温かかったモノは……

ぬまちゃん

五百羅漢(ごひゃくらかん)

 あなたは、『五百羅漢』という言葉ご存知でしょうか?

 隣同士でひそひそ話をしていたり、酔っぱらって眠り込んでいる、そんなお地蔵さんとは思えないような、十人十色の色々な顔や振る舞いをしたお地蔵さんが五百体以上集まっている場所のことを言います。


 埼玉県の川越市に、喜多院という由緒正しいお寺があります。

 日本三大東照宮は、日光東照宮と久能山東照宮、そして、喜多院東照宮と言われています。しかも、徳川家光ご生誕の間まで江戸城から移築されている。それほど徳川家から保護されている場所です。

 実はここにも、喜多院の五百羅漢と呼ばれている場所が、古びた石の塀に囲まれた中にひっそりと佇んでいるのです。

 東照宮と同じく、五百羅漢も江戸時代からの古き良き遺産として、多くの観光客は明るい陽光の下で不思議な格好をしたお地蔵さん達の景色を楽しんでいることでしょう。


 * * *


 しかし、五百羅漢の本当の使い方は、明るい日の元でお地蔵さん達のユーモラスなふるまいを観測することではありません。


 草木も眠る丑三つ時、誰にも知られずに訪れて、目隠しをして五百体以上あるお地蔵さんに触っていくことなのだそうです。

 そうすると沢山あるお地蔵さんの中で、たった一体だけ『あたたかい』お地蔵さんがあるのです。そのお地蔵さんの前に目印を置いて帰り、そうして翌朝訪れると、不思議なことに、目印がおいてあるお地蔵さんの顔は、五百羅漢を訪れた人間が探し求めている人間の顔と瓜二つだと言われています。


 子供の頃に別れ別れになった兄妹姉妹の顔、捨てられたがやはり恋しい母親の顔、そんな人情あふれた人探しの話以外にも、惨殺された親の憎い仇の顔といった復讐のために使われる話もあったとか。


 * * *


「おい、本当大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫だよ、ちゃんと警備員の来ないのは確認済みだからな」


 俺は、友人のKと一緒に喜多院の五百羅漢の石壁を乗り越えた。

 既に時刻は丑三つ時に近い時間になっていた。


「じゃ、俺は警備員がこないかどうか見張ってるから、お前は目隠しして五百羅漢参りを始めろや」

「おう、ありがとうな。やっぱりお前は俺の親友だぜ」


 俺は、すぐに目隠しをして、目印にするための妹の形見のペンダントを握りしめて五百羅漢の端からお地蔵さんを触り始めた。

 両親を事故で早くに無くし、この世で唯一の家族だった俺の妹は、俺がアルバイトの夜勤にいっている間に強盗に襲われ命を失った。強盗犯人は、結局いまだに見つかっていなかった。

 俺は一縷の望みをかけて、こうやって犯人の顔を見つけだそうとして五百羅漢にやって来たんだ。


 * * *


 ──多分大丈夫だとは思うが。万が一ということも考えられるものな。


 Kと呼ばれた男は、目隠しをしてお地蔵さんを触れながら五百羅漢の中を進んでいく友人を遠目で追った。


 あの日、あいつの妹さえ目を覚まさなければよかったんだ。アイツがバイトで不在なのは知っていた。だからこそ、夜中にアイツの家に行ったのに。アイツの妹が起きて来て、顔を見られちまったから、つい怖くなって手にかけてしまったんだ。


 もしもアイツが地蔵の前に目印としてペンダントを置いて戻ってきたら、オレはそのペンダントを隣に動かしてやる。そうすれば、オレの犯行はバレずに済むはずだ。

 オレは、警備員の来るのを見張りながら、アイツの動きを追い続けた。


 * * *


「K、ありがとうな。信じられないが、本当に一体だけ『あたたかい』地蔵があったんだ。だから俺、目印を置いて来たぜ」

「よし、オレが侵入した形跡を消しといたやるから、お前は早く自宅に帰れ。明日一番に五百羅漢に来る必要があるだろ?」


 男が嬉しそうに帰って行くと、後に残ったKはペンダントのある場所を移動してからホットした面持ちで帰って行った。


 * * *


 翌朝早く、まだ誰も五百羅漢を観覧していない時間に、彼らはやって来た。


「K、どうしてペンダントが置いてあるお地蔵さんの顔はお前に似ているんだ。俺に納得できる説明をしてくれないか……」

「そんな馬鹿な。目印のペンダントは、昨日の夜確かに移動したはずなのに……」


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

温かかったモノは…… ぬまちゃん @numachan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