第13話 またこうして

 学生たちの間の話題は、今日の決闘のことで持ちきりだった。

 素晴らしく無駄のない戦い。婚姻を結んだ二人。ある意味お似合いの二人なのでは? 仲が悪いようだが、今後は大丈夫なのだろうか……。

 アリシアはその話から逃げるように、自室に引きこもっていた。自分が戦ったわけではないのだが、疲れた。見ていただけの自分でもこうなのだから、フレドリックも休んでいるのだろうな。アリシアはそう考える。

 だからこそアリシアは驚いたのだ。

 突然窓を乗り上げてやって来たフレドリックに。

「やあ、

「……!? ……えっ、あ、リッ……え……!?」

 あまりにも軽い調子で現れるものだから、アリシアは思わず声にならない声をあげてしまっていた。そんなアリシアの様子にフレドリックは苦笑いを浮かべてから、杖を取り出した。

 そして杖を振るうと、何か黒い立方体キューブが現れる。それはアリシアの部屋の大きさまで拡大すると、どんどん薄くなって、やがて……消えた。

「安心して。今の魔法は、人の意識をこの部屋から逸らすためのものだから。俺たちの会話は俺たち以外には聞こえないし、誰も入ってこようとも思わない」

「……な、なるほど……。……それじゃあ……」

 アリシアは納得をする。それからフレドリックを見上げた。……その瞳には、期待が込められている。

 彼は優しく笑って頷くと、腕を広げた。

「おいで。俺の愛しのアリス」

「……ッ!!」

 我慢していたものが、一気に崩壊をする。アリシアは自身の中に、そんな音を聞いた。

 アリシアはフレドリックの胸の中に飛び込む。彼は柔らかく、彼女の体を受け止めた。

 外で突如として雷雲が訪れたのを見て、生徒たちが慌てて屋内へとかけていくのを、アリシアは横目で見る。だがフレドリックに頭を撫でられ、意識はすぐに目の前の彼に戻った。

「……リック……」

「……うん。俺だよ」

 久しぶりに、こうして彼に触れられた。こうするのは、あの時、仲が悪いことにしようと、そう決めた時以来だった。

 またこうして、触れられる日が……本当に来るだなんて。

 アリシアはその幸せを噛み締めていた。思わずその胸に頬を寄せ、彼の温もりを確かめてしまう。

 フレドリックは微笑みながら、それを受け止めていた。そして受け止めつつも、彼もアリシアの柔らかな髪に顔を埋める。彼も彼女をこうして腕の中に収められることを、嬉しく思っているのだ。

 しばらく互いの体温を噛み締めてから、アリシアは顔を上げる。彼に会えたことが嬉しくて忘れていたが、聞かねばならないことは沢山ある。まずは。

「リック、どうやって女子寮に来たの?」

 女子寮は男子禁制のはずだ。女子寮の出入り口は一つだけ。そこを通るには受付に話しかけないといけないので、男子が入れるはずがないのだ。

 ああ、とフレドリックは軽い調子で笑う。そしてあっさりと答えた。

「女子寮に入る女子生徒の影に潜って」

「魔法の私的利用は良くないと思うわよ……」

「あはは、正論だけど。……どうしてもアリスに会いたかったんだ。許して?」

 そう言って彼は、アリシアの顔を覗き込む。大好きな人の顔が目の前に迫り、思わずアリシアは言葉に詰まった。……そう言われてしまったら、許すしかないではないか。

 ……それに、アリシアがここで叱ったとて、彼が素直に反省するとは思えない。

「じゃあ……どうして私に会いに来たの? そんなリスクを負ってまで……」

 あえて許す許さないは述べず、アリシアは話を切り替えた。

 女子寮に忍び込んだなど、バレたら大変なことになる。罰を受けるのはもちろんだが、女子たちから一生蔑まれるような生活を送る羽目になるだろう。自分の恋人にそんな目に遭ってほしくなかったのだ。

 それは、とフレドリックは小さく呟くと、少しきまりが悪そうに笑った。

「アリスに無断で、色々話を進めてしまったから……その謝罪と、今後のことについて、一度話し合っておきたいと思って」

「……」

 アリシアは黙る。無断で進めてしまった、その謝罪。当然、謝罪というのはそれを悪いと思っているからやることであって。……やはりあれは、彼らしからぬ行動だったのだな、とアリシアは再認識した。

「……どこかしらで経緯は知ったと思うけど、あの場ですぐに答えを出さないと、また色々と勝手なことを言われると思ったし……これ以上、あの人が調子に乗って、それでアリスに手を出してほしくなかった。だからあの場ですぐ答えを出す必要があると思ったんだ……ごめんね、アリス。君の同意も取らず、決闘の報酬にしてしまって……」

「……いいえ。確かに、貴方らしからぬ行動だと思っていたけれど……そういうことなら納得よ。私は大丈夫。……それに、決闘と聞いた時は、リックが勝つとしか思わなかったわ」

「はは、君に強いと思ってもらえているなら嬉しいよ」

 そう言ってフレドリックは、アリシアの手の甲に唇を落とす。まあ君を守るために強くなってきたからね、という言葉と共に。……本当に、何をしてもさまになる人だ。アリシアは自分の心があっという間に跳ね上がり、顔に熱が溜まるのを感じていた。

「……あと理由は、もう一つあってね」

「?」

 首を傾げるアリシアから、フレドリックはゆっくり視線を外す。……そしてフレドリックの視線の行く先は、アリシアの肩の上で不機嫌そうに胡坐をかく、ウィンク。

「君が、言っていただろう。『火の精霊憑きは、強引で男らしいところもとってもステキ!!』……ってね。だから、少しでも君に気に入られようと思って、少々強引に物事を進ませてもらった」

 突然自分に話が飛んでくると思わなかったのか、ウィンクは少しの間固まっていた。一方でアリシアは、どこでそれを聞いたのか、思い出していた。

 ──そうだ、昨日。この自室で、バーングニアス様についてどう思うか、聞いた時……。

 ……それはつまり。

『はぁぁ!? 盗聴じゃない!!!!』

 ウィンクが非難の声をあげる。そう、あの場にフレドリックはいなかったし、何度も言うがここは女子寮。男子が入ることは出来ないのである。

 今度はどういう手段でその話を聞いたのか分からないが、盗聴には何も違いはなかった。

 フレドリックは涼しい顔をしているし、アリシアももう慣れた。そして悟っていた。彼のこの奇想天外さはもうどうにもならない。

「そうなるけど、まあそれはともかく。……どう? 俺はアリスの男にふさわしくはないかい?」

『どこをどう見たらふさわしいと思うのよ!! ふさわしくないとこだらけよ!! あんたの強引はなんか裏でコソコソやってるからなんか陰気臭いのよ!! もっと堂々としなさいよ堂々と!!』

「俺は逃げも隠れもしていないけど」

『そういうことじゃないわよ!! ……ドゥ・シャイ!! あんたも止めなかったの!?』

『……面倒。ボクは知らない』

『こいつ!!!!』

 もしこの大精霊たちの声も他の人に聞こえていたとしたら、寮母からたちまち叱責の雨が襲い掛かって来ていたところだろう。いや、フレドリックが人払いをしているから、どっちにしろ平気なのか……。

 アリシアはそこまで考えて……思わず、笑い出してしまった。すると三人の会話がぴたりと止まり、肩を震わすアリシアに視線が注がれる。

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