おばあちゃんの武蔵野怪談話⑤

桃もちみいか(天音葵葉)

おばあちゃんの怪談話

 ――おばあちゃんは縁側にすわっていて、しきりに家の外の様子を気にしています。孫娘も縁側にやって来て。おばあちゃんの横に並んで座りました――


 夏休みを利用して田舎に帰省した孫娘は、おばあちゃんに会えるのをとても楽しみにしていました。

 孫娘は幼い頃から、優しいおばあちゃんが大好きです。

 おばあちゃんは孫娘にいつも面白い話やちょっぴり怖い話、少し不思議な話をしてくれます。


 急にあたりが暗くなりだして、鳴り出した雷の音が遠くに響きます。

 雨がポツポツ、すぐさまザーッザーッと大滝のような豪雨になりました。


「最後の怪談、妖怪の話だよ。……こんな雷の日はカミナリ様や雷獣が大暴れしているんだよ。悪さをしている者を見つけると、懲らしめにやってくるんだろうかねえ。それとも人間世界を物味遊山か。人間を驚かして、びっくりした人間たちを笑っているかもしれんよ」


 おばあちゃんがそういうと、何度も真っ黒な雨雲が雷でぴかぴかと点滅し、やがて稲光りが暗く染まった空を颯爽と怖ろしく疾走はしっていきます。


「カミナリ様や雷獣の恐ろしさには、この世を彷徨う亡者共も震え上がるだろうね。ああ、おへそは隠すんだよ」

「私、でべそでもないし、もうそんなことじゃ怖がらないよ」

「いいや、雷は恐ろしいよ。狙われて直撃すれば一瞬で命があの世行き。雷が鳴ったらちゃんと家に帰ったり建物に入ってやり過ごすのが良いのさね」

「そ、そうだね。おばあちゃん」


 勢いを増した雷は落ちる時に鋭くピシャッと鳴いたあと、ゴロゴロと大きな和太鼓みたいに轟きました。


「きゃあっ!」


 あたりはお昼だというのに、闇に包まれました。

 蝉しぐれ はすっかりんでいます。


 薄暗いというより、まっ暗闇です。

 電気のスイッチをかちゃかちゃやっても電球の灯りが点きません。

 どうやら、さっきのひときわ大きい落雷で、村のこのあたりは停電してしまったようです。


「ああ、明かりが欲しいわ……」


 孫娘は瓶に入れたアロマキャンドルのろうそくに火を点けました。

 十分気をつけて、こわごわその灯りを頼りに、孫娘はさっきふと見えなくなったおばあちゃんの姿を家の中を探します。


 あっ、おばあちゃんは、さっきまで縁側にいたのに……。


 急激に雷雲が去っていき、村の青い空が戻ってきました。

 雨露に濡れたひまわりが太陽に照らされて鮮やかです。


「……おばあちゃん?」

「ここにいるよ」

「良かった」


 姿が見えなくなったと思ったおばあちゃんは、ちゃんと縁側にいました。


「さあさあ、晴れた空を見てごらん?

 さっきからねえ、そこに妖怪だいだらぼっちと妖怪入道が来ているよ。

 あの妖怪たちは山よりも大きな体と心をしとるんだ。

 あらあら、ばあちゃんに向かってあんなに一生懸命山の向こうから手を振ってるよねぇ。

 あんた、見えるかい?

 そうか、そうか。見えてんだな。

 ゆるキャラみたいに愛くるしいよねぇ。

 秩父連峰の山脈も日本のあちこちの山々だって、だいだらぼっちが作ったかもしれないよ。武甲山も宝登山もさ。

 無口だが妖怪だいだらぼっちは悪い奴じゃないよ。

 ばあちゃんの茶飲み友達だからねぇ。だいだらぼっちはここいらを見守っているんだよ。

 さて。

 そろそろ、ばあちゃんはに行こうとするかね。

 お別れの時間が来ちまった。

 ばあちゃんはあんた達を見守っているからね。

 ご先祖様とだいだらぼっちとも一緒にずっと見守っているよ」


 おばあちゃんはよいしょっと立ち上がりました。


 ――泣きそうになる孫娘の頬を、薄っすら透きとおりだした姿のおばあちゃんが撫でています――


「そんな顔しないどくれ。

 なぁに、また来年のお盆にも来るからね。

 また会いにこの村にこの家に帰っておいで。

 それまではいい子にしてるんだよ。

 時々、ばあちゃんは、そうだねぇ、妖怪頬撫でにでもなってお前に会いに来てやるから。

 また、あんたに楽しい妖怪の話や不思議なちょっぴり怖い話を聞かせてやろうね〜。

 たくさん話を用意しとくよ」

「……おばあちゃん、まだ行かないで。私、寂しいよ」

「そうも行かないんだよ。お盆の間だけって閻魔さんとの最初の約束であの世から帰って来てるからねえ」

「そ、そうなんだ。……またね、おばあちゃん。私、町に戻っても頑張るよ」

「偉いねえ。でもね、体にじゅうぶんに気をつけなさいね。おばあちゃん、天国からずっと見守ってるからねえ」

「うん。ばいばい、おばあちゃん。……またね」

「はいはい。またね……」


 ――おばあちゃんは孫娘に手を振ると、見送りの妖怪だいだらぼっちと妖怪入道の待つ方の空に消えていきました。


 村里にツクツクボウシが鳴いています。

 お盆は過ぎゆく。

 部屋にはお線香の香りと茹で上がったとうもろこしの匂いがしていました。


 空はまだ濃い青の夏、と入道雲。

 向日葵ひまわりの咲く庭からは山々がにこにこ笑っているみたいです。

 けれども山にはもう、すいーっと横切る蜻蛉とんぼが待ちゆく秋をほんのり連れてきていました。


 お空の上からおばあちゃんは、孫娘に向かってにっこりとお日様みたいな顔をしていつまでも笑っていました――



         おしまい




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