第11話 この地で生きていく魔女として

「聖良さん、前にもらった薬、本当に良く効いたよ。家内も喜んでた。また体調崩したみたいなので、新しくもらえるかい?」

「はい。わかりました。こちらですね」

「ああ、聖良さん、よかった、開いてた。せがれが野球で怪我しちまってさ。足を挫いたんだけど、いい薬あるかい?」


 そういって入ってきたのは同じ集落の母子だ。


「診せてください。ああ……うん、すこし捻ってますがそれほどではないですね。では、こちらの湿布を。朝とお風呂入った後に。そうすれば、三日ほどで痛みは引きますよ」


 そういって、棚から湿布を出すと油紙に包む。

 それとは別に、子供の足に一枚貼りつけた。そのひんやりとした感覚に、少年が少し気持ちよさそうにする。


「はい。お大事になさってください」

「ありがとうございます、聖良さん」

「ありがとよ……でも聖良さん、もう起きて大丈夫なのかい? 酷い怪我だったって聞いたけど……」

「まあ……そうですが、そこは私自身が魔女ですから。魔女の薬の効果を身をもって実践したんです」


 十日前。

 あの災厄を撃退した聖良が気付いたのは、敦也の腕の中だった。

 聖良が記憶しているのは、あの悪魔に激突するまで。

 その後どうなったのか全く覚えていなかったが、どうやら少し離れた場所に倒れていたらしい。

 よく見つけてくれたと思うが、すぐに気を失ってしまう。


 次に気付いたのは病院のベッドの上だった。

 なんでも、道が近くにあったので、すぐに救急車で病院に運ばれたらしい。

 その時の聖良の状態は酷いものだった。

 全身に軽い火傷、打ち身各所、無数の擦過傷に切り傷。裂傷も数か所。

 骨折こそしていなかったがヒビが入った箇所は複数あって、内臓にも少なからずダメージがあったらしい。

 医者曰く、全治二ヶ月、三日間は絶対安静と言われたが――。


 聖良は絶対安静の三日を過ぎて、すぐに家に帰ってしまった。

 それも敦也の確認もとらずに、である。

 勝手に退院したため、敦也は空っぽの病室を見た時は酷く焦ったらしい。

 その後家に帰ってきた敦也は聖良に病院に戻るよう言ったが、聖良はこういう時こそ魔女の薬が役立つと言い張った。

 結局聖良に言い負かされて――俊子曰く初の夫婦喧嘩かと思った――聖良の薬の効果を三日間だけ見極めると約束して敦也が折れた。


 そして聖良は、自前の薬を総動員して治療に専念した。

 その三日間で聖良の怪我は、驚くべき速度で回復していったのである。

 さしもの敦也もそれを認めないわけにはいかず、怪我が治るまで安静にすることを条件に自宅療養を認めた。

 そして退院後わずか一週間で、聖良は少なくとも見た目では怪我をしていたことがわからないほどに回復していたのである。

 往診に来た医者は仰天していた。

 

 そして今日、十日ぶりに魔女工房を開いたのである。


「ホントに魔女の薬ってのはすごいねぇ。それにしても聖良さんホントにすごいよ。二百年前の魔女みたく、またこの地を救ってくれたなんてね」

「それは……二百年前の魔女の遺してくれた記録があったからでもあります。そして皆さんが協力してくれたからです。私一人では――多分もっと大変な被害が出ていました」


 幸い、あの事件での犠牲者は出ていない。

 災厄から一番近かった集落で、あの悪魔の咆哮によって倒れた際に足を挫いた人がいたくらいらしい。

 ただ、森や山の被害はさすがに無視できなかったが、その凄まじい破壊痕に、驚いたのはむしろ調査した警察の方だったらしい。


 聖良の元にも当然事情聴取ということで警察が――それも県警本部からも――人が来たが、聖良としても語れることはあまりなかった。

 ただ、災厄は完全に消滅してることだけは明らかだったので、それだけは保証している。


 ちなみにこの事件は最初報道で『魔女災害』と報じられた。

 元々、この手の不可思議な事件を報じる際には『魔女災害』と報じられることが多いとのことだ。要するにこれは、世の中の不可思議な異常は全部魔女が悪い、という風潮から、そう呼ばれるようになったという事らしい。


 ただ、これに周辺の集落の人々が猛抗議をして、それを報じた新聞は謝罪文を掲載する事態になった。つい昨日のことだ。

 あらためて、この地域の人々が魔女に対して好意的であることを感じさせてくるれる話だが、同時に世間一般的には、やはり魔女というのは忌避されているものだという事も思い知った。

