第3話

 高順は配下の黒騎兵を率いて并州の原野を駆ける。駆ける先には鮮卑の騎馬隊が黒騎兵に向かって駆けてくる。

 高順は黒騎兵の先頭を駆けながら叫ぶ。并州に響き渡るかのような叫びに黒騎兵の兵士達もまた鬨の声を挙げる。

 そして高順の黒騎兵と鮮卑の騎馬隊が交錯する。

 高順は相手の槍を避けながら時に敵の首を飛ばし、時に敵を両断しながら鮮卑の騎馬隊の中を駆け抜ける。高順の部下達も馬を止めることもなく鮮卑の戦士達と一瞬の交錯の間に激闘を繰り広げる。

 騎馬隊同士の戦いは一瞬だ。お互いに駆けながら馳せ違う時に戦う。足を止めた騎馬など問題にならない。それがわかっているからこそ并州軍騎馬隊も鮮卑の戦士達も馬の足を止めることはない。

「被害」

「二騎」

 馬を駆けながらの高順な簡潔な問いに、黒騎兵の証である漆黒の鎧と兜を被り、槍を持った不敵な笑みを浮かべた男が答える。男の名は曹性。黒騎兵の副長の男だ。

 曹性の返答に高順は顔を顰める。今の鮮卑の騎馬隊と戦ったのは今ので六回目。それまでに二十四騎が落とされた。

「流石になかなかやる」

「ですな。ですがようやく敵の指揮官がわかりました」

 黒騎兵は隊列を乱さずに駆けながら先程の鮮卑の騎馬隊に向かう。相手の騎馬隊もまた黒騎兵に向かって駆けてくる。

「曹性」

「なんでしょう」

「敵将の首は落とせるな?」

 落とせるかと言う問いではなく、落とせることを前提とした高順の問いに曹性の不敵な笑みが深くなる。

「手柄首を頂戴します」

「逆に落とされるなよ」

「ほう。これは珍しい。隊長が諧謔を言うなど」

「諧謔のつもりはない」

「でしたら私も甘く見られたものですな。これでも并州軍黒騎兵の副長なのですがね」

「相変わらずよく舌が回る男だ」

「なにせ隊長が寡黙ですので。その分も回すのが副長の仕事だと思っております」

 曹性の言葉に高順は何も返さず、ただ大刀を軽く振るう。曹性も長く高順の副長を勤めている男だ。それだけで指示を理解して五十騎程を連れて本隊から離れる。その動きは并州軍本陣へ撤退するかのような動きだ。

 だが鮮卑の戦士達は曹性の部隊を追いかける動きを見せずに高順の本隊に向かってくる。異民族にとっての災厄のような黒騎兵隊長である高順を殺すためだろう。

 その事に高順の気分は高揚する。

 それだけ敵に恐れられていると言う事実に。

 七回目の交錯。高順は先頭にいた二騎を纏めて両断する。突き出されてくる槍を払い、隙を見て鮮卑の戦士を并州の原野に返す。

 血飛沫が舞い、返り血で高順が身に纏う漆黒の鎧にも深紅が彩られる。

 最後尾にいた鮮卑の戦士の槍を腕ごと斬り飛ばしながら高順は駆け抜ける。

 高順率いる黒騎兵本隊が駆け抜け終わった瞬間に曹性率いる別働隊が叫びを挙げながら鮮卑の騎馬隊に斬り込んでいく。

 戦闘が終わった瞬間の一瞬の虚。

 曹性はそこを突いて敵将の胴体に己の槍を突き刺していた。

 隊長が死んだ瞬間の混乱。それを逃すほど高順や黒騎兵は甘くない。

「吶喊」

 高順は部隊を即座に反転させながらそう叫んで鮮卑騎馬隊に突っ込む。曹性も一度の突撃で敵将を葬り去った後に即座に反転して再突撃をしている。それまでに統制の取れた動きをしていた鮮卑の騎馬隊も将が死んだことでバラバラの行動になる。

