第二十八話 ショッピングボーイズ

 啓太は神に選ばれし勇者である。

 危機に瀕した世界を(諸説あります)救うため魔王を倒すのだ。

 魔王を倒すには神に祝福された武具が必要だとされる。(諸説あります)

 神剣、光の盾、あとなんか。(諸説あります)

 そのなんかを手に入れるため、啓太達はマスタードラゴンの元へと旅立つのであった。


 そろそろ旅立つべきではないか?(提案)




「なんか忘れてるような……」


 コネリ村の冒険者ギルドの受付で、啓太は置き去りにしてしまった過去について思いを巡らせている。


『思い出すのです勇者よ……巨人殺しを成し遂げたあの頃を』

「人違いです」


 他人の過去を背負わせようとする妖精の鱗粉を、啓太は軽く手ではらいのけた。


「おはよう、今日も早いね」

「おはようございます村長」


 村長が受付にやってきて、ギルドの朝はいつものように始まろうとしている。


「そういえば、保安官のスティーブが君をライバル視しているようだぞ」

「え、なんで」

「事件をいくつか解決しているじゃないか」

「解決というか、アレ事件っていっていいものなんでしょうか」

「まあ、それはおいておいて、君に負けられないと張り切っているよ」


 啓太はげんなりとした顔をした。


「ライバルと言われても、ここにずっといるわけでもない、です……し」


 取り残された思い出が顔を少しのぞかせる。


「そういえば、なんとかからなにかを貰いに行く途中だったような」


 追いついた記憶は、何かに配慮するかのようにモザイクがかかっていた。


「なんだったかなあ……妖精さん、覚えてる?」

『闇の魔導士から刻の棺を取り戻して世界を救う話ですね。覚えてますよ』

「質問してごめん」


 啓太は素直に非を認めて謝った。


「うーん、なんだったかなあ。竜さんに聞いて……竜? あ」


 雨上がりの空のようにモザイクは去り、脳内に無修正の海が広がる。


「マスタードラゴンだ!」

「おや、マスタードラゴンにお参りするのかね」


 啓太の言葉に、村長が柔和な笑顔で応じた。


「知ってるんですか?」

「ああ、子宝沢山、精力増進、淫紋開発のご利益があるそうで、この辺でも人気だよ」

「なんか偏ってますね」

『勇者よ……孕むまでお百度参りするのです……』

「おしべとめしべから勉強しなおして」


 性教育の重要性を示す鱗粉を受け流しながら、啓太は村長に尋ねる。


「場所はわかりますか」

「ここから歩いて二日くらいだよ。あとで地図をあげよう」

「ありがとうございます」


 頭を下げる啓太。


「あと食料とか購入したいんですけど」

「それならガンテツの店に行けばいいだろう。マイクの隣だ」

「ありがとうございます!」


 さらに頭を下げる啓太。

 旅立ちの準備を進めるため、まずは旅の食料を調達するため、ガンテツの店へと向かう。

 そこに待ち受ける試練とは一体なんであろうか。

 次回、「初歩vs稚拙」

 一週間待ってください、本当の食べ物を見せてあげます。

 と彼が言ったから、おとなしく待ってたら食べ物が腐った。



 ~~ここから次回~~



 啓太一行は、村長の導きに従いガンテツの店へやってきた。

 周囲の家とは少し違い、柱も壁も屋根も一回り大きく、一言で言い表すならば。


「なんか大げさな店だなあ」


 大き目の店先を見上げながら啓太がつぶやく。


「屋根が大きいのがいいと思う」


 大き目の屋根を見ながら竜がつぶやく。


『店外、店外しましょう』


 妖精は誤解を招く表現でテイクアウトを主張している。

 鱗粉をできるだけ相手をしないことにした啓太は、店の中へ一歩を踏み出した。


「とりあえず保存のきく食料を買おうかな。ごめんくださーい」

「よくぞ来た。入門希望者よ」


 ずしりと腹部に響く重低音の声に啓太が奥に目を向けると、視線の先に大きな塊が見えた。

 巌のように厚みのある胴体、ぱつんぱつんの道着っぽい服から出ている四肢は丸太のよう。

 それに乗っている頭部はいかつい表情をした角刈りの頭。

 割れた顎の上にある口が開き、重々しい言葉を吐き出す。


「共に料理の道を究めよう」

「すみません、間違えました」


 啓太は素早く撤退の判断をした。


「間違いは誰にでもある。大事なのはその後だ。まずは腕立て伏せ200回!」


 撤退のダイスロールはサイコロがダンベルだったのでファンブル。

