた牙を持ち、帰らない男を見つけるために、今も彷徨っていると言う。


 一同、シーンとした。

 加藤さんの語り口が、臨場感あって、コワイというか寂しくなった。

 

「だから、君たちも気をつけるように」


「あ、あはは。なんかホントの話みたいだ」


 無理やり佳月が笑ってみせた。

 ぼくも引きつりながら、笑顔を作った。


「ええと、言い伝えっていうのはな……」


 ぶつぶつ言いながら、加藤さんは思い出したようにみんなに言った。


「危険を避け、何かの災害を防ぐための内容が多いんだぞ」


 何の、危険なんだろう……。


「とにかく、虫除けスプレー忘れるな」


 僕の耳には、虫除けのことだけ聞こえて来た。




 ◇◇



 僕たちは昼間釣りをした場所から少し下ったところにある、小さな吊り橋を渡って対岸へ進んだ。

 月明かりの下、ギシギシと鳴る吊り橋を渡るのはちょっとコワイ。


「なあ、吊り橋効果って本当かな」


 佳月と祥真が先に行き、僕と透琉があとから渡る。


「吊り橋効果って……何?」


 透琉に訊き返す。


「吊り橋みたいな危険なとこで、出会う男女は恋に落ちやすいっていう、アレ」


 そんなことがあるんだ。

 そう言えば……。

 

「じゃあ、透琉が一緒に吊り橋渡りたい女子って誰?」


 ドキドキしながら僕は訊ねる。


「そうだなあ、あえて言えば、陽葵ひなたとか」


 夕べも言ってたけど、やっぱり……そうなんだね、透琉。

 付き合ってはないけど、好きなんだ。

 きっと、陽葵も……。


 男子の人気が高い陽葵。

 クラスでも仲が良い透琉と陽葵。

 二人は体育の時の、号令をかける係だ。

 男女混合のクラス対抗リレーで、女子と男子のアンカーは、透琉と陽葵だった。

 騎馬戦でも同じ班だった。


 僕は体育が苦手だ。

 二人が校庭を疾走する姿に憧れた。


 僕の目が暗くなったのは、きっと月が翳ったせいだ。



 石像まで行くと、月が再び顔を出す。

 月光に照らされた石像は、やはりこの地域であちこちに見られる羅漢像みたいだ。

 笑っているような、怒っているような、そんな顔つきをしていた。


 怒るかな、羅漢さん。

 僕は今、首筋が痛いよ。


 きっと、目の色も変わっている。

 だから、僕は透琉の腕を取り、思わず噛みつく。


 首が良いんだけど、身長が違うから噛みつけない。


「痛っ!」


 透琉は手を引く。


「な、何すんだ」


「透琉。僕ね……」


 じりじりと近付くと、透琉は駆け出し、くるりと反転して吊り橋を渡り切った。


 やっぱり、足、速いよね。

 透琉の怯えたような素振りに、佳月と祥真も追っていく。

 僕は、羅漢さんに語りかける。

 僕は、透琉のこと好きだよ。

 友だちだと思ってる。

 でも。

 好きな相手が好きな男って、ホントに仲良く出来るのかな。

 友だちで、いられるのだろうか。


 元の場所には街灯がある。

 弱々しい光だけど、山の中では頼りになる。


 走り切った透琉は、体を前に倒して、はあはあしている。

 汗がぼたぼた落ちている。


「おい、大丈夫か? 透琉……」


 佳月が透琉の背中を擦っている。


「き、気持ち、悪い」


 祥真は無理に明るい声を出す。


「吐いちゃえ吐いちゃえ」


 透琉は座り込み、頭を抱える。

 立ったまま見守る二人の顔色が変わる。


「! と、透琉、それっ!」


「何?」


「その、首、どうしたの?」


「え、首って」


 透琉の首筋には、赤い点が二つ並んでいる。


 まるで、何かの牙が刺さったかの様に……。

 首筋に手を当てた透琉は、その瞬間吐いた。


「おい、大丈夫か!」

「誰か呼んで来る」


 佳月と祥真がバタバタしている。

 僕はゆっくりと吊り橋を渡り、皆と合流する。


「おんぶするよ、透琉」


 僕が透琉の腕を取ろうとすると、透琉は嫌がる。


「動けないんだろ? 肩貸す方が良い?」


 ふるふる顔を動かす透琉。

 涙を流している。


 僕は胸の内に広がる、仄暗い感情に支配された。

 あのカッコいい透琉が。

 いつもリーダーシップに溢れている透琉が。


 こんなに弱々しくなっているなんて。


 佳月と祥真が加藤さんを連れて来た。


「どうした? 何かあったのか」


「あ、あの、吸血鬼……」


「え?」


「と、透琉が、吸血鬼に、やられた!」


 加藤さんは座りこんだ透琉のあちこちを触り、顔や目を見る。



「発熱、発疹、山の中……」


 加藤さんはぶつぶつ言いいながら、透琉に訊ねた。


「虫除けスプレーしてたか?」

「い、いえ。あ、ハーブの、虫除けハーブ水だけ……」


 息も絶え絶えに透琉が答える。


「そうか」


 加藤さんは宿泊場所に連絡している。


「はい……そうです。マダニかも。ライム病か、日本紅斑熱か……安静にして、車で……」


 すぐにワゴン車がやって来て、そのまま僕たちは下山した。

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