第三十一話 黄金色の聖遺物

 妖精が去り、二人になった啓太と竜。

 どこか戸惑いながらも二人は無心でひたすら歩き、ついにマスタードラゴンが住むという山にやってきた。

 太陽は斜めに傾き、黄昏が近いことを知らせている。


「ここが……?」

「…………」


 二人の視線の先には木も草も一本も生えていない、ピンク色の山肌がなまめかしく映る山が鎮座している。


「えっ、すごい気色悪いけどここなの?」


 啓太の言葉に、少し顔色の悪い暗黒竜は小さく頷いた。


「そうなんだ……ところでマスタードラゴンはどこだろう」


 暗黒竜は黙ったまま、どこか嫌そうな感じで指さす。

 指さした先には洞窟があり、その入り口には黒い縮れた縄のようなものがいくつも垂れ下がっていた。


「ああ……うん」


 なんとなく何かを察した啓太は曖昧な表情でぼんやりと返答した後、ゆっくりと洞窟にむけて歩き出した。

 二人は無言で歩く。洞窟の入り口に近づくと、その脇に小さな小屋があった。


「あれ何だろ」

「……土産物屋」


 啓太の疑問に暗黒竜は言葉少なに答える。


「ふーん……」


 暗黒竜の返答に啓太は口数少な目に答えた。

 それから二人は無言で歩く。小屋はもう目の前にあった。


「いらっしゃいませ」


 小屋にはお土産らしきものが並んでいて、巫女のような服装をした女性が能面のような顔で立っていた。


「こんにちは。マスタードラゴンはこの奥ですか?」

「はい。奥まで届けばそこにいらっしゃいます」


 女性の返答に啓太は何か不穏なものを感じ取った。


「ありがとうございます。それでは」

「お守りを一ついかがですか」


 速やかに通り過ぎようとした啓太に、女性は棒状の物体を勧めてきた。


「お守り……ですか」

「はい。あなたの入り口を守ってくれます。ほら見てください振動するんですよ」


 不気味な音を立ててブルブル震えだした棒状のお守り。


「このようにスイングも可能です」


 グイングイン首を振りだした棒状のお守り。


「一本だけだと不安な場合は二本差しで鉄壁のディフェンスを」


 奇妙に震えたり揺れたりする棒状の器具を両手に持った女性を置き去りにして啓太は足早に歩き出した。

 棒状のインヴェイダーから逃げ出した。

 洞窟に向けて力強く進んでいく。

 入り口を、レーティングを守るために。


「またのお越しをー」


 能面のように無表情の女性は名状しがたきものを振り回している。

 もう来ることは無い。

 もう振り返ることは無い。

 ただ前だけを見て啓太は歩く。


「帰りは別の道を通ろう」

「……別の道ないよ」


 もう一回通れるドン。


「帰りは全力で走ろう」


 啓太の言葉に、暗黒竜は静かに頷いた。



 どこか湿っぽい洞窟をしばらく歩いた先には広い空間があった。

 壁と天井は白く高級感のある造り。床は白と黒の直線の模様が交互に走っている。


「舞踏会とかありそう」


 啓太はきょろきょろと周りを見ながら呟いた。

 暗黒竜は無表情で黙ったまま。


「それでマスタードラゴンはどこだろ」


 何も言わず奥を指さした暗黒竜。啓太はその指の先を見た。

 何かがいた。

 距離があるにもかかわらず感じ取れる巨大な存在感。金色に輝く鱗。

 まさに神話のドラゴンがいた。


「うお……」


 これまで経験したことのない雰囲気をまとう姿。

 啓太は少し離れた所からでも伝わる威圧感のようなものに圧倒された。


「これはちょっと気合入れないといけないかな」


 啓太の呟きに、暗黒竜はそっと顔をそらした。

 背筋を伸ばして前に進む啓太と、下とか横を見ながら嫌そうに歩く暗黒竜。

 二人はついにドラゴンの元へとたどり着く。

 啓太が見上げる先にあるドラゴンの瞳は、威厳を示しつつ慈愛にあふれているように見えた。


「あ、あの……」

(よくぞここまで来ました。勇者啓太よ)


 啓太の頭の中にマスタードラゴンの声が波紋のように広がっていく。


「あ、はい」

(あなたが来るのを一日千秋の思いで(検閲削除)を磨きながら待っていました)

「えっ? あ、はい」


 マスタードラゴンの顔は柔らかな笑みを浮かべているように見えた。


(安心なさい勇者よ……ちゃんと前もって調べてあります)

「は、はあ」

(世界にはドラゴンカーセ(検閲削除)つまり人間相手でも愛があれ(検閲削除)潤滑油も用意してあります)

「なんて?」

(もう我慢する必要はありません! その(検閲削除)を(検閲削除)に(検閲削除)夜の主砲発射!)

「何言ってるか物理的にわからない!」

(オウイエスカミングシーハー!!)