 鍛錬のメニューを提示された啓太は、食品のメニューを求めて抵抗を開始する。


「いや、あの、食料品のお店なのでは?」

「む、購入希望者だったか。ならば腹筋200回とスクワット500回!」


 抵抗のダイスロールはサイコロが失踪してダンベル。

 鍛錬のメニューが追加された。


「あの、ここの通貨は腹筋とかなんですか?」

「代金は別だ。料理の道を究めるなら鍛えねばならない」

「料理の道は無しでお願いします」

「そうか、ならばその意志は尊重しよう。好きなものを選ぶといい」


 重厚な声に従い、啓太が店の棚を見る。


 兎

 猪

 熊

 鹿


 空の棚にそういう言葉を書いてある紙が貼ってあった。

 もう半分くらい諦めた表情で、啓太は店主に向き直る。


「この、兎というのは?」

「村の外にいるな」

「えーと、猪というのは?」

「それも村の外だな」

「この店には何があるんですか?」

「鍛錬のメニューだ」


 啓太は目頭を押さえて何か考えている。


「もしかして、もしかしてですけど、ここで鍛えて自力で捕まえろとかそういう?」

「それだけではない。料理道の総帥として料理にも力を入れている」

「どんな料理ですか」

「そのまま丸かじりだ」

「なるほど」


 啓太は諦めた。


「それじゃあ、今後のご発展を出来るだけ遠くからお祈り申し上げます。では」


 さわやかな笑顔で心にもないことを言いながら啓太は片手をあげて店の外に向けて歩き出した。

 振り返らずやや速足で歩く啓太の行く手に誰か立っている。


「お客さんですかー。いらっしゃいませ」


 ショートカットの結構がっちりとした女性が、大きな荷物を持って店に入って来た。

 細い目をした女性は、会釈をしながら啓太の横を通り過ぎていく。


「店長、仕入れしてきましたー」

「よくやった。それでは懸垂300回!」


 女性は男の声を無視して棚に商品を並べ始めた。あと棚に貼ってあった兎とか書いてある紙を丸めて床に捨てている。

 しばらくその姿を見ていた啓太は、何かを思い出したかのように話しかけた。


「あの、すみません」

「はい、なんでしょうー」


 女性は陳列の手を止めずに返事をしている。


「商品、あったんですか」

「品切れしててすみませんねー。よかったら買っていってください」


 啓太は少しほっとした表情で干し肉を手に取った。


「なんか筋トレしろみたいなことを言われてどうしようかと」

「あー、今の店長はですねー、裏に生えてたキノコをそのまま食べてからよくしゃべるようになってですねー」

「はあ。料理道って言ってましたけど、生なんですか」

「料理を究めれば料理は不要になるってぶつぶつ言ってましたねー」


 啓太は怪訝な表情をしながら干し飯の入った袋を手に取った。


「変わってますね」

「普段の店長はそんなこと言わないんですけどねー」

「はあ。いつもはどんな感じなんですか」

「黙ったままあたりかまわず正拳突きですねー」

「ずっとキノコでお願いします」

「じゃあこの干しキノコをおまけしましょうかー」

「いらないです」


 啓太は女性店員の前に色々商品を置いて財布を取り出す。


「これだけください」

「毎度ありがとうございますー」

「おつりは腹筋600回! はじめえ!」


 そう言って店主は正拳突きを始めた。


「キノコが切れてきましたねー」

「それじゃ俺はこれで」


 店の外に出た啓太は、ふう、と一つため息をついた。


「ヤバいところだったなあ。もう行かないようにしよう」

『勇者よ……料理道を究めて敵を倒すのです……』


 わりと影響を受けやすい妖精がふわふわと世迷言を言った。


「料理で敵を倒すってどうするの」

『材料で殴りましょう』

「剣使った方がよくない?」

『その場合は剣を調理しましょう』

「本末転倒って知ってる?」


 啓太は変なものを見る目で妖精を眺めながら歩き出す。


『あっ、待ちなさい勇者よ。料理道の修業はどうするのです』

「ここにはもう二度と来ませんー、残念でしたー」




 こうして二人は店を後にした。

 棚で寝てしまった竜に値札が付いてしまい、啓太が買い戻す羽目になったのはまた別の話。

 旅立ちに向けて準備は進んでいく。話を前に進めるために。

 次回「出発の日(雨天決行)」

 家に帰ってからが遠足です。

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