第19話 星の巫女の回想~嵐~

 それからキースと会う度に、彼は母に呼び出しを受けた。最初は何て事のない風に振る舞っていたキースだったが、段々と憔悴の色も見受けられるようになる。

『ねぇキース。毎回お母様と何を話されているの? 悪いことならば、私にも仰ってください』

 そう尋ねても、

『何でもない。何でもないんだ。アステールが気にすることじゃない』

 の一点張り。その言葉には、恋人を安心させたいがための微笑みを添えて。

 けれどその微笑は、逆にアステールの不安を煽った。何度尋ねても、何度縋っても、何も言ってはくれない。

(私もキース様の支えになりたいのに……)

 肝心な時に、恋人はだんまりを決め込んでしまう。

 二人で会う穏やかな時間に、ヒビが入り始める。会話が少なくなった。笑顔が減った。互いに心のどこかで思っているのだ。「今日もヨケイナに呼び出されるのだろうか」……と。

 キースが帰ったあと、アステール自身がヨケイナに直談判したこともあった。何を尋ねてものらりくらり躱されてしまったが。

 どうにもならない焦燥と胸騒ぎが、アステールを駆り立てる。

「キース様。今日お母様に呼ばれることがあったなら、私も行きます」

「……え?」

「何のお話をされているか、私も知りたい。私にも出来ることがあるなら、何でもしたいのです!」

「でもアステール……それは」

 言い淀むキースは、あまり気が進まないようだった。

 アステールは身を乗り出す。胸に重い物を抱えている彼ごと、持ち上げるように。声を掛ける。自分も貴方を助けたいと、伝える。

「だめだ、来てはいけない」

「何故です? 私に不都合なことがあると言うの?」

「……そうだ」

「……っだとしても! 私は貴方が苦しむのを見たくない!」

「僕だってそうだ! 君が傷つくところを見たくないから来るなと言っている!!」

 は、と。

 アステールもキースも、互いに息を飲んだ。

 アステールは驚きで。そして彼も。自分が荒げた声に自分で驚いたように。

 彼は何か言いたげに唇を開閉した。それから小さく首を横に振って、項垂れる。

「……ごめん。熱くなりすぎてしまった」

「……いい、え。私も……ごめんなさい」

 とは言いつつも内心ショックだった。温厚な彼が、叫ぶところなど初めて見た。それもアステールに対して怒鳴る形になるなど。

 迫ったのは自分とは言え、キースは余程追い詰められているらしい。やはり隣にいたい。私はどんなに傷ついたって良い。そう伝えようとしたけれど、一瞬の差でキースが話し始めた。

「分かってくれアステール。これは、僕一人の問題なんだ」

 大好きな黒い瞳が、揺らぎながらこちらを見ている。決意を固めた表情で、真っ直ぐそう言われては……頷くしか、なかった。渋々、ゆっくり、確かに、首を縦に振る。ありがとう、と微笑んだキースの顔は、まるで別人に見えた。

 そこで、無理にでも首を横に振るべきだったのかもしれない。

 数か月後。キースが婚約したとの情報がアステールの耳に入った。

 アステールとは、別の女性との婚約だった。



 雨が降っている。

 雲の割れ目からは、時々雷鳴までもが轟いている。

 灰色の世界が。轟音が。整理しきれない自分の心を押し潰すようだ。……そのまま滅茶苦茶にしてくれたら良いのに。悲しみも虚しさも何も感じられなくなるくらい、いっそ壊してくれたら良いのに。

(どうして)

 疑問が、ずっと頭の中を巡っていた。しかし返ってくるのは答えではなく虚無のみ。その虚無はアステールの指先から爪先から力を奪い去った。おかげでここ数日の授業を受けていない。それどころか寝室から出ることもしなかった。

(どうして、キース……私に、隠していたの?)

 別の恋人が、いたことを。母と話していたのは、このことだったのだろうか。母はキースの不貞を知っていたのだろうか。

 撫でてくれた手。抱き締めてくれた腕。自分のところまで通ってくれた足。

 全ては嘘だったのだろうか。

(一つも、真実などなかった? 分からない。どうして何も言ってくれなかったの……!!)

 別の女性との婚約が決まった、と聞いてから、途端にキースは現れなくなった。お別れの一つも告げずに、キースは消えてしまったのだ。考えるまでもない。後ろめたさがあったからだろう。キースは、アステールから疑問と悲痛な叫びを投げかけられることから逃げたのだ。

 それだけで、もう。

 何も信じられなくなる心地がした。

 理由を聞くことが出来ないなら言い訳の余地もない。裏切られた、という思いだけが、アステールの内側を燻るだけ。

 枕に顔を埋める……すると、ノックの音がした。

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