第二十九話 荒天前夜

 いよいよ啓太達がコネリ村を旅立つ時がやって来た。

 村の入り口では村長や交流のあった人たちが見送りに集まっている。

 村長は少しまぶしそうな表情で、入り口に立つ啓太達を見ていた。


「この村も寂しくなるな……」

「お世話になりました」


 啓太は軽く頭を下げた。


「いや、こちらこそ世話になったね……そうだ、村役会議で週一の監視は月一になったよ」

「だからゼロにしましょうよ。ハドソンさんを覗いてないでしょうね」

「そこは大丈夫だ。メンバーの家をローテーションで監視している」

「なるほど」


 啓太は諦めた。


「それじゃ、みなさんお元気で」


 手を振りながら歩き出す啓太。

 村人たちも手を振って見送る。

 世界を救うため、マスタードラゴンに会いに行く旅が始まる。


 ――コネリ村編 完――



 ――新章 遭難編――


 明るい日差しは地面を温かく照らし、木陰に吹くささやかな風は昼の匂いを運んでくる。

 出発から半日が経過して、啓太達は道なき道を見失っていた。


「さて、ここはどこなのかな?」


 経験豊富な啓太は、ベテランの風格を醸し出しながら地図を眺めている。


「ぐー」


 竜は木陰で寝息をたてている。


『なぜ毎回迷うのですか』


 妖精はぽかぽかとした陽気に雪が降りそうなことを言った。


「前に進んだからこそ迷ったんだ。むしろ迷うことは勲章だと思うんだ」


 啓太はどこかのセミナーを思わせる内容のことを熱弁している。


『迷わず進んだ方が勲章にふさわしいのでは』


 天変地異確定演出。

 啓太は唐突にまともかつおかしいことを言い出した妖精を不審の目で見つめている。


「どうしたの妖精さん。脳みそがストライキ中?」

『私の世界でストライキは許しません』

「相変わらずブラック世界だなあ。ホワイト世界を目指そうよ」

『ホワイトなどという闇の勢力に世界は渡しません』

「この世界の辞書の編纂は大変そうだね」

『私が辞書です』

「なるほど」


 啓太は諦めた。

 空に昼の太陽、大地をなでるように吹く風。

 竜がごろりと寝返りをうつのを横目に、啓太は地図を眺めながら周囲の地形との照合を試みていた。


「うーん、何か目印になるものがあればいいんだけどなあ」

『私たちの行くべき道を光で照らしましょう』


 ふわりとした鱗粉が風に流されてキラキラと警戒色を垂れ流している。


「いや、自分で何とかしてみるよ」

『どうしたのです。別次元の邪悪な意思に乗っ取られましたか』

「乗っ取られてはないよ。無理矢理連れてこられたけど」


 啓太の目はゆらゆらと浮かぶ邪悪な意思を冷たく眺めていた。


「まあ、食料とかはまだ余裕あるし、自力でチャレンジしてみるのもいいかなって」

『チャレンジですか』

「そうそう、いつまでも迷ってられないし。出来ない事が出来るようになったらいいじゃない」

『……成長、ということですか』

「いいこと言うねえ妖精さん。妖精さんも成長してみようよ。まずは労働基準法とかどうかな」

『……そうですね。そちらの御成敗式目を参考に考えてみます』

「そこから?」


 啓太と妖精が談笑し、竜は寝返りを繰り返して何回か木にぶつかり落ちてきた虫とかに彩られている。

 ささやかな風が大地を撫でるように通り過ぎていった。風の先には小高い丘。


「とりあえず周りより高い所に行けばなんかわかるかも」


 地図の解読に失敗した啓太は、寝相の管理に失敗して節足動物の通学路みたいになっている竜をその辺に落ちてた木の棒でつつく。


「竜さん、移動しますよ、起きてください」

「うーん、あと一日」

「はい、一日過ぎましたよ。起きましょう」

「もう? 早いなあ」


 焦点の合わない目をこすりながら、竜はゆっくりと起き上がった。

 そのまま伸びをして大きなあくびをする。


「ふわあ……ん? ペッペッ」


 口内の入居者を容赦なく退去させる竜。


