最終ターン―暴露

 "八洲政府、メレシアとの合意を白紙撤回"朝刊の見出しにはこう書かれている。貿易摩擦解消などを目指した合意はもはや破綻してしまったようだ。


 遡ること約1週間前、以前より続いていた、メレシア帝国のある情報機関の人間によるそれにまつわる大規模監視の暴露が遂に、他国にまつわる事柄にも及んだのだ。


 それだけならまだ良かったものの、新たに判明したことはメレシア帝国は我々との諜報協定を守っておらず、それどころから我々の経済に対しての工作も行っていた疑惑が浮上したのだ。


 メレシア帝国の経済にまつわる不正について本国は何らかの対応を行うとされる。正しく経済戦争とでも形容できようか。


 もはや我々は彼らを信用していない。彼らと我々は1つの大海原を共有しているが、そこでは海軍による軍事的緊張も生じている。


 我々は相手をあまりに信じられないが故、奇襲を警戒せざる得ないのだ。


 もちろんその他にも、過剰な監視活動が同じ大陸関税同盟加盟国にも及んでおり、メレシア帝国の情報機関は既に大陸関税同盟内部のあらゆる電子情報を閲覧できてもおかしくは無い。当然ながら、それに合意は無い。


 この衝撃は当然、我が国や大陸関税同盟加盟国以外にも、加盟を目指す国や大規模な監視対象とされた国にも及ぶ。安全だと思っていた個人情報も含めて、それら全てが特定の機関に閲覧される可能性があり、既に多くの情報が記録されているのだ。


 我が国の全ての公的機関は、メレシア製のシステムを排除する作業に取り掛かっている。もちろん、国内の情報通信技術産業への大規模な投資と育成も並行して。


 もちろんこの大使館においても通信関連の設備を刷新し、それにまつわるメレシア製品を排除する作業が慌ただしく進行している。


 私も本国からの排除すべき機械一覧を参照しながら執務室で必要な作業を行っている。情報の媒体を変える作業などが山積みだ。


 既に通常業務ですら圧迫している。機密性を維持したまま出来るだけ早く作業を完了させなければならない。私も作業しなければならないのだ。


 私は事務作業のようなまったく別の作業に忙殺されている中、情報局の支部長から内線電話で「この国の議会がまた判断を覆した」という情報を受け取った。



 奇跡が起こった。だが、それ以上に今は忙しいのだ。むしろ、そんなに手の平を返しつづけるなら、そのままちぎれてしまえとさえ思える。


 加盟のためには大洋共同体憲法条約に批准する必要があるのだが、別に我々が常に先頭に立つ必要は存在しない。首相や大臣か京宮帝都にあるこの国の大使館で具体的に話し合えば問題ないだろう。


 にしても、マルセナ大使も不運だな。この国の政府の志向と相性が悪い本国の示した方針をこの国の議会を味方にして補ったというのに。別の問題で全て水の泡となったな。


 彼女がまるで騙したように思う人間もいるかもしれないが、我々だって環境汚染はある程度把握してあえて強調しなかったし、大洋共同体に存在する圧倒的な競争力の八洲資本の企業による積極的な進出については何も言っていないのだから。


 どちらにだって良い点もあれば悪い点もあるだろう。現代の外交は弱肉強食では無いが、別に仲良しごっこでも無い。


 むしろ、こういう場合は賢い消費者を前提にした不完全な市場競争に少し近いかもしれない。


 時に買い手、時に売り手と変わるが、どれを買うか、何も買わないか、は常に消費者が決めることだ。


 我々はその意思決定を誘導することしか出来ないのだ。


 そういえば、彼女は我々の目的が石油であることを最初から見抜いていたのだろうか。さもなければ流石に間に合うとは思えない。他国の思考様式を読むことは容易いことでは無いのだが……やはり相手にするのはとても厄介なようだ。


 それはそうと、作業……終わりがみえないな。調達先を誤るとはこういうことか……


 ――私は窓から外の景色を見ていた。まるで今の情勢を表すかのように分厚い雲によって太陽光が遮られる。だが雨は降っていない。


 すると、正門に誰かが近づく、そして、そいつは突然走り出し、正門を警備している警官の制止を振り切って大使館の敷地内に走り込む。


 あれは確か、名前は覚えていないが――この情勢の原因となる暴露をした男だ。


 亡命か、こんな時にっ……!こんな時だから……か?


 ちょうど、窓に水滴が付着した。どうやら雨が降ってきたらしい。

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