第3話 喪失

翌日。


草原に宝冠の紋章旗を掲げた第十五騎士団が陣形を展開していた。

彼らの視線の先には、巨大な魔物の群れが見えていた。


その先頭に立つのは、ミノタウロスだ。

見上げる程の大きさを誇るその巨体は、大地を揺らす。

その怪力を持って振り下ろされる斧は、岩を簡単に砕くと言われている。

そんな怪物が数百匹もいる光景。


空を見上げれば亜竜と呼ばれるワイバーンの姿。


そして、その奥にはミノタウロスが小人にも思える程の巨体。

…ドラゴンだ。

ミノタウロス達はドラゴンから逃げるようにこちらに駆けていた。


様々な戦場を駆け抜けた騎士達も、その異常な光景を目の当たりにして、言葉を失っていた。

私はゆっくりと一歩前に踏み出す。


「おまえ達!昨日の酒は美味かったか!?」


声を張り上げて騎士達に問いかけた。

彼らはハッとしたようにこちらを見る。


「私が大事にとっておいた酒は美味かったかと聞いてるのだ!」

「「はい!」」


私の怒声に、騎士達は慌てて返事をした。

満足気に笑みを浮かべると、両手を広げる。

 

騎士達はその姿を見て、息を飲む。

そんな彼らを見渡しながら、口を開いた。


「さて、そんな酒の中に誰かの賭けが紛れ込んでいたようでな」


そう言って笑うと、騎士達も笑い出す。

どうやら、言わんとしている事を察してくれたようだ。


「次に酒を奢るのが誰かという事は、問わないでおこう。賭け事が好きな馬鹿者達が随分いるようだ」


そう言って騎士達に視線を送ると、全員が苦笑いを浮かべた。

騎士達を見渡すと、再び口を開く。


「私は生き残るぞ。貴様達の馬鹿馬鹿しい賭けの対象らしいのでな」


そう言って、不敵に笑って見せた。

騎士達もつられて笑みを見せる。


その時だった。


空から舞い降りたワイバーンが騎士達へと襲い掛かる。

私は右手に魔力を込めると、それを貫く。


「行くぞ!私の背を旗印について来い!」


騎士達の雄叫びが上がる。

それに呼応するように、無数のワイバーン達が空を降下し始めた。


そして、戦いが始まる。

騎士団長の咆哮と共に。


歴戦の騎士達は、団長仕込みの対空砲でワイバーンを撃ち落としていく。

地上では、ミノタウロスを相手に騎士達が奮戦していた。


そして、王国最強と名高い騎士団長はミノタウロスの群れの中を単騎で駆け抜ける。

その手に剣は握られていない。


種族としてのサイズが違うのだ。

ただ魔力の塊を鋭く貫くように放出していた。


「ふっ!」


すれ違いざまに放つ風魔法がミノタウロスを切り裂いていく。


グオォォォォ!!


「はぁ!」


突進してくるミノタウロスの眉間に砲撃魔法を撃ち込むと、そのまま次の標的に狙いを定める。

騎士達からかなり距離を離した私は一見すると孤立していた。


だが、


「この方が全力を出せる」


味方を巻き込む心配がないのだ。

精鋭と誉れ高い第十五騎士団でも、私の全力に付いて来れる者はいない。


だが、全力を出すという事は…。


「……もってくれよ、魔力回路」


——嬢ちゃん、俺はここまでのようだ。


遠い昔の先任騎士の顔が思い浮かぶ。


——なあに、生きて帰れるんだ。食堂でも開くさ。


「……バルバロッサ」


思わず口からその名が漏れる。

その瞬間、遠方より放たれた火炎放射の直撃を受けた。

熱波が皮膚を焦がす。


「ぐっ!」


咄嗟に風の障壁を展開した。

それでも肌が焼けるように熱い。


見上げれば、焼け焦げたミノタウロスの先に赤黒い鱗に覆われたドラゴンが、その大きな口をこちらに向けていた。

その喉の奥には真紅の光が揺らめいている。


またブレスが来る!


