第15話 裏とのツテ


 負傷していた暗殺者を部屋に通したモニカは、刃を抜いたままの順三になお警戒を解かないようにと指示をした。順三はこれに従い、彼女を切っ先でつつきまわすようにして武装解除させる……やはり、予備の杖を隠し持っていた。抜け目のない女だった。


 これを見て安心したらしいモニカは、早速懐より杖を出す。


 顔色の悪い暗殺者は浅く息をして、自分の頭に載せられた杖先を忌々しそうに見つめた。


 モニカは儀式めいた語りをはじめる。


「名乗りなさい」


「……アンコロール・モーディッキー」


『汝、己が魂にくびきを掛けることを誓うか』


『……誓うよ』


『汝、助命の対価に己が魔法を我と配下へ向けず、封じることを誓うか』


『誓う』


『汝、贖罪の代償にわが問いへ偽りなく即座に答えることを誓うか』


『誓う……』


宣誓イユラーレ


『……我、アンコロール・モーディッキー。命を助けてもらう対価に、己の魔法を封じることを誓う。加えて、モニカ・オルマミュータへの贖罪として、彼女の問いに嘘偽りなく即答することを、誓う』


承認アプロバティオ


 モニカのつぶやきと共に杖へ白く光が宿る。


 それを暗殺者、アンコロールの首に向けると、光は輪となって覆った。


 不快そうな顔でアンコロールは下を向いている。どうやらこれで、契約魔法は完了されたらしい。うつむいたまま彼女はぜえぜえと苦しそうに言う。


「……さあ……なんでも、聞くがいいさ。ただ、血が足りなくなって、きてるがね……」


「言われずとも、話を聞ける状態にはして差し上げます」


 それからやっと、モニカは侍従長を呼んだ。


 やってきたのはだれあろう、須川の家まで順三を迎えにきた男たちのひとりである。この屋敷での暮らしですっかり顔なじみとなったため、順三にもにこやかに会釈する。


 彼も魔法士であるらしく、やはり読み通りステッキの内から一尺三十センチほどのワンドを引き抜く。


「傷を【生体魔法】で治療して差し上げなさい」


「承知いたしました」


 モニカに命じられ、侍従長は傷に杖を向ける。


 アンコロールは一瞬、身構えた。おそらくはこの侍従長を人質にとるなどで状況を打破できないか、考えをめぐらしたのだ。


 けれどにらみを利かせる順三の存在を思い出したらしく、すっと構えを解いた。へたなことをしてはならないとあきらめたらしい。あぐらをかき、上向けた両掌を横に投げ出した。


