田園風景にて

雲矢 潮

プロローグ 南米某国

 2000年代、南米某国。


 諸外国の援助の下で樹立された新政府は、過去の軍事政権時代を忘れようとするかのごとく、自国の経済力向上に取り掛かった。国の経済が成長し続ければ、国民の生活も豊かになり、かつ我が国の国際的な地位も向上する。そんな、新興国にはありふれた考えだった。幸い、暗黒の30年の間に発見されなかった油田が数多くあり、この国の発展を後押ししてくれた。

 油田を発見し、採掘した救国の英雄たちは国内の民間企業だった。海外への輸出で得られた外貨が大量に国庫に納められ、先進諸国の要求もあって、国民への福祉も充実していった。

 退職後に支払われる年金、合衆国でも導入されていなかった国民皆健康保険、労働組合の奨励や、労働災害保険といった顔ぶれで、かつての軍事政権時代を生きた人々をして「昔とは時代が違う」と歓喜されるものだった。


 治安もはるかに向上していった。

 都市住民を実質支配していた数多くの武装組織は、新政府軍によって崩壊させられた。街中で銃声が鳴り響くことも、血痕を見かけることもなくなった。

 新政府樹立初期、重工業化していく都市の近郊に広がっていたスラムも、もう無くなっていた。ほとんどの国民は合法で安全な住宅にローンを払って住むようになった。

 自家用車は広く普及し、街の風景が霞むほどの排気ガスが発生した。各地で歩道も整備されるようになった。首都をはじめ、いくつかの大都市には高層ビルがそびえ立った。


 数十年のうちに、かの国はヨーロッパ諸国と並ぶ「先進国」入りをした。

 先進国の間で行われる首脳会議にも、参加が認められるようになった。数年前には、国連安全保障理事会の非常任理事国にもなった。

 世界各地で、「ラテンアメリカの奇跡」と称賛された。
















 2020年代に入ってから、様子が変わってきた。

 街中では、家を持たない労働者が貧相な服を着て、段ボールにうずくまっていた。調査によって、半地下のような非合法の住居に住む世帯も増加傾向にあるとわかってきた。中流階級の国民たちは、「自己責任」だと言って遠巻きに眺めていた。

 対して、都市郊外の再開発地区に林立する超高層ビルに住むような富裕層も現れはじめた。彼らの多くは、祖父や曽祖父が油田を見つけたという、いわゆる世襲石油王だった。

 学校のクラス数は減少を始めた。労働人口が減る一方で、高齢者の人口が増加を始め、退職年齢を上げざるを得ない企業が続出した。


 少子高齢化。現代の先進国の誰もが直面する、国家存続の危機であった。

 国民が豊かになれば、子供を育てる余裕もでき、必然的に我が国の人口は増加する。労働人口の増加によって、さらに経済成長が進む、正のフィードバックがかかるのだ、という予測が崩れていった。

 若者の年金負担はさらに増え続け、逆に退職後は十分な年金を得られない。そういった不安が蔓延した。


 高い支持率を保つ長期政権は、「国民の民意に従う」として議会を解散し、総選挙を行った。結果は与党の大勝利。一度「奇跡」を起こし得た新政府は、国民の期待の中、治安向上と少子化対策に着手すると宣言した。さらに、経済の停滞からの脱出までも約束した。

 その後、議会では新法案が次々と可決されていった。育児支援のための有給休暇制度や、保育所整備が進められた。違法住宅への取り締まりが強化され、旧市街の再開発が行われた。住所なき人々はいなくなり、都市の景観も向上したと高く評価された。都市への人口流入で人手が減った農業では、大規模な農地整理と自動化が行われ、生産力も向上した。主食となる穀物の改良品種が登場し、未開拓の森林も農地となって、食料自給に寄与した。

 こうした事業が国内で全て完結し、雇用が増大して失業者も減り、経済も少しずつ上向きになっていった。安定した国際情勢のもと、軍事費を削減し、周辺諸国との経済連合を結成する構想も持ち上がってきた。この構想はヨーロッパ連合に続くものだとして、国民の支持を集めた。




 そんな中、ある集団が政府に対する抗議活動を行った。

 ヨーロッパ諸国の南米植民以前からの先住民で、山間部に居住する少数部族が、森林開拓への批判の声をあげたのだった。彼らにとって、森は神聖なものであり、かつ彼らの生活の場であった。

 もちろん、政府を支持する大多数の国民は、彼らに反論した。


 宣言後の改革によって、国民の生活水準は向上し、経済成長も続いているし、周辺諸国との平和を非軍事的に守っている。極右化する一部の先進国や自国第一主義をとった合衆国と違って、この国は開かれていて自由であり、全ての文化を尊重している。

 現に、あなた方の生活もよくなったし、隣国と違って差別も起こっていない。それに対して批判をするのは筋違いだ、と。

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田園風景にて 雲矢 潮 @KoukaKUMOYA

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