 黒騎兵に反撃しようとする者。逃げに徹する者。大きく分けてこの二つだ。

 高順は逃げる者は追わずに抵抗する者だけを刈り取っていく。小半刻もかからずに高順達によって抵抗していた鮮卑騎馬隊は全滅することとなった。

「左翼の李鄒殿の援護に入る」

「御意」

 高順の言葉に曹性は変わらない不敵な笑みを浮かべながら答えるのであった。



 高順の反対側である右翼に布陣していた呂布は赤兎馬を駆けながら愛用の戟で敵を殺していく。

「つまらん相手ばかりだ」

 そう小さく呟く呂布。

 呂布にとっては作業のような戦闘だ。呂布と呂布率いる赤騎兵が駆け抜けた後には鮮卑達の骸が転がっている。中には無謀にも呂布の前に立った鮮卑の戦士もいたが、例外なく呂布の愛用している戟の錆となっている。

「魏越、成廉」

「はいよ」

「なんです大将」

 呂布は戟にこびりついた血糊を振り払いながら赤騎兵の中でも精兵である二人の名前を呼ぶ。

 魏越と成廉。并州軍の中でも精兵である赤騎兵の中で呂布に次ぐ武勇の持ち主達だ。二人は常に呂布の左右を固めて戦場を駆け抜ける。今回の戦でも呂布の左右を固めて鮮卑達を殺して回っていた。そのために二人の矛も血塗れとなっている。

「秦宜禄が押されているようだがどう思う?」

 呂布が聞いたのは戦場の中央に陣取っている秦宜禄率いる并州軍歩兵隊だ。并州軍歩兵隊は最初に布陣していたところより後退している。赤騎兵は常に動き回っているとは言え、それで戦場の地理を見失うほど呂布は無能ではない。

 だからこそ呂布は秦宜禄の歩兵隊が後退していることを訝しんだ。秦宜禄は悲観的で慎重な男だが、あの程度の突撃で後退する男ではないことを呂布は知っている。なにせ実戦訓練で呂布の赤騎兵と高順の黒騎兵の突撃を受けても引かなかった男だ。だからこそ呂布は秦宜禄が後退していることを怪しんだ。

 魏越と成廉も秦宜禄の実力を知っている。だから二人揃って首を傾げた。

「秦宜禄の旦那に限ってあの程度の突撃に押されたってことはないでしょうしな」

「あれじゃあ趙庶の旦那と李鄒の旦那の二人とも戦場が離れてしまいますね」

 魏越と成廉も首を傾げる。身内の贔屓目を抜いたとしても秦宜禄率いる歩兵隊は精強だ。決して崩れず、決して後退しない。それが魏越と成廉の持っている并州軍歩兵隊の印象だ。自分達やあの壇石槐相手にも後退しなかった歩兵隊があの程度の突撃で崩れるわけがない。

 そして呂布は気づく。鮮卑の本陣が進んでいることに。

 それに気づいた呂布は大きく笑う。

「なるほど。そういうことか。親父殿も本気らしい」

「どういうことです、大将」

 成廉の言葉に呂布は戟を担ぎながら口を開く。

「ほれ。秦宜禄の後退に併せて趙庶の歩兵隊が戦線を伸ばしている。おそらくは兄弟がいる反対側でも李鄒が同じことをやっているだろうよ。おそらくは親父殿が壇石槐の倅を釣り出して包囲するんだろうよ」

