四十二夜目 呪縛
前夫の話になる。
自家用車の窓が消失した日から数日後にこんな連絡をもらった。
「朝起きたらさあ。寝跡がついていたんだよね」
「なに?」
「『死』って」
「は?」
「寝跡がさ。『死』の文字なの。くっきり浮かんでたんだよ」
「勘違いじゃないの?」
「画像送るわ」
というわけで、LINEに画像が送られてきた。
寝跡というからシーツのしわでできた細かい線を予想していたのだが、実際に貰った画像の寝跡はなんだかぷっくり膨れて、うにゃうにゃっとなっていた。
寝跡と呼んでいいのかどうかすら怪しいものだった。
「えっと……どっち向きだ、これ?」
もらった画像とにらめっこする。
手首より5センチくらい上のあたりの画像である。向きとしては手首側が下になるようだった。
「ずいぶん普通に戻っちゃってるけどさ。起きて見たときはすごかったんだわ。くっきり『死』って浮かんでたんだよ。俺、死ぬのかな?」
なぜ、私にそれを問うのか。
スピリチュアルに興味はあれど、私に霊感などの能力はまったくない。むしろあまりにも感知能力が低く、霊障などにも気づいていない恐れがある。
だからわかるわけがない。
「知らん」
彼は完全に訊く相手を間違えている。
「なんか怖いわあ」
けれど聞く耳をまったく持っていない。
一方的に話は続く。
「なんか気持ち悪いから、あなたも本当に気をつけて。あなたが裁判所に呼ばれる夢も見たからさ」
なんだって、そんな話になるのだろうか。
言われていることがさっぱりわからない。
彼はなおも続けた。
「私服だったから家庭裁判所とかだと思うけど。人を轢いちゃって呼ばれたとかかもしれないし」
交通事故、特に人身事故に気をつけろと遠回しに言っているのだろうか。
「すごいふてぶてしい顔してたから、反省してないというか、仕方ないわって感じだったよ。まあ、自分がやったことだからみたいな反応していて、俺を見るわけだよ。俺はそんなあなたを見守りながら『もう助けてやれないぞ』って言ってたから。本当に気をつけてね」
口を挟む間も与えられず、畳み掛けられて会話は終了した。
通話の切れたスマホを見つめながら、私の気分は奈落の底に落ちこんでいた。
死神からのメッセージ――などとは思いたくないが、気をつけるに越したことはない。
とはいえ毎回のことながら、なぜ彼は悪いことしか言わないのだろう。
その理由もわかってはいる。
良いメッセージは基本伝えない。
悪いメッセージだからこそ未来を変えるために伝えているのだだと理解はしていた。
だけど、やはり嫌な未来(らしきもの)を聞かされると、それだけで委縮してしまうものなのだ。
自分で選ぶことであるけれど、ジャッジメントタイムがやってきたときに間違えてしまうのではないか。そんなふうに幾度も思い悩んできた。
気にしなければいいのに――
そう思えるようになったのは呪縛から解き放たれたからである。
言葉による呪縛。
言葉の呪い。
これこそが私が長年苦しんできたものの正体ではないか――今はそう思えてならない。
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