5.白足の黒猫亭(前)

逃げました。

全力で。


街中をパンイチで駆け抜けてスラムの通りへと滑り込んだ。

流石にここまで来たら衛兵も迂闊に追ってこれまい。それくらい厄介者の集まる場所なのだ。

パンイチの男くらいならば目立たない。木を隠すなら森の中だ。


「おまえ、よくにげますね。もんだいからにげてばかりだと、くせになっちゃいますよ?」


問題を起こした張本人に言われたないわ。

にしても今日一日で色々あり過ぎだろ。もう疲れたあああん。

俺の人生ってこんなハードモードだったか?

……考えるまでもなくベリーハードモードだな。


「げっへっへ、お嬢ちゃん随分と可愛いね~」

「俺たちと遊ぼうぜぇ?」

「……? だれですかおまえら?」


おっとスラム名物女に餓えたチンピラ共のお出ましだ。

若い女と見たらハエのようにどこからともなく無限ポップするクリーチャーである。

こういうのは雑に処理していかないとな。

えいっえいっ。俺は拳を振るってクリーチャーを殲滅した。


「ぶべらっ」

「たわばっ」


綺麗に顎にクリーンヒットしたのでしばらく起き上がってこないだろう。


「な、なんでいきなりなぐったんですか……!?」


ベイビーちゃんよく覚えておきな。

こういう人種に付き合うのは時間の無駄以外の何物でもない。

だからこうして倒した方がいいんだ。


「よ、よくわかりませんがこころにとどめておきます……」


聞き分けが良い子は好きだぜ。さてさっさと宿に帰らなきゃな。

おらこっちだ着いてこいげへへ。


「でへへ、お嬢ちゃんパンツ何色の穿いてるの?」

「ぱんつ? したぎですか? はいてません」


もう次のクリーチャーに絡まれとる。

ふんっ! 俺は拳を振るってクリーチャーを殲滅した。


「あべしっ」


綺麗に顎にクリーンヒットしたのでしばらく起き上がってこないだろう。

よし、これで邪魔者はいなくなった。行くぞ。


なぜか怯えた目で見られてしまったが、状況的に見れば正しいのは俺の方なんだ。信じてくれ。

これから情緒が育ってくれるのに期待する。



その後もクリーチャーたちの無限ポップを千切っては投げ千切っては投げを繰り返すこと二桁回ほど。

ようやっと俺の所有する宿屋へと帰ってきた。


もう見た目からして年季の入った木造建築物件。見た目はオンボロだが中身はもっとオンボロ。

それが俺の宿屋『白足の黒猫亭』だ。

名前は一寸可愛い感じなのがチャームポイントだと思ってる。

ちなみに猫なんか飼ってない。先代の爺さんが飼ってたのかもな。


「やどですか? もしかしておまえはいえなしのびんぼうなんですか?」


ちがわい。この宿全部が俺のだ。

この宿の経営者なんだよ。分かるか?


「なるほど! ではおまえはやどのしゅじんなんですね!」


そういうことだ。宿の主としての仕事はほぼやってないがな。

わざわざお前を連れてきてやったのはここに泊めてやれるからだ。

一応連れてきた責任を取って衣食住の面倒は見てやる。

だからこれからは一人で生活できるように努力するんだぞ。

分かったか?


「はい! つまりなーちゃんはおかみさんになるということですね!」


分かってねえ~~~。

結婚を前提に話が進んでやがる。

ねぇ結婚はしないって俺言ったよね?


「おまえにふさわしいおよめさんになれるようどりょくします! まかせておいてください!」


うーん頑なに話を聞いてくれないねぇ。耳に垢でもごっそり詰まってるのかな?

……まぁ、生まれたての赤ちゃんだし、ごっこ遊びをしているような感覚なんだろうな。

仕方ない。ほどほどに流してやり過ごそう。


ほら入るぞ。俺も早く服を着たいんだ。


「そうですね。なーちゃんもこのぶかぶかなふくをぬぎたいです」


脱ぐんじゃないよ。

くそ、ちゃんとした女の子用の服を買わなきゃだなぁ……。



建付けの悪い扉を開けると、中から美味しそうな匂いが漂ってきた。

どうやら今日のメシは既に作られてしまったようだ。

俺の出番はなさそう。悲しみ。


俺の宿での唯一と言っていい仕事はメシ作りだ。

ISEKAI出身定番のISEKAI料理で皆の舌を唸らせるのが楽しみになっているのだ。

ちょっとしたISEKAI知識無双である。まぁ大体はこの世界の人の口に合わないんだが。


店内に入ると受付の席に座っていた子供店長が元気に出迎えてくれた。

もはや俺より宿屋の店員としての貫禄があるな。


「お兄ちゃんおかえりなさい! 遅かったね!」


ああただいま。ちょっと面倒事に巻き込まれてね。


彼女は宿泊客のシングルマザーの一人娘である。

元気に揺れるポニーテールが特徴の利発で可愛らしい娘さんだ。

その上パンイチの俺を見ても動じない将来有望な子である。

最近夜になったら俺のベッドにインしてくるおませさが玉に瑕だ。


「タナカさん、おかえりなさ……キャアアッ!? ど、どうして裸なんですかっ!?」


うーん、常識人っぷりが身に染みるぜ。

食堂から出てきたのは子供店長の母親であった。

娘の背丈とほぼ同じくらいの背であり、トランジスタグラマーロリシングルマザーという希少属性の持ち主だ。

赤面して目を手で隠しながらも、指の隙間からバッチリ俺の肉体美を焼きつけていることからも、その熟れた身体を持て余していることは明白だ。

今日は彼女がメシを作って皆に振舞っていたのであろう。


彼女の叫び声に釣られてわらわらと食堂から顔を出したのはあらくれ1、あらくれ2である。

今晩も元気に無銭飲食中であった。金を払え。


「タナカの兄貴ィ、なんでパンイチなんですかい?」


色々あったんだよ。本当に色々な。


「もしや露出癖が……罪深い人ですぜ」


んなワケあるか。

ちょっと爽快感を感じ始めているがそんなはずはない。


「ねえお兄ちゃん……その後ろの子、誰……?」


パンイチの俺を見ても全く動じていなかった子供店長が、俺の後ろにいるドラゴン少女を指差して固まっていた。

瞳のハイライトがない。相当驚いているのだろうか。


さてどう説明しようか。

特に考えてなかったけど、可哀想な子だから連れて来たで十分通るだろ。


そう説明しようとしたらバァンと勢いよく後ろの玄関扉が開かれた。

うるせぇなオイぶっ殺すぞ。


「おぉい皆ァ! 表通りで大捕り物やってるぞ! 何でもパンイチの変態が年端もいかない少女に自分の服を着せて逃げ回ってるらし、い……」


盗賊が酒瓶片手に赤ら顔で飛び込んできて、そんな事を叫んだ。

フゥン、奇特な変態も居たもんだな。


「旦那ァ……今度は何やらかしたんですかい?」


失敬な。善意100%だ。

もうやりきるしかなかったんだ。

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