Take4 While My Guitar Gently Weeps

「どういう事? もしかして、これ⋯⋯みんなそんな状態??」

「はい、そうですけど」


 男性は楽器を前にして佇んでいる桐河さんと新山さんに視線を送り、驚愕の表情を隠せなかった。


「そうですけどって⋯⋯ちょっと! コアラさん、今日レコーディングだよね?」

『そうですけど、どうかしました?』


 ディレクターである五嵐さんは、ガラスの向こう越しに首を傾げた。困惑の声がスタジオのスピーカーから届く。

 これってもしかして、何も聞いていない系?

 僕はふたりに、すごすごと手を上げた。


「あ、あのですね。僕らも混乱しているのですが、ウチの社長の意向でですね、世界一下手くそなバンドをデビューさせると息巻いておりまして、楽器を持ったその日にレコーディングするそうです」

「『はぁっ!??』」


 ふたり揃って凄い形相で僕を睨む。

 気持ちは分かりますが、僕達も同じように混乱しているのですよ。ただ違うのは、そこに仕方ないと諦めに似た境地があるという事実だけ。


「分かります! 分かります! 出来るものなら僕も逃げ出したいです!」

『そんな事をするために、キキさんを⋯⋯』


 五嵐さんは、キキさんに振り向き絶句してしまう。


「何だよ、コアラさんも知らなかったのかよ。しかし、キキさんも良くこんな仕事受けたな」

『いや、本当ですよ。【キキ カレン】の無駄遣いです。ど、どうしよう⋯⋯キャリアに泥を塗ってしまう⋯⋯断りましょう。きっと、キキさんもこの状況を知らないんですよ』


 真剣な面持ちで頷く五嵐さんに希望の光を見出した。

 頑張って阻止して下さい。きっとあなたなら出来るはず。

 心の中で拳を強く握り締め、本気のエールを送る。

 気が付けば、キキさんの元に向かう勇者の背を、僕とスタッフの男性は固唾を飲んで見守っていた。ふたりの思いは同じ。

 頑張れ! 五嵐さん!

 気が付くと胸の前で、ぎゅっと手を握り締めていた。


「お兄さん、どうした? 急に真剣な顔になって」

「五嵐さん、頑張って阻止して下さいって、本気で願っているのです。こんなの音楽に携わっている人への冒涜ですよ」

「へぇ~。もしかしてお兄さん、音楽好き⋯⋯」

「ぁあああ⋯⋯五嵐さん、俯きながら戻って来ましたよ。これって説得出来なかった事ですよね!」

「ぅん⋯⋯ああ、そうみたいだな」

「五嵐さんでも、ダメだったか⋯⋯」


 しかも力無く垂れさがる手に、白い紙が握られている。止めに行ったはずが、逆に話が進んでしまったのが、その力無い姿から伺い知れた。

 傷心の五嵐さんがスタジオに入って来ると、力無く白い紙を差し出す。止めるどころか、楽譜を手渡されて戻って来たのだ。


「皆さんに弾き方を教えてあげて下さい」

「ダメだったか」

「はい。むしろキキさんノリノリでした。あの人の悪ふざけ好きを忘れていました」

「「「ハァ~」」」


 三人揃って肩を落とす。キキさんは、きっと社長と同じ人種なのだろう。だから、気が合うのかも知れない。しかし、ここまで来ると悪ふざけの域は、とうに出てしまっていると思うのだが⋯⋯。


