第11話  十章 幼馴染というものは、たまに役に立つかもしれない

『子どもが落とされた』という言葉に、加藤の針の穴のような瞳が光る。


 言った爺さんの後頭部も、午後の日差しで光った。

 その後ろから、わらわらと現れた、爺さんの集団が加藤を囲む。


 まるで山の中の羅漢像だ。

 集団圧が凄い。


「あそこの奥さん、いろいろ噂が出てるからなあ」


 音竹の母のことか。


「まあ、美人だから、やっかみ半分だろうが」


 そうか、音竹母の様なタイプを、一般的には美人というのか。

 加藤は、どうでもいいところに反応した。


「ほら、何年か前、ヘンな事件も起こったし。子どもが落ちたのは、同じ頃だったかの」

「そうじゃった、そうじゃった。町内、いろいろ騒がしくなった」


 羅漢たちは、しゃべる喋る。

 騒がしいのは、あんたたちじゃないのか。


 それに。

 ヘンな事件?


「ああ、申し遅れましたな。私ども、こういう活動をやっておりますのでな」


 リーダーの阿像が、ポーチからステッカーを出す。


 『地域と子どもを守る会』


 リーダーの爺さんは、今野と名乗った。


 そうこうしているうちに、音竹母が家の門を開いたので、加藤は布団一式を玄関まで運んだ。


「すみませんネ、センセエ」


 栗色のくるくるとカールした髪を、人差し指に巻き付けながら、音竹母は甘えた声を出す。

 加藤は彼女から、春先の猫のような匂いを感じたが、脳内にはクエスチョンが飛び交った。

 

 美人……ねえ。


 その夜。


 加藤は羅漢爺さんたちが言っていた、「ヘンな事件」が気になり、自宅でパソコンに張り付いていた。


 自宅といっても賃貸のワンルーム。加藤は一人暮らしである。


 いい加減、目も疲れた深夜に、着信があった。


 珍しいというか、だいぶ、お久しぶりの相手である。


「やっほー、せいさく! 元気だったか!」


 無駄にテンションの高い声が響く。


 電話の相手は、加藤の幼馴染、氷沼ひぬまであった。

 加藤の睡眠時の脳波を、測定し、「新生児、もしくは乳児の脳」と判定した奴である。


 黙っていれば「貴公子」、喋れば「奇行種」。

 それが氷沼玲央ひぬまれおという男だ。

 至ってザンネンなイケメンと、昔から囁かれている。


「なんだよ、レオ。なんか用か? 金ならないぞ」


「いやいや、今俺、ちゃんと仕事してるから、金は、まあ大丈夫。せいさくにお願いしたことがあってさ」


「また脳波の被験者か?」

「当たり! よく分かったね、さすが天才!」

「お前のお願いって、脳波か恐竜しかないじゃんか!」


 氷沼は、極端に恐竜好きである。

 恐竜オタと言って、差支えない。


「まあそう言うなって。今回は真面目な研究だよ。科研費取ってるし」


 今回は……。 

 ということは、前回は、やはり面白半分で、人の脳波を調べたな、と加藤は思った。


「今どき、脳波で科研費か?」


 加藤の問いに、少し誇らしげに氷沼は答えた。


「睡眠時無呼吸症候群を予防する、ツール開発やってんだ」


 氷沼の研究に付き合う義理もないのだが、ふと加藤は思い立つ。


「やってもいいぞ。その代わり、条件がある」

「うんうん、被験者には、ちゃんと謝金払うぞ」


「謝金は貰うが、条件は二つだ。まず、一メートル五十センチ以上の踏み台を用意してくれ」


「なんだか分からないけど、そのくらい、すぐ用意する。もう一つは何だ?」


 二つ目の条件を聞いた氷沼は、加藤せいさくは、真面目に教員やってるんだな、と安心した。

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