「……頼むさ」


 まだ血の止まっていない彼女の鎖骨付近の傷は、手を離したことでどくどくと流量が上がる。そのままではもってあと数分だろう。


 即座に侍従長の男が杖を振るうと、緑の光がほとばしった。


 傷口に触れた光はその場に停滞し、傷を埋めた。


 斜め掛けに宿った光がじわじわと治しているらしく、まず床に溜まっていく血の流れが止まった。次に端から、傷口が閉じていく。


 生体魔法。


 属性魔法とも契約魔法ともまた別系統の魔法である。外界に作用する属性魔法、ひとの精神に作用する契約魔法、そして肉体に作用するのが生体魔法だという。


「俺、はじめて見ました」


「使い手はあまり多くありませんから。それに、体内の魔力の使い方が属性魔法などとは大きく異なるため攻撃能力と併修できている魔法士はほとんどおりません」


「彼もやっぱり併修はできてないんですか?」


「妾の護衛を務めてくださるのは、いまは順三様のみです」


 そう言われると、信頼の重さに応えなくてはと思って構えてしまう。いま一度気を引き締めて、暗殺者の動向にも気を配る順三だった。


 五分ほど術をかけつづけた結果、とりあえず危険な域は脱したらしい。額に汗していた侍従長は杖の光を消すと手の甲でしたたるものをぬぐい、モニカに一礼した。


「殿下。おそらく命は繋げたため、これ以上は必要ないと申し上げます」


「そうでしたか。ご苦労様です、下がってよろしいですよ」


 では、と侍従長は部屋を辞する。アンコロールは、顔に血の気が戻ってきておりだいぶ先ほどまでより楽そうだった。


「復調なされたご様子ですね」


「おかげさまで。殺されずに済んだね」


「妾としても、情報源になっていただけるのであれば生かした甲斐があります」


「へっ。たいした胆じゃぁないかねお姫様。よほど修羅場くぐってきてると見える」


「誉め言葉と受け取っておきましょう。それで、本題です。まずは、あなたの所属する組織はどちらさまですか?」


 モニカが問えば、ぎんぎんとアンコロールの首にかかった光輪が輝きを放つ。ぴくりと顔をしかめ、彼女は苦痛をあらわにした。


 契約魔法は彼女の助命を対価に掛けられている。つまり、問いに答えないことや偽りを混ぜることは命に直結する。おそらく首の輪が締まっているのだろう。


「……所属は『百夜会びゃくやかい』。日ノ本こっちの、身元の割れてない亜人デミどもがつくった組織さ」


亜人デミと呼ぶのはおやめなさい?」


「んぐ、悪い」


 光輪の収縮で息が詰まったらしく、青ざめたアンコロールは謝罪する。


 日ノ本の者が異世界の民を異人と呼ぶことに時折、蔑称の含みがあるように。向こうでは亜人というのが日ノ本人への蔑称である。


 おそらくモニカはこの場でそれに該当する順三が気分を害さないようにと命じたのだろう。


「俺はあんま気にしないですけど」


「妾が気にするのです。順三様を軽んじられたくはありませんので」


「俺はべつに、モニカさんから認められてればそれだけでいいんですけど」


「な、なんの気なしにという具合に、そのようなお言葉を口にされないでくださいませ」


「なんの気なしってわけでもないんですけど……」


 なんだか頬を染めるモニカの前で、順三は頭を掻いた。


 ──無能だ役立たずだと蔑まれてきて、家族には日々虐げられ、唯一心を許せた師も自分を守るため投獄され。


 だれからも必要とされてこなかった順三をはじめて認めてくれたのは、モニカなのだ。刀を、剣術を必要としてくれたのは彼女なのだ。


 師を除けば初めてだった、まともな扱い。


 だから順三が抱いているモニカへの想いは、深い感謝と尽きない忠義だ。


「モニカさんのためなら、俺は命を賭すにも躊躇しませんよ」


「……そういうの人前ではやめていただけませんか……照れます、ので」


「あっ。はい。ごめんなさい」


「……のろけは終わったかい?」


「『いまから百秒後に妾が口にする足し算の答えは?』」


「~~……! ……~~……~!」


 ひどい。百秒後まで答えようのない質問をすることで『回答できない』状況を作り出し、アンコロールの光輪が締め上げるように契約を機能させている。


 問いに答えろ、という命令の穴をついた拷問技だった。


「はい、百。いちたすいちは」


「にぃっ!!!! ぜは、ふはっつ、はーっはーっ」


「懲りてくださいましたか?」


「こ、こりごりさ……」


 もうしませんと全力で表情にあらわしているアンコロールを見て、モニカはふふりとほほ笑んだ。少し、順三は怯えを感じた。


「ではつづけましょう。……その組織は、妾にこれまでも暗殺者を送り込んでいらっしゃったのかしら?」


「おそらく……私に話が来る前にも、ひとり敗れたって話だぁね。風使いのオギソとか言ったか。かつてカイエキとやらで立場を失った、身分のない浪人だとさ」


「……改易か」


 順三はぼやく。それは所領や俸禄を没収する、重い処罰のことだ。


 卓抜した魔法の腕からしてなにか腕のある者だとは判じていたが、どうやら没落前は立場のある者だったらしい。


「よほどのことをしでかさなければ、受けることのなき処罰とうかがったことがあります」


 モニカが腕組みして言う。


「そうですね。蟄居ちっきょなり、ほかの処罰もありますが……」


 同じく武家の身分であるがゆえに、それ以上口にすることははばかられた。


 たとえば帯刀・抜刀でも、処罰は禁固や切腹などその個人の枠に留められ、家に累が及ぶことは滅多にない。


 つまり個人間のいさかいなどに留まらない大ごとをしでかしたという状態であり、鳥羽伏見でお上に楯突いたなどの所業があるものと思われた。


 そこについて、順三は語る言葉を持たない。


 ひとによってはこの行動を大逆だと謗るのだろうが、武家であったのならおそらくは自分の信ずるところの元に動いたのだろう。行動がどうあれ、その動機や契機に思いをはせると順三はなにも言えない。彼の抜刀だって同じようなものだからだ。


 口ごもった順三をどう思ったのか定かでないが、モニカはふいっと顔を逸らしてまたアンコロールに話をつづけた。


「それでは、一番重要なところをおうかがいいたしましょう」


 じっと、深く、アンコロールの瞳の奥をのぞきこんで。


「妾と順三様の命を狙わせたのは、どこのどなた?」


 核心である質問を投げかける。


 アンコロールはやや躊躇したが、締まる首輪を逃れるためにとうとう、答える。


「それは────……」




        #




「百夜会からはすでに送り込んでる?」


 父・格之進のところから出てきて、港の薄暗い裏通り。嗅ぎなれたすえた空気が太一郎を囲む。


 外法の魔法具から舶来品のご法度な品々まで、あらゆるものを売買するそこでは人の命にも値がついている。要は、暗殺や誘拐や拷問といった裏稼業を生業とする者たちがいるのだ。太一郎は馴染みのこの場で、順三とモニカへ刺客を差し向けようと考えていた。


 ところがこのあたりを仕切る百夜会の破落戸ごろつきは、訪れた太一郎にそう言った。すでに送り込んでいる、と。


「それも二度にわたってだ」


「どいつが送り込まれたってェんだ」


「小木曾だよ」


 太一郎は顔をしかめる。それはここでは名の通った風魔法の使い手だ。防御の固められた屋敷に単身で乗り込んで対象を血祭にあげたり、はたまた野盗に堕ちた士族の群れを壊滅させたり、所業の派手さは随一だったと言える。


「それで、奴が失敗したってかァ?」


「ああ死んだよ」


「死ん、……アレが殺されるものかよ」


「小木曾は幕府に楯突くまでは魔法の名家に数えられてたからねえ。いい腕してたんだが、お陀仏だ」


 破落戸は立てた中指で、首を掻き切るしぐさをしてみせた。


「そんで二度目は?」


「向かわせたところだったが、帰ってこなかったあたりダメだったらしいな」


「誰が向かった」


頭領ボスの右腕だ」


 外ツ國の言葉を交えながら言われて、太一郎も思い出す。その女は何度か見かけたことがある。異世界てるなのくの出であるらしい水魔法の使い手で、本場の技は相当な腕だったはず。


「やーれやれだ……おたくらも面目丸つぶれじゃねぇの」


「ふざけた事態だよまったく」


「で、だれが奴らの暗殺頼んだんだよ」


「政争ってのは身内が敵と相場が決まってる」


 破落戸は肩をすくめてぼんやりと言った。



「依頼人は、ミナリオ・オルマミュータ……あのお姫様の、実父だ」


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