「竜さん!」


 収拾がつかなくなりそうな事態を前に、啓太は横で視線を合わせようとしない暗黒竜に話しかけた。


「何ですかコレ!?」

「マスター……ドラゴン?」


 暗黒竜は啓太の方を見ないまま頑張って答えた。


「どうするんですかコレ!?」

「いや……話せば、わかるんじゃあ、ないかな」

(さあ、かかってきなさい勇者! 私の(検閲削除)は108本あるから108なりです!)

「わかんねーよ!」


 啓太は理解に苦しんでいた。

 暗黒竜は何かをなだめるように口を開く。


「と、とりあえず用件だけ伝えてパッと終わらせるのがいいと思う」

「……そうですね」

(ヘイヘイキャッチャービビってる! 受け止めて私の(検閲削除)!)


 想像を超える試練を前に、啓太は折れそうになる心を奮い立たせて前を見上げた。


「あの! 俺は魔王を倒せる武器があるって聞いてきたんです!」

(えっ、なに? どうしたの突然)

「武器ください!」


 余計な事を言わず、要求だけをピンポイントで伝えた啓太。

 鼻息荒く障子紙のようにレーティングを突き破ろうとしていたマスタードラゴンが、一瞬あっけにとられた後、静かに声もなく笑った。


(いいでしょう。神剣と光の盾は持っていますか?)

「あ、はい、持ってきました」


 啓太は袋から神剣(イボ)と|光の盾(かさぶた)を取り出した。


(よろしい。ではそれを私のところに持ってくるのです)


 啓太はイボとかさぶたを持って、警戒しながらマスタードラゴンに近づいていく。


(結構。床に置いて少しさがりなさい)


 言われた通りにした啓太が後ずさりすると、マスタードラゴンはゆっくりと首をもたげて置かれた物を口にくわえた。


(これから私は神剣と光の盾を上の口から取り込みます。一日くらいで下の口から武器が出てくるでしょう)

「はあ……」


 なんとなく引っかかるものがあったので、言葉の内容について考えた啓太は、ほどなく一つの結論にたどり着いた。


「うんこ?」

(聖遺物です)

「竜さん?」

「ごめん」


 暗黒竜は頭を下げる。

 黄金色のドラゴンは口にくわえた物を、もぐもぐと食べ始めた。


(頑張って消化するのでしばらく待つのです)

「うんこでは?」

(聖遺物です)

「竜さん……」

「ホントごめん」


 暗黒竜は素直に謝った。

 もっしゃもっしゃと咀嚼している黄金色に輝くドラゴン。

 泰然としたその顔色は金色から黄色、茶色を経由して青色に染まり。


(おげえぇぇぇぇぇ!)


 イボとかさぶたが未消化物と一緒に上の口から噴出した。


(クソまずい……なにこれ……?)

「竜さん」

「僕は悪くない」


 キーアイテムを床にぶちまけて青息吐息のドラゴンと呆然と立ち尽くす二人。

 事態は混迷を極めつつあった。


(……ふう、心配はいらない。今からでも下の口から……ん?)

「えっ……?」


 マスタードラゴンと暗黒竜が、突然何かに反応した様子を見せる。


「……?」


 啓太は戸惑っている。


(ちょっとどういうこと?)

「えっ、えっ?」


 マスタードラゴンと暗黒竜に困惑の気配が色濃く漂う。


(神殿に入った!? あのクソバカ何考えてるの!?)

「なんで今!?」


 二頭の竜はひとしきり騒いだ後、同時に啓太を見た。


「えっ、何?」

(突然ですが勇者よ、今から神殿に向かってもらいます)

「えっ、なんで?」

(これを持っていきなさい)


 マスタードラゴンは口から何かを吐き出した。

 啓太の目の前の床に刺さったのは、黄金色に輝く六角形の盾。

 暗黒竜は啓太の背丈と同じくらいの大きさの盾を床から引き抜くと、啓太の手をとって走り出した。


「それじゃ行くよ!」

「えっ、どこに?」

(御使いの一人がこちらに向かっています。彼女の元まで頼みますよ……ダークドラゴン)



 二人は来た道を走り抜ける。

 洞窟を抜けて、そばの小屋の横を駆け抜ける。

 能面のような顔をした女性は頭を下げたまま二人を見送った。

 空はすでに夕暮れに染まり、遠くの地平線に夜が顔を出している。


「これ持ってて!」

「え、うん」


 暗黒竜は黄金の盾を啓太に渡して離れた。

 人の形をしていた竜は、雄たけびを上げながら膨張していく。

 啓太の見上げる先で、黒い鱗を持った巨大な竜がその姿を現した。


(僕の手に乗って!)

「え、うん」


 突如頭に響く声に従い、啓太は差し出された大きな手に盾を持ったまま乗り込む。


「えーと、何事?」

(とりあえず君は神殿に行かないといけない。急ぐね!)


 ダークドラゴンはその巨躯を夕日の沈む方向に向けて走り出した。


 背後から夜が迫っていた。

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