 呂布の言葉に魏越と成廉は顔を見合わせ、魏越が呂布を見ながら口を開く。

「てことは大将。壇石槐の倅の首は?」

 魏越の言葉に呂布は楽しそうに笑う。

「うちと兄弟の黒騎兵、張遼の青騎兵に歩兵隊の早い者勝ちってことだ」



 張遼は馬上にて丁原の指示を待つ。

 三年前の壇石槐の大侵攻において張遼は黒騎兵の一員として参戦した。

 そこで目撃したのは人知を超えた呂布と壇石槐の一騎討ち。部下の黒騎兵と共に豪勇を奮った高順。并州に生まれ育った人間として二人の強さに憧れた。

 そして今、張遼は第三の并州騎馬隊の隊長としてこの戦場に立っている。

 しかし、張遼は自分が二人に並べたと自惚れるつもりはない。三人で戦った鮮卑の斥候との戦い。それが終わった時、自分は疲弊していたにも関わらず二人はまだ余裕があった。

「伝令。張遼殿は敵陣に突撃せよとのことです」

「承知した」

 丁原からの指示に張遼の気持ちが高揚する。ようやく始まるのだ。武の頂を目指す戦いが。武の頂は遥かに遠い。赤騎兵と黒騎兵の中でも張遼より武勇が上なのはいる。曹性、魏越、成廉の三人はその尤もたる例だ。そしてその三人を超えても高順がいる。そしてその先には呂布がいる。

 だからこそ挑み甲斐がある

 張遼は心中でそう呟いてから部下を率いて愛馬で駆ける。秦宜禄率いる歩兵隊も慣れたもので青騎兵の疾駆を邪魔しないように道を開く。

 張遼は途中で秦宜禄を見つける。秦宜禄も張遼を見つけたのか持っていた剣を軽く振るう。それに込められた言葉は一つ。

 武運を祈る

 張遼は秦宜禄の声なき声援に後押しされて敵陣へと突っ込み叫ぶ。

「我が名は張遼。死にたい者からかかってくるがいい」



「総員、突撃準備」

 丁原は張遼を突撃させた後に、自らも突撃をする準備をする。

 総大将は戦死を避けるために最前線には出ないのが普通である。

 しかし、ここは武人達が集う并州である。自らが最前線で剣を振るい、武威を示さねば誰もついてこない。

 そういう意味では丁原は并州の総大将としての資質を持っていた。持ちすぎていたと言ってもいい。勝っている時でも、負けている時でも関係なく、必要となれば自分の直轄軍を率いて最前線へと出るのだ。

 だからこそ癖の強い并州の武人達に認められていると言ってもいい。

「突撃準備完了しました」

 副官の報告に丁原は頷く。

 既に和連の本隊は并州歩兵隊に包囲され、その中では張遼の青騎兵が暴れまわっている。逃げ道として用意した異民族の背後から脱出した者達は呂布の赤騎兵と高順の黒騎兵によって殲滅されているだろう。

 このまま丁原は待っていても勝利の果実はその手に落ちてくることになる。

 だが、ただ待つだけの勝利など丁原は望んでいない。丁原が望むことは猛者との戦い。そして勝利である。

 その点で言えば今回の和連は不服であった。和連の父である壇石槐との戦いが正しく死闘となったからだ。

 壇石槐との戦いはまさしく薄氷の上での勝利であった。呂布が半刻でも一騎討ちで討つのが遅ければ、并州に骸を晒したのは丁原の方であっただろう。

 だが、あの戦いこそが丁原が一番高揚した戦であった。

 自分も、部下も、兵士達全てが死力を尽くし、その上で猛者を倒して得た勝利。もはや老年の域に達した丁原の長い戦歴の中でも一番の大戦であった。

 それに比べたら和連との戦は子供の遊びのようなものだ。だが、丁原は手を抜かない。余裕を見せた者から死んでいくのが戦場だということも丁原は理解している。

 だからこそ私が最後の一矢となる。

 内心でそう思いながら丁原は剣を掲げる。その行動に丁原の直轄軍から緊張と高揚感が高まるのを丁原は感じる。それを心地よく感じながら丁原は剣を振り下ろした。

「突撃。敵を鏖殺せよ」

 丁原の言葉に直轄軍は鬨の声で答えるのであった

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