直感的にそう感じると、全力で地面を蹴った。

直後、凄まじい轟音と共に私のいた場所が爆炎に包まれる。


ドラゴンキラー。

その称号はお伽噺の中でしか聞いたことがなかった。


そして、伝説上の生物だと思われていた。

しかし、それが今目の前にいる。


思わず苦笑いを浮かべた。


「これ以上、勲章はいらないんだがな」


迫り来る炎を避けながら、身体強化魔法で距離を詰める。

そして、赤黒い鱗に砲撃魔法を撃ち込んだ。


ドゴォォッ!!!


衝撃が周囲を揺らし、土煙が舞い上がる。

だが、その鱗を打ち破るには至らないようだ。


ならば、もっと魔力を込めて攻撃するまでだ。

 

連続して砲撃魔法を撃ち込んでいく。

命中するたびに鱗を数枚吹き飛ばすが、致命傷には至らない。


「化け物めッ!」


思わず毒づくと、両手に魔力を込める。

放たれたのは風の刃だ。

それをドラゴンの体中に走らせる。


ズバッ!ザシュッ!ズシャッ!


肉が抉られ、鮮血が飛び散る。

だが、やはり致命傷には至らないようだ。


ドラゴンは煩わしそうに頭を振ると、私に向かって尻尾を叩きつけてきた。

瞬時に空中に飛び回避するが、掠っただけでも吹き飛ばされそうな衝撃だ。

 

地面にクレーターができるほどの破壊力。

まともに食らえば即死だろう。


私は苦笑いしながら、砲撃魔法をドラゴンの眉間に撃とうとした時だった。


「ぐはっ!」


頭上から振り下ろされた何かによって、地面へと叩き落とされた。

何とか受け身を取ったものの、衝撃を殺すことができず、口から血反吐を吐き出した。

 

意識が飛びそうになる程の痛みが襲う。

肋骨が数本折れているようだ。

骨の軋むような痛みに歯を食いしばって耐える。


「……魔法か」


見えない何かをそう結論付けるしかなかった。


「グオォォオオオ!!」


そして、形勢が逆転したドラゴンが歓喜のような咆哮を上げた。

それはまるで勝利の雄叫びのようであった。


ズシンッ!ズシンッ!


ドラゴンが近づいてくる。


「ぐぅ!」


そして、私の身体をその前足で踏みつけると、口元に真っ赤な炎が灯るのが見えた。


走馬灯が脳裏を駆け巡る。

 

幼い頃の思い出。

騎士団に入団した時の記憶。

 

友と呼べる者はいなかったが、かけがえのない仲間との出会い。

その全てが思い起こされていく。


ああ、これが死ぬという事か……。


景色がゆっくりと流れて、周囲が静寂に包まれる。


だが、その静寂の中、遠くで戦う部下達の声が聞こえた気がした。

そして、それは徐々に大きくなり、私を叱咤する声に変わっていく。


ハッと我に返ると、眼前に迫る炎の光が目に入った。


「……まだ死ねるものか」


右手を伸ばすと、ゆっくりと迫る炎に向かって魔力を込めた。


……足りない。

これではダメだ。


ほんの一瞬の時間なのだろう。

だが、私には長い時間をかけて全身の魔力をかき集めているような感覚だった。


……ここで終わっても構わない。

だから、力を……。


もっと……力を……。


「放てぇ!!!」


私は力の限り叫ぶと、ドラゴンの放った炎に向けて、砲撃魔法を撃ち込んだ。

瞬間、目の前が真っ白になり、鼓膜が破れんばかりの爆音と閃光に襲われる。


右手から放たれた巨大な光は、ブレスをかき消し、その大きく開いた口内を貫いた。


「ギャオォォォオォォ!!」


ドラゴンは悲痛な叫び声を上げると、その巨体を横に揺らし、


ズドォォオオン!!


地面へと崩れ落ちたのだった。

 

静寂が戦場を支配する。

 

痛む体をゆっくりと起こす。

ドラゴンの口元から緑の血溜まりが池のように広がっていた。


「はは……」


それを見て、思わず笑みを浮かべる。

痛む体に鞭を打って見渡せば、騎士達が勝利の雄叫びを揚げていた。


私は煙草を咥えると、ゆっくりと人差し指を立てる。


「……」


だが、その指先に炎が灯る事は二度となかったのだった。


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