第15話 秘められた恋

 その後、二人は成人の儀の後と同様、国王の前へと呼び出された。

 そして勝手に婚姻関係を結んだことに多少なりとも怒りを露わにしていたが、まずは向こうがこちらの事情を知らずに決闘を挑んできたこと、精霊王の名を出され、後に引けなくなったこと、更に精霊王からの祝福も得ることが出来たので、何も問題はないだろうということ。以上のことをフレドリックが淡々と伝えると、国王の怒りも引いたようだ。引いたというか、もうどうにもならないことが分かったことで呆れたのかもしれないが。

 あくまで婚前の男女であるからして、無闇な接触は控えること。大精霊の怒りを買い、この国に被害が及ぶことがないように。国王はそう命令をすると、二人を解放した。

 ……思ったより厳しい制約が求められなくて良かったよ、なんてフレドリックが笑うものだから、アリシアも思わず笑ってしまった。



 そして二人は、学園へと戻る。



 光の乙女が、温かな光を振り撒きながら歩く。闇の青年が、静かな闇を携えて微笑む。

 いつもと変わらない、日常。

 だがそれはいつも、突然に終わりを告げるものだ。


 二人が、対峙した。


 周囲が固唾を飲んで見守る中、二人は黙って見つめ合う。いつまでそうしているのかと、周囲がやきもきし始めたその瞬間。


「……やあ、機嫌はどうだい。我が婚約者様」

「……あら、いたの。今まさに、貴方のせいで最悪になったわ」


 ……いつもと変わらない、険悪な様子で、二人は会話をし始めた。

 もちろん、二人で決めたことだ。突然態度が変わってしまっては不自然だし、仲睦まじくしている様子を「必要以上の接触」と捉えられ、引き離されてしまったら困る。このまま仲が悪いフリをしているのが、最善だったのだ。

 二人の演技に騙される周囲は、やはり婚約したところで犬猿の仲がそう簡単に覆ることはないか、と、少し残念なような──安堵したような──そんな二律背反の思いを抱いていた。

 ……だが。

「……そういえば貴方、次の授業は一緒だったわよね」

「ああ、不本意にもな」

「……じゃあ、丁度良いわ」

 アリシアはそう言うと、自身の右手を……フレドリックへと、差し出す。

「エスコートして頂戴?」

 ざわりと、周囲から戸惑いの声が上がったような気がした。

 アリシアは偉そうな物言いをしたものの、頬に少しばかり熱が溜まるのを感じていた。……いくら婚約者になったといえど、幸せな未来を掴むと決めたといえど、少々不自然だっただろうか? いや、言った手前、引き返すことは出来ない。フレドリックがどう対応するか……。

 なんだか恥ずかしくなってきてしまい、アリシアが目を伏せて停止していると……不意に手が、温もりに包まれる。目を開くと、フレドリックが自分の手を取っていた。

「……貴方のエスコートできるなど、光栄ですね。務めさせていただきますよ」

 フレドリックのその微笑みに、アリシアは反射的に微笑み返しそうになった……が、口の中で舌を噛み、それを留める。ここで喜んでしまったらいけない。

「空気の読めない貴方が私の歩幅に合わせるなど、出来るのかしら?」

「貴方は淑女らしく、その減らず口を閉ざしたらどうです」

 互いに憎まれ口を叩きつつ、二人はゆっくりと進んでいく。もちろん、次の授業に向かうために。……だが少しでもこうして手を繋いでいたい。そう思うと、自然とスピードはゆっくりになるし、デートのようだと思ってしまう。

 そんな二人の思いなど露知らず、嫌ならば手など繋がらなければいいのに、なんて苦笑い交じりに誰かが呟いた。

「レイアナード様とグルーム様、美男美女で素敵だわ……」

「いやでも、会話聞いたら全然そんな素敵な感じじゃないけど」

「ええ~、そうかな~。……私からしたら、仲が良いからこそ悪いって感じがするけど……」

 会話をしていた生徒は、アリシアとフレドリックの方へと視線を向ける。確かにそう言われてみれば、歩くペースが一緒だし、会話のテンポは良いし、そういえば風の噂によると、二人は幼馴染らしいし……。

「……いやいや、あの二人の仲の悪さは筋金入りよ」

 だがそこまで考えたところで、首を横に振る。今までの二人の様子を何度も見ているから、二人の仲の良いところなんて考えられない。そんな様子を見たら、全身の鳥肌が立ってしまうかもしれない。そう思うくらいだ。

 そう、二人の仲が良くなることなんて、有り得ない。例えその関係が婚約になったとしても。

 アリシアとフレドリックは、『ちんたら歩いてると雷でぶち抜くわよ!!』『……永遠の闇で覆ってあげようか』という大精霊たちの脅しで、少しだけ歩くスピードを上げる。大精霊たちの怒りを買うか買わないか、ギリギリのラインだ。二人はこみ上げそうになる笑いを堪えながら、先を急ぐ。


 ただ犬猿の仲であるということを演じるしかなかった二人。それを続ける必要があるので、婚約者になろうと、状況は何も変わっていない。

 だが確かに、何かは変わった。

 そしてきっと、ゆっくりではあるものの、いい方向に進んでいる。

 愛する人の手の温もりを感じながら、アリシアはそう思った。



 二人の秘められた恋は、まだ誰も知らない。



─END─

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Light and Darkness 秋野凛花 @rin_kariN2

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