涼売り娘

紫 李鳥

涼売り娘

 


 誰からともなく聞いた話じゃが、昔々、関西のある村に“涼売り娘”というのがおっての。夏になるとどこからともなくやって来るそうじゃ。


りょうりまへんか~」


 キーンと通る声で、いかにも涼しそうな声じゃったそうな。


 中には何が入っているのか、酒樽のような物を軽々と背負い、涼を売っていたそうじゃ。


 年の頃なら十五、六じゃろか。月明かりに見た娘は、島田髷しまだまげに結った藤娘ふじむすめのような顔立ちだったそうな。


「娘はん、ひとつ頼んます」


 蚊遣かやりを置いた戸口から、団扇うちわ片手の浴衣の女が顔を出した。


「へ。おおきに」


 娘は担いだ樽を下ろすと、蓋を開けた。



 そうやって、一軒一軒回ると、いつの間にか姿が消えていたそうじゃ。



 ところが、よくよく話を聞いてみると、その村は既に廃村になっており、人っ子一人住んどらんかったそうじゃ。


 では、話に出てきた涼を買った浴衣の女は誰だっんじゃ?



 そこで、耳を澄まして娘の言葉をもう一度聞いてみると、


りょうりまへんか~」


 ではなく、




りょうはいりまへんか~」


 ……じゃった。

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涼売り娘 紫 李鳥 @shiritori

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