「それじゃあそこの丘まで歩きますよ」

「丘かあ……屋根があるといいなあ」

「そうですね」


 二人と一鱗粉は、風が草を撫でる音と一緒に丘へと歩く。

 小高い丘の上からは広い世界のその一部分が広がっていた。


「向こうの方に山が見えるね」

「屋根が降らないかなあ」

『晴れ時々こけら落としなんてどうです』

「よく分からないけどやめた方がいいと思う」


 啓太は再び地図を開いて周囲の地形を眺める。

 その横でぼんやりとした目で風景を見ていた竜の目に、突然生気がみなぎった。


「あっ、屋根だ!」


 竜はなにか宝物を見つけたような声を出し、喜びの一歩を踏み出したら段差があったので転倒。

 下り坂を岩のように転がっていった。


「あー、本当だ、家がある」

『こけら落としでしょうか』

「よく分からないけど違うと思う」


 丘から下った先にあるその家は少し古ぼけてはいるが、荒れ果てたようなことはなく誰かが住んでいるような雰囲気があった。


「とりあえず道を聞こう!」


 啓太は転がっていった竜の後を追うように歩き出した。




 啓太達は平原にぽつんとある一軒家の前に立っている。

 古ぼけてはいるが扉も窓もしっかりしている。


「すみませーん、こんにちはー」


 啓太は扉の前に立ち、軽くノックをした。


「……はいはい、どちらさん?」


 少しきしみながら開いた扉から顔をのぞかせたのは、どこか暗い影をまとわせた老婆。


「すみません、ちょっと道を聞きたいんですが」

「道?」

「ええ、マスタードラゴンがいるっていう山に行きたいんです」

「あそこかね……」


 老婆はわずかに眉をひそめた後、扉を開いて外に出てきた。


「あそこなら爺さんが知っているよ」

「そうなんですか。お爺さんはどちらに?」

「山に柴刈りに行っててね……もうすぐ帰ってくるからうちで待ってなさい」


 老婆はそう言うと家に入り、啓太達を手招きしている。


「えーと、それじゃあお邪魔します」

『勇者よ……家の中では壺を割ったり箪笥を漁ったりするのです』

「これはいい屋根だ……」


 三種類は老婆の導きに従い、家に飲み込まれていった。



「そっちでゆっくりしてなさい」

「あ、ありがとうございます」


 家に入った啓太達は、畳のある部屋に案内された。

 ちゃぶ台の近くに座る啓太。


「なんか和風だなあ……」

『天井に槍を刺して曲者を捕まえましょう』

「天井もポイント高いよ! よく眠れそう!」


 二種類を無視することにした啓太は、家の中を観察しようと周囲に視線を送る。

 襖の開いた先にある薄暗い隣の部屋に何かがあった。

 啓太が目を凝らすと、部屋の中央に1メートル程の円柱が鎮座しているのが見える。色は緑で、切断面は白っぽく繊維質のような。


「……竹?」


 啓太の目にそれは切り取った竹の一部を巨大化させたものに見えた。


「妖精さん、この世界って竹があるの?」

『そこで畳返しです!』

「こっちは枕返しだ!」


 妖精は勝手に布団を敷きだした竜とルール不明の闘争をしてたので啓太は諦めた。

 そこへ老婆が音もなく忍び寄って来た。


「お茶でも飲んどきなさい」

「うわびっくりした」


 老婆はちゃぶ台にお茶の入った湯呑を静かに置いていく。

 啓太は隣の部屋の物体について聞いてみることにした。


「あの、すみません」

「なんだね」

「隣の、あの、アレはなんですか?」

「ああ、あれかね」


 老婆は隣の部屋をちらりと見ると、感情少なめな声で答える。


「さっき川に洗濯に行ったら、上流から光るあれが流れてきてね」

「……」

「よく分からないけど持ち帰ったら光が消えててねえ。なんだろうね」


 啓太の頭の中で二つの話がコラボレーションしようとしている。


「ただいまー、帰ったぞー」

「おや、爺さんが帰って来たよ」


 老婆が家の入り口に歩いていく。

