第12話 札束の中で眠れ不動産屋

 数日後。


 俺は再び不動産屋を訪れていた。




「ああ? またアンタか? 収入証明も出せないような奴に、あの豪邸は売れないって。前にも言ったろ?」


 相変わらず、この不動産屋は態度が悪い。

 できればこんな奴から家を買いたくはないが、どうしてもあの家が欲しいから仕方がない。




「それはあくまで、住宅ローンが組めないという意味でしょう? 一括払いなら、問題ないはずだ」


「クレジットカードもダメだぞ?」


「ええ、わかっていますよ。ローンもクレカもダメなら、これしか方法はない」


 俺は不動産屋の正面から、立ち位置をずらした。


 彼の目にも、ガラス越しにはっきり映ったことだろう。


 玄関に向かってバックしてくる、ダンプカーの姿が。




「な……! なんだあのダンプは!?」


 不動産屋は慌てて立ち上がり、店の外へと飛び出してゆく。


 俺は悠々とあとを追った。




「おい! やめろ! 店にぶつかる!」


 不動産屋は止めようとするが、ダンプの運転手は完全に無視だ。


 運転席の窓から身を乗り出し、車をバックさせ続ける。

 ハンドルを握っているのは我が家の執事、アレクセイ・エンドーだ。

 色々できる男だとは思っていたが、まさかダンプの運転までできるとは。


 俺が手を振って誘導してやると、アレクセイは不動産屋の目前にピタリとダンプを停車させた。


 いい腕だ。




「こ……このダンプはアンタの仕業か? 家を買えなかったからって、嫌がらせをしようっていうのか?」


「いえいえ、嫌がらせなんてとんでもない。家を売っていただけないか、あらためてお願いにきたのですよ。支払い能力があるという、証拠を持って」


「ま……まさか……」




 アレクセイが、ダンプの荷台を覆っていた保護シートを取り除く。




 荷台いっぱいに積載された、札束が露わになった。




「な……な……なぁ……!?」


 不動産屋はあごが外れそうな程に、口を大きく開けていた。


「100億円あります。どうぞお納めください」


 俺が言い終わるのに合わせて、アレクセイはダンプの荷台を傾けた。


 札束の嵐が吹き荒れる。

 あっという間に不動産屋は、埋もれてしまった。


 片足だけ札束の海から飛び出して、ピクピクしている。




「いや~。いい画が撮れたわね」


 建物の陰から、ビデオカメラを構えたメイドが出てきた。


 もちろんゆめだ。

 メイド服で、外を出歩くなと言っているのに……。


 夢花の奴は、今回の札束ストームを動画投稿サイトにアップするつもりだ。


 内容的に大丈夫なのか?

 不動産屋の顔をモザイク加工すればイケるか?


 その辺は法律のプロである、のりタン先生に相談してみよう。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 札束ブチ撒け事件から、1週間後。


 俺、夢花、アレクセイの3人は、大豪邸の玄関ホールに立っていた。




「すごい……。まるでお城みたい……」


 ほうける夢花。

 俺も全くの同感だ。


 玄関ホールだけで、普通の家ぐらい広い。


 なんだあの巨大なシャンデリアは?

 ゴージャス過ぎるだろう。




「またここに、戻ってこられるとは……」


 シャンデリアを見上げていたアレクセイは目を閉じ、感慨深げにつぶやいた。


 そう。

 この屋敷はかつて、アレクセイが仕えていた大富豪のものだった。


 事業に失敗した一家は屋敷を手放し、家族も使用人達も散り散りになってしまった。

 そして買い手が見つからないまま、不動産屋の管理下に置かれていたというわけだ。




「旦那様、奥様、坊ちゃま、お嬢様、使用人仲間達……。皆、どうしているのだろうか……? 私だけが帰ってくるなど……」


 アレクセイは少々、後ろめたそうだ。

 だけど後ろめたさを感じる必要なんて、全くない。




「アレクセイ・エンドー。いまの雇い主は俺だ。他の人間を、『旦那様』と呼ばないでもらおうか?」


「……はっ! 申し訳ございません!」


「俺はこの屋敷を、楽園にしたいと思っている。住む者や働く者が、幸せになれる場所に。そのためには、あなたの力が必要だ。手を貸してくれ」


「……っ! 御意! やり直すチャンスを与えて下さった旦那様のために、我が全身全霊をかけて!」


 オーバーな執事さんだ。

 ……だけど、心強いな。


 こんな豪邸の管理、俺には全然わからないからな。




「はーい! はーい! あたしも頑張る! 屋敷の管理は、あたし達親子に任せといて!」


「あんまり張り切り過ぎるなよ。夢花はまだ学生なんだから、本分は学業だ。空いた時間で、ぼちぼち仕事をしてくれればいい」


「えー!? このお給料でいい加減な仕事なんて、できるわけないわ」


 夢花はバイトだが、1万円の時給を払っている。

 アレクセイには、のりタン先生と同じ3億の年俸だ。


 やっぱり人間は、給料が多いほど頑張れる生き物なんじゃないかと思うんだ。

 だから人件費はケチりたくない。

 



「いくらなんでも2人だけじゃ、この屋敷を管理するのは無理だろう? 他にも通いのお手伝いさんを雇うから、必要な人数を教えてくれ」


「そうですな。私が働いていた時も専属の料理人と、庭師と、執事が他に2人と、家政婦が5人……」


 アレクセイが、白手袋をはめた指を折って数え上げる。




「それと~。住み込みの法律家も必要です~」


 執事の指が、ピタリと止まる。


 ん? 住み込みの法律家?

 なんだその役職は?




 俺達3人が振り返ると、小柄な女性が立っていた。




「のりタン先生? どうしてここに?」


「何言ってるんですか~。わたしはかなおいさん専属の弁護士ですよ~? 一緒に住み込むに、決まっているじゃないですか~」


 決まっていない。決まっていない。

 一緒に住む必要性は感じられない。


 執事やメイドとは違うんだぞ?




「あ~。金生さんって、メイドさん好きだったりします~? 法律家として仕事してない時は、わたしもメイド服着てもいいですよ~。色々と~、ご奉仕しちゃいますよ~?」


「チンチクリンなのりタン先生に、メイド服が似合うわけないでしょ? あたしみたいに、ナイスバディじゃないと」


 夢花が胸とお尻を突き出して、挑発的なポーズを決める。

 アレクセイパパの前で、そういうのはやめろ。




「旦那様。どうなさいます? 先生のメイド服も、すぐに手配できますが?」


 娘のはしたない真似をスルーして、ウチの執事は真面目な顔で聞いてきた。






 やめてくれ。

 俺はあなたと違って、メイド服マニアじゃないんだ。





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