第4話

 和連の并州の大侵攻の後も異民族の侵入は後をたたない。并州だけでなく、遠くでは涼州や幽州でも異民族の侵攻が相次いでいた。

 并州も異民族の侵攻が絶えず、呂布の赤騎兵、張遼の青騎兵だけでなく秦宜禄率いる并州歩兵隊も休む暇もなく并州の各地を転戦し、異民族を討伐していた。

 高順も何度目かわからないほどの出陣である。戦場で産まれ育つと言われる并州の武人達もこれには辟易としていた。呂布に至っては酒が飲む暇もないと言って不機嫌になるほどだ。高順も表面には出さないが疲れているのは間違いない。

 だからだろうか。今回の小規模な匈奴の侵攻に誰もが遅れた。

 いち早く気がついたのは近くに駐屯していた李鄒の軍勢であった。近くの邑に匈奴の小部隊が向かったと報告が入ったのだ。だが、李鄒の軍勢も別の匈奴を対応している時だったために即応できす、高順に伝令を飛ばす結果となった。

 そして高順率いる黒騎兵が発見したのは略奪を終えて帰ろうとする匈奴の小部隊であった。

 それを発見した高順はすぐさま攻撃。略奪を行った匈奴は殲滅することに成功したが、捕らえた匈奴の言葉から小さな邑が一つ燃やされたと聞かされ、その確認のために黒騎兵は馬を走らせているのだった。

「もうそろそろのはずです」

 高順の横を走る曹性の言葉に高順は何も返さずに馬足を早める。

 そして丘を越えた高順が見たのは燃え尽きた家と人の骸が点在している邑の跡であった。

「皆殺しですな」

「……珍しくもあるまい」

 曹性の呟きに高順もポツリと返す。匈奴や鮮卑の略奪は酷いものだ。食料は奪われ、女は犯されるか連れさらわれ、男は殺される。并州ではある程度の自衛ができなければ目の前の邑のようになる。

「生き残りを探せ」

「いると思いますかい?」

 曹性の問いに高順は視線を鋭くする。それに曹性は軽く肩を竦めると部下を連れて邑へと向かう。高順も従弟である高雅を従えて邑へと入った。

 襲われてから数日が経っていたせいか骸には蛆が湧き始め、異臭を放ち始めている。

「何度見ても嫌な光景です」

 高雅の言葉に高順は何も返さない。高順達の邑は呂布を筆頭に比較的腕の立つ人物が多かったために滅びはしなかったが、高順の従弟である高雅の邑は匈奴によって滅ぼされ、生き残った高雅は高順の家にやってきた経緯がある。高雅もその時の記憶を呼び起こしているのだろう。高順に似た厳しい表情をいつも以上に厳しくしている。

 高順は騎馬で邑の中を歩く。そして高順の視界内にその存在が映った。

「高雅」

「は」

「童が生き残っている。水と食料をくれてやれ」

「は、はい」

 高順の視線の先に倒れていた一人の子供。それに気づいた高雅も慌てて持っていた水と食料の準備を始める。

「あ、ありがたく……ですが……じ、自分の前に……い、妹に……」

 子供の言葉に高順の表情が厳しくなる。

「それは無理だ。童、貴様の妹は既に死んでいる」

「え」

 妹を守りたいことだけを考えていたのだろう。子供は既に死んでいる妹に気がついていなかった。

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ」

 邑中に響き渡る子供の絶望の声。その声に反応したのか曹性が部下を引き連れて高順の所にやってきた。曹性も慣れたものだ、見ただけで状況を把握したのかいつもの不敵な笑みは消え失せ、力が抜けたように首を振った。

「隊長、生存者はそこの童だけです」

「……そうか」

 高雅の手を振り払って妹の亡骸に縋り付く子供。高順は騎乗しながら子供にゆっくりと近づく。

「童、悲しいかもしれんがこれが并州で生きるということだ。貴様のような童は珍しくもなく、并州軍には家族が全員創建である方が稀だ」

 どこか虚ろな眼で高順を見上げる子供。高順はゆっくりと馬から降りながら子供に語りかける。

「故に我ら并州軍にとって并州軍が家族であり、親や兄弟だ。それが我々の強さの根幹でもある」

 繰り返される異民族の侵入。そして家族を失い、生きる希望を見失った者も多く并州軍に入ってくる。

「童よ、貴様には選ぶ権利がある。我々と一緒に来て永遠に戦を続けるか、どこか身寄りの場所を探して放浪するかだ。酷なようだが選ぶが良い。放浪すると言うのなら数日分の水と食料は渡してやる」

 高順の言葉に言葉は虚ろな眼から意識が覚醒した眼をしてくる。

「貴方について行けば妹を守れた漢になれますか?」

「貴様次第だ。だが、并州で生きるには強さが必要だ」

「なら、貴方についていきます。強くなるために……もう家族を失わないために」

「良かろう。ならば童、我々がこの邑の人々の骸を埋める。貴様も手伝うがいい」

「はい」

 高順の言葉に、最後に悲しそうに妹の亡骸を見つめた後に立ち上がる。立ち上がるのを手伝おうとした高雅を振り払ってである。

 その心の強さを高順は気に入った。いつもだったら拾われた孤児は丁原の本隊に預けられ、そこで適正を見られてから騎兵隊や歩兵隊に振り分けられる。だが、高順はこの子供を自分の黒騎兵に引き取ることに決めた。

「童、名前をまだ聞いていなかったな」

 妹の髪を斬り、それを指に巻きつけながら子供は高順を真直ぐに見つめる。

「郝昭」

 子供はそれだけを伝えて立ったまま気絶するのであった。

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