 啓太は老婆の背中越しに、帰って来た老人を見た。

 筋骨隆々の体に赤い前掛け、堀の深い顔には年輪のようなしわが刻まれ、頭頂部が丸く禿げた白髪のおかっぱ頭。右手にまさかり、左手に四角い箱を持っている。


「おやおやお爺さん、どうしたんですかその箱は」

「ああ、山で柴刈りをしてたら罠にかかった鶴がいたんでな。助けたらくれた」


 啓太の頭の中でいくつもの話が大渋滞。


「どれ、何が入っているんだろうな」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 四角い箱を縛っている赤い紐をほどこうとするのを見た啓太が待ったをかけた。


「……どちらさんで?」

「旅の人だよ。道を聞きたいって」

「えーと、お邪魔しています」


 啓太は軽く頭を下げる。

 いぶかし気に見ていた老人は、一つため息をつくと持っていた箱を畳の上に置いた。


「まあ、中々苦労しとるようだな。それでどこに行くつもりなんだね」

「あ、はい、マスタードラゴンのいる山に行きたいんです」


 老人は少し拍子抜けしたような表情で顎をさすった。


「ああ、あそこか。こっから見える一番高い山に向かって歩けばすぐわかる」

「ありがとうございます! ここから遠いですか?」

「半日も歩けば着くだろ」

「わかりました」

「それじゃあ今日は泊まっていくかね?」


 老婆は優しい声で啓太に語り掛ける。

 啓太は下にある、艶のある黒い四角の箱をちらりと見た後口を開いた。


「いえ、お気持ちだけ受け取っておきます」

「おや、そうかい? 久しぶりにお爺さん以外と夕ご飯を食べられると思ったのにねえ」

「すみません。急いでいるので!」


 啓太は枕の位置を微調整していた竜と、隣の巨大竹を七色に光らせていた妖精を連れて、あいさつもそこそこに出発することにした。


「それじゃありがとうございました! お元気で!」


 老婆と老人の見送りを受けながら、啓太達は再び歩き出した。


「ふう」


 啓太はため息をつく。


『あの竹、中に何かいますよ』

「もう少しでベスト枕だったのに……」


 不穏なことをいう妖精と、他人の家の枕について何か言っている竜を一瞥した啓太は、何か言おうとしたが省エネ的観点から思い直した。


「ここから見える高い山というと……あれかな」


 啓太の視線の先には周囲より頭一つ高い山がその存在を主張している。


『それではあの山に光をあてて分かりやすくしましょう』

「分からなくなりそうだからやめて」


 妖精の提言を啓太は無表情で辞退した。


『私の助力は必要ありませんか』

「今回は無くても大丈夫だったし」


 妖精さんの助力は大体ろくでもないことになるし、という言葉を啓太は省略した。


『勇者は成長したのですか』

「成長? してると思うけど、こういうのって後からじゃないと分からないんじゃないかなあ」

『そうですか』


 妖精は珍しく何か考え込んでいる。


「それじゃあ出発しようかな。竜さん、行きますよ」

「ぐー」


 啓太が竜の肩をつかんでガクンガクン揺らしていると、妖精が静かにそばにやってきた。


『勇者よ……私は一身上の都合により、実家に戻ることにしました』

「えっ?」

『勇者のこれからの活躍を実家からお祈りしておきます』

「えっ?」


 唐突に離婚届と不採用通知を叩きつけられた啓太は混乱した表情で妖精を見ている。


『よくぞやり遂げました勇者よ……さらばです』

「何が!?」


 でっかい疑問符を浮かべた啓太をしり目に、妖精は光の柱となって空に吸い込まれていった。


「ええー……」


 呆然とする啓太と朦朧としている竜。

 二人を置き去りにして世界の歯車は回り始め、老夫婦の家から上がる正体不明の煙だけがそれを見ているのだった。

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