第7話 海の上の虹



 トンボたちは海の上を飛んでいた。

目指す船はすぐそこだ。

まっ白な入道雲がいつの間にかどす黒い雲に変わっている。

白く塗られた船体が雲を写してくすんで見えた。



 トンボたちはデッキの手すりへ舞い降りた。

「まだこの船にいるのかなぁ?」

「わからん」

デッキにはわずかな人しかいなかった。

それも、ぐんぐん広がる雨雲を見ると足早に船室へと消えて行った。



「どうやって探せばいいかのう」

「どうにかして中に入るんだ」

トンボたちは船の周りを飛び回った。



「ダメだわ」

扉は全てしまっていた。

「窓から見てもわからんのう」

クロスジは窓枠にしがみついて船室を覗き込んでいた。

「人の出入りを待つしかないな」

サキグロはそう言って扉の上のひさしにとまった。




「ねぇ、虹ってなぁに?」

小さな声でハゴロモが聞いた。

「知らん」

そっけなくサキグロが答えた。



「呆れた。知らないでここまで来たの?」

ハゴロモは目を丸くしている。

「小太郎のお母さんを見つければいいんだ」

ムッとしたようにサキグロが言った。



「虹とは空にかかる七色の橋だのう」

クロスジが言った。

「七色の橋?」

「うむ。七色に輝く夢の懸け橋、そう聞いたのう」

クロスジはニッと笑った。



「なぁんだ。クロスジも見たことないんじゃない」

ハゴロモがくすくす笑う。

「ちゃんと知っていたんだがのう」

「うふふふ」

「あははは」

トンボたちは笑い合った。




「あっ!」

その時、吸気筒から一匹のねずみが顔を出した。

「あ、ねえ、ちょっと!」

ハゴロモは慌ててネズミを呼び止めた。



「はあ?」

ねずみはするすると甲板へ出てきた。

「あんたらは?」

「あたしたちは犬を探してるの。見なかったかなぁ?」

「犬? 船にそんなモン・・・。いや、待てよ。一週間くらい前、犬を見たがな」

「ホント?」

ハゴロモが身を乗り出した。

「大きな白い犬でっせ」

「それよ!」

小太郎はまっ白だった。



「その犬に会いたいんだ」

サキグロが言った。

「あんさん、そんないつまでも乗ってるわけがないでしょ。街の港で降りたがな」

「街の港か・・・」

「はいな。この船は街の港と島の港を行ったり来たりしてるんでっせ」

「じゃあ、そこから先は・・・」

「わかりまへんがな」

ねずみは両手を広げて肩をすくめた。

「そうであろうのう」

クロスジがため息をついた。

「ほな、これで。あんさんがた、夕立が来まっせ」

それだけ言うと、ねずみは甲板を走り、排水溝に姿を消した。



「小太郎のお母さん、どこにいるのかなぁ?」

「・・・わからん」

トンボたちは黙り込んだ。




 ぽつんぽつんと大粒の雨が落ちてきた。

始めはゆっくりだったが、すぐにばらばらと激しく甲板をたたき始めた。

「うわっ!」

「あそこへ隠れるんだ」

船室へ続く入り口のひさしに飛び込んだとたん、ザーッとものすごい音が響いた。

夕暮れ時のようにあたりが暗くなり、甲板をたたく雨のしずくが王冠のように跳ね上がった。

ついさっきねずみがもぐりこんだ排水溝には、滝のような雨水がゴボゴボと音を立てて流れ込んでいた。



 ピカッと稲妻がひらめき、ドドーンと雷鳴が轟く。

「きゃー!」

「大丈夫だ」

トンボたちは身を寄せて懸命にしがみついていた。

激しい雨で、手すりの先の海すら見えない。

甲板は川のようになっていた。



 どのくらい降っただろうか。

少し明るくなって来た。

心なしか勢いが弱まったかと思ったら、唐突に雨がやんだ。



 トンボたちは恐る恐る顔を出した。

「見て!」

ハゴロモが声をあげた。

垂れ込めた黒い雲の隙間から、いくすじもの光の帯が差し込んでいた。

海面が光の帯に照らされて、あちらこちらでまあるく輝いていた。


「あっ!」

そこに、空を横切る大きな虹がかかっていた。

「・・・なんてきれいなの。あれが虹なのね」

「ああ」

「美しいのう」


 ところどころにのぞく青い空と低い雲をバックに、ひとすじの虹が天に続く架け橋のように伸びていた。

「あの虹が、どんな願いも叶えてくれるのね」

「ああ、どんな願いも叶うんだ!」

「楽しみじゃのう」

トンボたちは海の上の虹をいつまでも見つめていた。




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