第7話

 高順は并州騎馬隊の先鋒として冀州へと向かっている。

 訓練から戻った并州騎馬隊に下された新しい命令は最近増えた黄色の布を巻いた賊の討伐の援軍に行くように言われたのだ。秦宜禄率いる并州歩兵隊は鮮卑への抑えとして并州に残り、并州騎馬隊は冀州の賊の討伐軍大将である盧植の援軍に向かうことになったのだ。

「黄巾、でしたかな。賊の連中の呼び名は」

 曹性の言葉に高順は無言で頷く。

 民衆の政治への不満が、民衆からの輿望が高かった太平道と結びつき大反乱への繋がったのだ。

 高順はこの援兵が不満だった。鮮卑や匈奴の戦士達との戦いは猛者との戦いで気分が高揚したものだ。だが、今回は民衆に毛が生えた程度の練度しか持たない相手だ。敵とは認めづらいのだ。

「おっと、偵察に出していた高雅が戻って来ましたな」

 曹性の言葉に高順は目を細めて遠くを見る。そこに黒騎兵の鎧兜をつけた五騎がいる。

「相変わらず眼がいいな」

「眼だけでなく、弓の腕も黒騎兵でも随一だと自負しておりますが?」

「否定はせん」

 確かに曹性は弓の腕も良かった。并州騎馬隊全員が弓騎の腕はいいが、曹性はその中でも特に良い腕前を持っていた。

「兄上」

 ぼんやりと考えていた高順の思考は偵察に出していた高雅の言葉で覚醒する。高雅の言葉の隅に敵を見つけた響きがあったからだ。

「敵か?」

「距離はここから五里程度。数は三千程度がおります」

「布陣は?」

「雑然としたものです。連中、まともな戦をしたことがないようです」

 高雅の言葉に曹性は薄く笑う。戦をしたことがないなど并州の人間にはありえないことだからだ。

「曹性、後方の呂布殿に伝令を出せ。黒騎兵は敵を発見、これを撃滅すると」

「承知です。援軍は依頼しますかい?」

「無用だ。呂布殿なら場所を教えたら勝手にやってくるだろう」

 高順の言葉に曹性は薄い笑みを浮かべながら伝令に出す他の兵士に声をかける。

「総員、戦闘準備」

 高順の言葉に黒騎兵の兵士達は戦闘準備をする。

「高雅、先頭で敵陣まで案内せよ。全軍、速足」

 高順の言葉に黒騎兵は騎馬を走らせる。高順の頬に風が撫でる。并州とはまた違った風の匂いを感じながら高順は冀州の平原を駆ける。大きく時間がかかることもなく黒騎兵は黄巾の軍勢を発見した。

 高順は高雅と先頭を入れ替わり、大刀を黄巾の軍に向けながら口を開く。

「吶喊」

 高順の言葉に黒騎兵が黄巾に突撃する。高順は哨戒に立っていた黄巾の兵士の首を飛ばしながら黄巾の陣営を駆け抜ける。ろくに戦の準備もしていなかった黄巾は迎撃をするのでもなく、必死に逃げ惑うだけだ。黒騎兵はそれを見逃すことなく刈り取っていく。

「黒騎兵だけに獲物を取らせる必要はないぞ」

「赤騎兵と黒騎兵に負けるな」

 呂布と張遼の言葉が黄巾の陣営に響いたと同時に黄巾の混乱が酷くなる。高順が黄巾に血の雨を降らせながら陣営を駆け抜けていると呂布の赤騎兵と馳せ違う。呂布は高順と視線が合うと戟を掲げながら黄巾の兵士を両断する。それは自分の武勇を示すようであった。高順も立ち塞がろうとした黄巾の兵の首を飛ばす。

「敵将は?」

「将と言う輩がいるかどうかが怪しいですな」

 高順の問いに敵兵に槍を突き刺していた曹性が答える。

 襲撃から半刻程度で黄巾は大地に骸を晒すか、逃亡を選択して并州と冀州の付近にいた黄巾は駆逐された。

 高順は大刀についた敵の血を振り払いながら周囲を見渡す。既に立っているのは并州騎馬隊の人間だけだ。

「高順殿」

「宋憲か」

 高順のところにやってきたのは赤騎兵の宋憲だった。宋憲の鎧兜も赤騎兵の赤だけでなく、黄巾の血の赤も付着している。

「呂布殿はなんと?」

「死体と一緒に眠るのは死んだ後だけでいいとのことです」

 呂布の伝令に高順は苦笑する。つまりは今日の野営の予定地を決めてくれ、しかしここは嫌だと言うことだ。

「ここから三里ほど進む。そこで野営するとしよう」

「承知。そう呂布殿に伝えておきましょう」

 駆け戻る宋憲を見送ることなく、高順は黒騎兵を纏めて再度進軍を開始するのであった。

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