第2話 非常識な目標
過去に戻って人生をやり直す――それが、現実を絶対に受け入れない
と決めた、私の究極の目標となった。
調べに調べた情報の中には「死者を蘇らせる方法」なんて黒魔術感満載
の情報もあったが、それは今の私にとっては魅力のないものだった。
仮に愛理を蘇らせることが出来たとしても、彼女はいずれ同じ結末を辿る
だろう。親友の佳奈美が殺された現実が受け止められなくて、愛理は死を
選んだのだから。その過去が存在する限り、愛理の罪悪感は心の
として残り続ける。
それならば過去を変えるしかない。
そんなことが出来る訳がない――少し前の私なら確実にそう一蹴しただろう。
しかしこんな荒唐無稽な話でもネットの世界では幾つも体験談があって、
私はそれに縋り、のめりこんだ。
とはいえ「過去に戻って人生をやり直す」なんて、当然一般社会では実現不可能
なものと一笑に付される類の話なので、大々的に他人に情報を呼びかけることは
出来ない。
だから私に出来ることといっても、ネットの情報を片っ端から集め、それを実践
するとか、同じ目的をもつ人たちと情報交換をするくらいしかない。
それでも
日中はあくまで仕事に集中し、夜は「過去に戻る方法」の情報収集と実践に全力
を注ぐ。
この間にも、兄は心身の不調で入院を繰り返し、両親も心労で倒れ、婚約寸前まで進んでいた相手からは「面倒な家庭環境だから」と約束が
この非常識な目標のお陰だと断言できる。実際、家族が次々と心身を壊していくなかで、私だけが体調を崩すことも心が折れることもなかった。
それだけではない。
この非常識な目標は、失意の私に多くのものをもたらしてくれた。
自分がその立場になって初めて知ったのだが、「過去に戻って人生をやり直す」
ことを希望する人間は想像以上に多くて、ネットの世界では活発に議論が行われて
いた。
彼らの中で「過去に戻って人生をやり直す」現象のことは「タイムリープ」と
呼ばれ、ネットの世界ではその成功者まで存在し、その方法を教えてくれること
まであった。
もちろん全部を鵜呑みにできるほど私はピュアではないのだが、それでも今まで
の人生では知る機会のなかった世界が、確かにそこにはあった。
そして真剣に「過去に戻りたい」と願う彼らは、私に負けず劣らず人生をやり直すことに賭けるしかないと思い詰めるだけの正当な理由があり、そんな彼らと交流するなかで心の
それぞれに抱える事情は異なれど、「過去に戻ること」にかける情熱は変わらない。ネット掲示板や個人ブログは時としてピアカウンセリングの役割も果たして
くれたのだ。
ネットという仮想空間であっても、仲間がいることは心強い。
だから時折ふらりと現れる斜め上の説教をしてくる人たちの存在も、不快では
あれど、受け流すことが出来た。
私は今の生活を前向きにするための努力は最大限している。
そのうえで根本的な解決を望むことの何が悪いのか。
こうして私は若干やさぐれながらも、来る日も来る日も「過去に戻る方法」を
探求し続けた。
非常識な目標なだけあって、ネットで得られた情報も変わったものばかりだ。
黒魔術的なものから、おまじないめいたもの、特別な眠り方――掲示板では多少
なりとも効果があったと主張する者もいたが、私の生活では何も変化が起こること
はなく、日が経つにつれて段々と焦り始めた。
そのうち偶然にもタイムリープの能力を授かったキャラクターを主人公にする
フィクション作品にすら嫉妬を覚えるようになり、やはり「タイムリープ」なんて
自ら命を絶つことをなくしたいと思った人間が考え出したファンタジーなのかと
半ば諦めるようになってきた。
家の事情もあるので、どんなにタイムリープにのめり込んでも、私はネットで
知り合った相手に大金を支払ったり、個人情報を教えたりすることはなかった。
だから無駄といえば、時間くらいなもの。
今現実に重点を置けば、傷は浅い……その頃にはどこか冷えてきた頭でそんな
考えも浮かんでくるようになってきた。
そんな絶望的な日々が続いていたある日、いつものように掲示板を閲覧している
と「過去に戻る方法を教える」と自称する者が現れた。
正直「またか……」と思った。
ネットの世界には「過去に戻れた人」や「過去に戻る方法を知っている人」というのは時折現れる。珍しいことではないのだ。
あまり期待しないで、他の投稿者とのやり取りを見守る。
そして質問は、とうとう「過去に戻る方法」についてに及んだ。
『過去に戻りたい理由だけ、メールでお聞かせください。追って、待ち合わせの
場所をお伝えします』
書き込みだけ見るとだと怪しいが、「お金、個人情報、写真」いずれも不要と追記されており、気が変わったらいつでもキャンセル可能と書いてある。
――これなら、それほどリスクはないのではないか?
自己顕示欲の強い人間の
これで駄目だったら、もう諦めるか。
念のため捨てアドを用意すると、早速私は文末にあるメールアドレス宛に、今抱えている想いを込めて「過去に戻りたい理由」を記載したメールを送った。
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