彼と彼女の帰り道

やざき わかば

彼と彼女の帰り道

 その日、小学五年生である賢治は宿題をやってくるのを忘れ、放課後残されて補習授業を受けていた。薄情なもので、友達はみんな帰ってしまっていた。まぁ、終わるまで待っててくれとはさすがに言えないが。


 やっと先生から「帰ってよし」のお許しが出たのが夕方6時前。いつもより数時間遅い。早く帰らないと真っ暗になってしまう。賢治は急いで帰るが、途中、見たことのない道に迷い込む。


「おかしいなぁ。こんな道、あったかな」


 ぶつぶつ言いながら歩いていると、豪邸が眼の前に現れた。まるでお城だ。驚いてしばらく見つめていると、そこから同い年くらいの、女の子が歩いてきた。


「あら? 貴方はだぁれ?」


 可愛い。服装が華やかなのもあるが、大きくて輝いている瞳、嫌味ではないほどに高い鼻、ぷっくりとしてほのかに桃色の唇。そして何より、そのおっとりとした態度、言動。全てが賢治に襲いかかる。一目惚れだった。


「いや、あの、ちょっと道に迷っちゃって…」

「あら。ふふ、それなら道を教えてあげましょうか? 多分、ふもとの道まですぐだから」


 賢治は一生分の勇気を出して、言った。ここで帰っては二度と会えない気がして。


「それもありがたいけど…も、もう少しだけ、話相手になってくれませんか!」

「もちろん、喜んで」


 それから二人はいろいろな話をした。彼女も楽しんでくれたようだし、賢治も時間を忘れて話していた。学校のこと、家のこと、ゲーム、遊び、駄菓子、取るに足らないこと。


「あ、もう帰らないと怒られる…」

「じゃあ、今日はお開きにしましょう。楽しかった。ありがとう」


 楽しかったと言われて有頂天の賢治。


「あ、そうだ。ごめん、名前を言ってなかった。俺は賢治。君は?」

「私は沙夜。ふふ、今頃名前を教え合うのって、なんか変だね」

「また、会えるかな?」


 沙夜の「もちろんだよ。待ってるね」の一言で舞い上がる賢治。名残惜しいが、急いで帰る。家に着いたら、6時過ぎだった。おかしい。時間が経っていない。が、別に不都合はないので、深くは考えなかった。


 それから、賢治は毎日のように沙夜に会い、話をした。沙夜の家に招かれ、お茶をご馳走になったり、ご両親にご挨拶もした。優しそうなお父さん、お母さんだった。


「また、明日」

 いつもと同じ挨拶をして、賢治は帰った。


 次の日、賢治が帰ろうとすると、友達連中が「おい賢治、肝試しに行こうぜ」と誘ってきた。賢治は沙夜に一刻でも早く会いたいので断ったのだが、「なんだお前。怖いのかよ」と言われ、参加してしまった。男はこういう挑発に弱い。


 肝試しの場所は決まっているらしく、賢治は大人しく着いていった。なんだか見たことがある風景だ。訝しんでいると、「おい、着いたぞ」と言われた。見ると、沙夜の豪邸だ。だが、明らかに廃墟だ。もう何十年も放っておかれているようだった。


「え。なんで…?」


 呆然としながら、友達連中についていく。廃墟の中も、古く蜘蛛の巣がかかって所々ボロボロだが、招待されたあの家だ。賢治は混乱していた。


 二階に行き、一部屋一部屋見て回るが、沙夜の部屋の差し掛かったとき、友達を抑えて言った。


「な、なあ。もう帰ろうぜ。こんなところ何もないよ」


 そんな言い分が通るはずもなく、沙夜の部屋のドアは開けられた。すると、中に顔が半分崩れた沙夜がいた。服もボロボロで、血まみれで、身体が半分透けていた。友達連中は賢治を置いて、薄情にも逃げていった。


 賢治は血まみれの沙夜に向かい合った。怖くはなかった。ただ、どういうことなのか聞きたかっただけだ。


「ごめんなさい、賢治くん…。私も、お父さんもお母さんも、本当はもうみんな死んでいるの。強盗に入られて、殺されちゃった。でもあの時、賢治くんとお話出来て、また楽しく生活できるかな、と思ったんだけど…」


 沙夜は泣きながら賢治に全てを話す。


「泣くなよ。俺、沙夜が好きだよ。ずっと一緒にいたいよ」

「私だって賢治くんのこと、好きだよ。でも、私こんなに醜いんだよ?」

「俺、お前を醜いなんて思わないよ。だって俺たち、ずっとお話してきたじゃんか」


 すると、沙夜を始め、廃墟の中も優しい光に包まれ出した。


「ありがとう、賢治くん。私、一度天国に行くね。でも、すぐに帰ってくる。それまで待っててくれる?」

「ああ、もちろん。ずっと待ってるよ。でも、早く帰ってこいよ」

「ありがとう。賢治くん、大好き…」


 光が強くなり、ふっと消えた。元の廃墟である。賢治はずっと泣いていた。


 それから賢治は、沙夜が帰ってきたときに恥ずかしくない男になろうと、今まで興味もなかった勉学、スポーツに真面目にとりかかるようになった。中学、高校、大学と、偏差値の高いところに合格し、卒業。


 そして大企業に就職し、がむしゃらに頑張った。異例のスピードで昇進をしている。だが、賢治の心は、ピースが一つ外れたパズルのように、満足が出来ていなかった。


 沙夜に「待ってて」と言われて、もう何年も経つ。もしかしたら、あれは夢だったんじゃないか。騙されたんじゃないか。と、マイナスの方向に考えてしまう。賢治は経歴もあるが、顔も良かったらしく、多少モテてはいたし、お見合いの話もあったが、全て断っていた。


「沙夜。いつ俺の前に帰ってきてくれるのさ…」


 その日も、同じようにうつむきながら家路についていた。すると、後ろから話しかけられた。振り返ると、小学生の女の子が、こちらを見て微笑んでいる。


「どうしたんだい、もうそろそろ暗くなるから、早く帰らないとダメだよ」

「ひどい! 忘れたの? 賢治くん!」


 賢治は目を見開いた。


 女の子が泣きながら、抱きついてきた。

「賢治くん。ただいま!」

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