第37話  幕間その2 ルッキズムの凋落~音竹樹梨の問診~

 八月某日、東条蘭佳による聞き取りメモ。 

 

 音竹樹梨、三十二歳。

 ベンゾジアゼピン系や抗ヒスタミン系を常用。

 以下、なるべく本人の発した言葉を、その通りに書き留めておく。


**


 すいません、泣いちゃって。

 お医者さん、女医さんなんですね。

 何を話せば良いのかな。

 ああ、しんちゃんが産まれた頃からの……。


 まさか妊娠するとか、全然思ってなくって。

 ノブ君が、あ、しんちゃんのパパですけど、まだ学生、じゃなくって院生だったかな。浪人してたっけ?

 産んで欲しいって言ったので。


 お姉ちゃんのカレシだったけど、ノブ君、お姉ちゃんより私の方が可愛いって言ってくれて。

 お姉ちゃんは、キツイから。

 自分にもだけど、他人にも。


 だからノブ君は、私を好きになったって言いました。

 お姉ちゃんが選んだ人だから、良い人だろうって思って、私もその頃は、カレシいなかったので。


 最初はノブ君、優しかったんです。

 でも結婚してから、なんか冷たくなって……。

 

『お前、そんなことも知らないの?』


 よく言われました。

 だって私、お姉ちゃんみたく、頭良くないし。

 高校だって、バカっぽい高校だったし。

 

 ノブ君は、奨学金? 貰ってたけど、足りなくてバイトして。

 私は悪阻がひどくて、家のことも何にも出来なくて。

 こっそりお母さん、あ、ウチのお母さんに連絡して、お金送ってもらったりしてました。


 しんちゃんが産まれた時は、嬉しかったです。

 ふにゃふにゃしてて、ああ、可愛いって思ったの。

 でも、ノブ君はあまり、嬉しそうじゃなかったな。


 ノブ君がたまに、お姉ちゃんに連絡してたのは知ってます。

 うん、ノブ君に黙って、彼のケイタイ見てたから。


 私は花粉症だったので、ひどい時はお薬飲んでました。

 お薬貰う時、薬局の人、薬剤師さん? に注意されたことがあって。


『運転する前は、飲まないでね』


 そっか、これって、眠くなるお薬なんだって。

 だから、ノブ君にも飲ませたの。

 しんちゃんが産まれてから、寝不足だって言ってたし。


 あの日。

 ノブ君はお姉ちゃんに、会いに行こうとしてました。

 

 ヤダ!

 絶対ヤダ!!


 お姉ちゃんは何でも出来るし、お金もあるし。

 ノブ君は、もっかいお姉ちゃんの処へ行ったら、絶対帰って来ない。


 一晩寝たら、そんなこと、思わなくなるかな。

 だから一緒に、お薬飲みました。

 一緒に寝ようって言って。


 だから知らなかった。

 あの晩、遅くなってから、ノブ君が出かけたってこと。

 そのまま……。

 帰って来なくなることも。


 ねえ、お医者さん。

 私がいけないの?

 

 お姉ちゃんのカレシを取ったんじゃないよ。

 ノブ君と二人で、真実の愛に目覚めただけだよ。

 お薬だって、まさか深夜にノブ君が、運転するとか思わなかった!


 事故るなんて、思わなかったよ!



 ねえ、お医者さんの隣の人、誰?

 もんかしょう?

 ああ、お役人さん。


 カッコイイね、ふふ。

 あと優しそう。

 優しいと言えば、篠宮センセも優しいの。


 ノブ君のお葬式に来てくれて、お香典もすっごく出してくれた。

 私のことも、旦那失くして寂しいよね、辛いよねって言ってくれた。


 ノブ君がいなくなって、一人でしんちゃんを育てる自信なくって。

 しんちゃんが泣くと、イライラして、「泣くな!」って怒鳴ったりしたけど。


 夜、しんちゃんが寝ちゃうと寂しくって、しんちゃんの寝顔見ながら、文句言ったりしたけど、毎晩じゃないよ、たまにだよ。


 え、何て文句言ったか?


『おまえがいけない』

『おまえが殺した』


 勿論、冗談だよ。

 え、冗談でもいけない?



 虐待!?

 それ、虐待なの?

 そんなの知らない。

 私知らなかったもん。

 

 しんちゃん、私を嫌っているの?

 お姉ちゃんの方が良いの?

 なんで?

 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!

 いっつも、お姉ちゃんばっかり!!


**


 以下、発作状態になったため、聞き取りは中止。

 要加療。

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