「やれって言われたら、やるけどよ⋯⋯まったく。あ! ギターテクニシャンの蔵田だ。うん? 何か、お兄さん見た事あるな」

「はい、たまにですが、テレビとか出てます。町田と言います。今日は宜しくお願いします」

「ああ、宜しく。さて、簡単にギターの説明をするか。上に来ている太い絃から細くなるにつれて音は高くなる」

「なるほど」


 僕は一本ずつ弾いていくと、ビーンとアンプから増幅された音が重なり合っていった。


「んで、ここがネック。仕切りが付いているのが分かるか⋯⋯これをフレットって言って、基本半音上がり。こことここだけ一音上がりだ」

「あれ? これって、白鍵と黒鍵じゃないですか?」

「お、良く分かったな。鍵盤と音の上がり方は同じだよ。お兄さん、鍵盤弾けるのか?」

「まぁ、ちょっとだけですけど」

「なら、話は早い。楽譜も読めるって事だ」

「多分。ただ、どう弾けばいいのかはさっぱりです」


 蔵田さんが楽譜台に楽譜を広げる。楽譜には細かい音符は書いてはいなくて、CやFとコード展開のみが記載されていた。

 蔵田さんとふたりでそのコード譜を覗き込む。見慣れない楽譜に不安は増す一方だった。


「これ、全部パワーコードでいけるな⋯⋯そうか⋯⋯初心者を踏まえての曲か⋯⋯」

「パワーコードって何ですか?」

「コードのベースとなっている二音を押さえるだけで、コードを鳴らす奏法だ。パンクやロックで良く使われているちゃんとした奏法だぞ。例えばこのCなら、こことここ⋯⋯五弦の3フレと四弦の5フレを押さえるだけでいい」

「こうですか」


 他の絃に触れない様に気を付けながら、人差し指で五弦を押さえ、薬指で四弦を押さえます。押さえてみたはいいのですが、慣れない指使いにこれだけで指が攣りそうになりました。


「押さえるところはそれでいいが、それじゃあ、指るぞ。いいかこうして、五弦と四弦以外は軽く触れて音を消音ミュートするんだ。こんな感じ」


 蔵田さんが僕の後ろに回ると、二人羽織状態でギターを弾き鳴らす。バッーンと低音とミュートされたアタック音がアンプを鳴らし、ギターらしい迫力のある音が響いた。


「おお。カッコイイですね」

「こんなのだれでも出来る、難しくも何ともないんだ、やってみろ」

「はい」


 見よう見まねで、僕もギターをそっと弾きおろす。

 ポコべょーん⋯⋯。

 何とも情けない音に、思わず蔵田さんに助けを求めていた。


「もっと力を込めろ。他の弦に気を回し過ぎだ、多少鳴っても構わん。押さえる所をしっかり押さえて、しっかり弾き抜け」

「はい」


 ぎゅっと弦を押さえる人差し指と薬指、右手に握るおにぎり型のピックに力を込め、六本の弦を弾きおろす。

 ブバァーン!

 アンプから飛び出す音は、ノイズ混じりの綺麗な音とは言えないが、僕のギターが迫力のある音を奏でた。背中に音圧を感じ、空気に混じる音が皮膚を震わせる。頭のてっぺんまで電流が走り、快感に包まれると、自然に笑みが零れていた。

 蔵田さんに顔を上げると、笑顔でサムズアップしてくれる。

 こんな感覚は生まれて初めてかも知れない。


「いいね。今の感じ忘れるなよ」

「⋯⋯はい」

『すいませーん! 手を休めて下さい、今からデモを流します。オケだけ流しますので、雰囲気を掴んで下さい』


 ガラス越しのミキシングルームから、五嵐さんの声がスピーカーを通して聞こえて来た。

 カッ! カッ! カッ! カッ! と機械的なカウントが鳴り響き、キキさんが作ったデモがスタジオに鳴り響く。

 ギター、ベース、ドラムと少ない音数。疾走感のあるギターとそれを下支えするベース。ドラムは基本リズムを刻むだけで、余分なオカズは入っていない。

 余計なものを削ぎ落し、こちらに寄せてくれたであろう音作り。

 だけど、速い。リズムが滅茶苦茶速い。

 こんなの弾けるとは到底思えず、桐河さんも新山さんも、表情が死んでいくのが分かる。

 もちろん僕も例外ではなく、先程の快感などどこへやら、厳しい現実へと引き戻された。

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