 別に自分の実家が特殊なわけではなく、むしろこの地域が特殊なのだろう。

 あらためて、二百年前におそらく人々に忌避されながらも、あの災厄を封じ、人々を救った魔女に感謝したくなる。


「それでもあたしらは聖良さんがいてくれたからこそ、だよ。本当に感謝しきりだね」


 その言葉に、二百年前の魔女の遺志を継げたように思えて嬉しくなる。

 魔女に優しい土地。

 ずっとそうであってほしいし、できれば少しずつでいいので、拡がってほしい。


 そう思ってると、ひどく慌てた様子で男性が一人駆け込んできた。


「聖良さん!? なんでもう工房再開してるの!?」

「あ、敦也さん!? お、お仕事だったのでは……」

「聖良さんが工房再開したって連絡受けて、慌てて来たんだよ!」


 時刻はまだ昼過ぎ。

 敦也には工房を再開することは――伝えていない。


「いや、でも私もう、怪我は治りましたし……」

「怪我が治ったって、まだ十分回復してないだろ!? もう少し寝てないとダメだって、昨日往診のお医者さんにも言われたよね?」


 その言葉に、聖良の視線が泳ぐ。

 他の客も、半眼でじっと聖良を見ていた。

 どう考えても分が悪い。


「えっと、その、でも十日も休んでいるので、その、困ってる人がいないかなぁって……」


 突然後ろから腰を押された。

 その勢いで敦也の方に二歩三歩と踏み出し……ぶつかりそうになって受け止められる。


「ほらほら、旦那が来てくれたんだから、ちゃんと安静にしなきゃ。聖良さんがまた倒れられたら、私らだって心配するよ。魔女だからって、人間には違いないんだから、無理しちゃダメだよ」


 その言葉に、工房にいる全員がうんうん、と頷いた。


「皆さん……」

「はい。皆さんそれでは、失礼します」


 言うが早いか、敦也は聖良の手を引いて歩き出そうとする。


「あ、でもちょっと待ってください。せめて店じまいを……」

「ほら、片付けはやっといたげるから、帰りな。旦那さん、奥さんをしっかり見張っときなさいな」


 片付けと言っても今日は調合などはやってないから、確かに店を閉めるだけだ。

 魔女の薬などがある都合上、鍵はかける必要があるが――あとから届けてもらえばいい。


「ほら帰るよ、聖良さん。なんなら、抱きかかえて行こうか?」

「ふぇ!?」


 その言葉に、周囲から冷やかすような声が響く。


「いいねぇ。うちの旦那なんてもう全然やってくれないよ。せっかくだからそうしてもらったらどうだい?」

「だ、大丈夫ですっ。じ、自分で歩けますからっ」


 聖良は逃げるように工房を出た。

 まだ昼過ぎなので、陽射しがまぶしい。

 不意に風が吹き抜け、薄紅色の花びらが視界を染める。

 工房の前にある一本桜がきれいに咲いていた。


「あの、敦也さん。帰ったらちゃんと休みますから、少しだけ回り道しては駄目ですか?」


 それに対して敦也は困ったような顔になりつつも――。


「わかったよ。まあ……桜がきれいだし、ね」


 工房から家に帰るのに、少し大回りすると桜が多くある公園があるのだ。

 敦也に手を引かれて、聖良はゆっくりと続いた。

 実際、まだ体力は回復したとはいいがたいが、敦也はそれを察しているのか、とてもゆっくり歩いてくれた。


 五分ほどもすると、公園に到着する。

 

「きれい――」


 公園の桜は、見事に満開だった。


「これも君が守ってくれた光景だと思う」

「私だけの力ではありません。敦也さんや皆さんが協力してくれなければ、無理でした」

「そういってもらえると嬉しいな。それにしても、僕はずっとここで育ったから知らなかったけど、他の地域は本当に魔女に対しての扱いが……酷いんだね」


 あの新聞記事のことを言ってるのだろう。


「そう……ですね。むしろこの地域の方が多分、珍しいのだとは……思いますが」

「変な話だよね。魔女って言っても、聖良さんのように普通の人だし、聖良さんがいてくれることで助かってる人だってすごくたくさんいるのに」


 確かに考えてみれば奇妙だ。

 魔女というだけで、その存在すら全否定されるような扱いを受けるが――客観的に見て、魔女を忌避するより、その力を利用する方が利は多いように思う。

 だが現実は、魔女は徹底的に忌避され、魔女はその力を隠していることがほとんどだという。

 魔女というのはいない者として扱われている、と言ってもいい。


 むしろこの地域が珍しいほどだ。

 法律的には魔女であろうが人間として扱うとされたのはかなり昔のことだが、現実は違う。

 だから魔女も人を避けるという。


「考えてみれば……そうですね。でも、この場所は、みんなとても優しくて、親切です」

「まして聖良さんは、災厄を退けた、いわば英雄だからね」

「や、やめてください。英雄とか、そんな勇ましいものじゃないです」

「あはは。そうだね。こんな可愛らしい人に英雄はないか」


 その言葉に揶揄からかわれたのだと気付き、聖良は頬を膨らませた。

 それを見て、敦也は少し笑った後――聖良の肩を抱き寄せる。

 聖良は抵抗せずに敦也に身を預けた。


 春の風が優しく吹き抜け、桜の花弁はなびらが空を彩る。


「ありがとう、聖良さん。君がここに来てくれて、本当に良かった」

「はい。私もここに来て、敦也さんの妻になれて、本当に良かったです。ずっと……この地で、貴方と一緒にいたいです」


 そしていつか、魔女という存在が忌避されないような時代を目指したい。

 この優しい場所から。


 繋いだ手に力を込める。

 敦也もまた、それに応えてくれた。


 春の桜が、その二人を優しく見守っているかのようだった。

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聖良の魔女工房運営記 和泉将樹@猫部 @masaki-i

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