二十六夜目 ものもらい
四年ほど前まで私は介護の仕事をしていた。
きっかけは小さい子供を持ったままでも働ける場所が介護業界しかなかったためだ。
祖母の残してくれたお金でヘルパー二級の資格をとり、訪問ヘルパーとして介護士の仕事をし始めたのが十二年ほどまでになる。
初めての介護の仕事は、それまでの飲食業経験や事務経験などがまったく役に立たないうえに、家事の延長くらいでできるだろうと高をくくっていた私の甘い考えを簡単に打ち砕くほどに過酷な仕事だった。
訪問ヘルパーは高齢者の家を訪ねて、家事の援助や介護支援を行わねばならない。
施設に来て、施設のルールに従ってもらった上での介護とは訳がちがう。
人の家である。
また古臭かったり、掃除が行き届いていなかったりといった汚い家へ出向く。ものが多く、雑多で不衛生な家のほうが圧倒的に多く、綺麗な家というほうが少なかった。
その中で作業を行う。
そんな仕事を初めて、最初の一週間くらいだろうか。
瞼にできものができた。
正確に言えば、まつ毛の上にプツンッと小さな吹き出物ができるのである。
これが痛かったり、邪魔だったりするので目をこする。
すると、そのできものが大きくなる。
医者に診てもらうと『霰粒腫』だと診断された。
瞼のふちにある脂を出す穴が詰まってしまい、肉芽腫と呼ばれるできものができる病気である。
麦粒腫、いわゆるものもらいと似てはいるけれど別の病気で、自然に治したり、目薬を差して対応したりするが、あまりにも大きくなった場合は切開手術を行わねばならない。
それほど大したものではないはずだった。
ところが、これがポコポコできるようになる。
右にできて治ったかと思えば、左に。
左にできれば、また右に……と言った具合にシーソーゲームになる。
さらに小さいうちに治らないものまで出てきて、切開しなければならなくなる。
一体、いつまで繰り返すのか――ほとほと悩んでいたときだ。
前夫がこんなことを言いだした。
「それは普通には治らない。キミの祖父母が医者に行って目を検査させるためにやっていることだから」
こうである。
前夫だが、強い霊感がある人らしい。断定しないのは、私自身、前夫に懐疑的であるからだ。とはいえ、当時は霊感がすごい強いスピリチュアルの人だと思っていたのもあり、この言葉を素直に信じ、もう少し大きな病院で診てもらうことにした。
結果、できものができる原因はさっぱりわかないものの、緑内障になりやすい目の構造を持った極めて珍しい人であるという事実が発覚した。
眼圧が上がりやすく、失明しやすいというのである。
事実、夜になると昼間に比べて眼圧は上がる。
緑内障を発症させないためにも、眼圧のコントロールが必要である――ということで、治療を開始。
その目薬がきいたのか、環境に慣れたのか。
できものはみるみるうちに回復し、その後、できることは一切なくなった。
本当に亡くなった祖父母の導きなるものだったのか――病気の完治に至ったが、今もその疑問だけは解決できないままとなっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます