四十一夜目 ウィンウィン!
愛車のガラス消失から一週間を超えようとしていたころのこと。
修理に時間はかかると言っていたけれど、よもやこれほど時間を要するとは思っていなかった。
代車があるからさほどの不便さは感じていないものの、やはり普段の運転のくせが出る。そのたびに「ああ、なかったんだ」と気づかされる。
バックで駐車する場合、どうしてもナビゲーションの画面を探してしまうのだ。
愛車のときはバックモニターで確認しながら駐車をしていた。
けれど代車にバックモニターはついていない。バックモニターどころか、ナビ画面さえついていない。
CDとラジオが聞けるオーディオは設置されている。
普段なら音楽を聞いたり、テレビを流したりしながら運転する。
しかしお気に入りのCDは車ごと修理に出してしまっていたし、モニターもないからテレビも流せない。
私は元来ラジオは苦手なので無音で代車を運転していたのだが、どういうわけなのか、ときどき代車のオーディオ機器が突然作動するのであった。
ラジオの電源を切った状態でエンジンを切ったはずなのに、翌朝エンジンを入れると突然ラジオが流れ始める。
エンジンをかけると自動でオーディオが作動するのか――と思ったが、どうもそうではない。
エンジンをかけてもラジオは流れないのだ。
代車を借りている一週間の内、突然ラジオが流れたのは二回だけ。
――なんなんだ?
とは思いつつ、気にせずに運転する。
ラジオの電源が突然入ることを経験した別の日に、今度は突然、CD機能が作動する。
ウィンウィンウィン!
と機械がうなり声をあげる。
中にCDが入っているのだろうか?
そう思ってエジェクトボタンを押す。
しかしCDは出てこない。
そもそも入っていない……らしい。
ウィンウィンウィン!
別の日にも突然作動して、うなるオーディオ機器。
ほっておくと、しばらくウィンウィン言っていた機械のディスプレイに『error』の表示が出る。
そのせいで時間がわからなくなる。
――だからなんなの?
エラー表示は結局、エンジンを切るまで消えることはなかった。
もちろん、それっきりウィンウィンと機械がうなり声をあげることもなかったのだが――
このとき、私はふと半年以上前の前夫との会話を思い出した。
『なあ、誰か乗せてる?』
娘の塾の迎えにやってきたときのこと。塾の駐車場に停めて前夫と電話をしていたときに、唐突に言われた。
「なんで?」
『いや、今ドアが閉まる音がしたからさ』
娘はまだ塾にいる。
私以外にはいないし、まして扉など開いていない。
「誰も乗ってないし。外からじゃないの?」
『隣に車停まってるのか?』
「んにゃ、停まってない」
私の車の両隣も、前も後ろも車はいない。
駐車場に面した道路を行きかう車はあれど、走行中の車が扉を開け閉めするようなことはない。信号待ちの車なら起こりうるが、そんな事実も無論ない。
『車に誰か乗ってるぞ』
バックミラー越しに後部座席を確認する。
誰もいない。
いるわけがない。
『どこで乗せたんだよ?』
それはこっちが聞きたい。
どこで乗ったんだよ?
そもそも、誰が乗っているというのか。
『話し声まで聞こえる……』
相槌を打っている女。
ときどき笑い声が混じるらしい。
『車に積んだままにしておくなよ』
と、半年前はこんな会話で締めくくられたのだが……
不意に思い出して、私はバックミラー越しに後部座席を見た。
自車のとき同様、後部座席に乗っている人はいない。
――もしかして、乗せかえちゃったんだろうか?
修理に出した車から、見えない誰かも荷物と一緒に乗せかえてしまったのだろうか。
それともご丁寧に乗り換えてくれたのだろうか。
――守ってくれてる……のかな?
私が怪我をしないように?
とはいえ見えない、聞こえない、感じないと三拍子そろった霊感ゼロ人間にはまったく意味がない。
たとえその人が私の守護者の可能性があろうとも、だ。
私はエアコンをオフにした。
冷たい空気が流れなくなった車内はすぐにじめじめし始めた。
それでもエアコンをつけることなく、車を走らせた。
灰色の空から雨粒がいくつも落ちてきていた。
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