立ち別る恋人たち

ボブジョンソン

夢と彼女

 朝になり彼女が目を覚ます。隣には彼氏が寝ている。いつものように彼女は洗面所に行って自分の支度をし始める。それが終わると台所へ行って洗い物を始めた。彼氏が目を覚ましたのに気づき、彼女から「おはよう」と言う。彼氏も彼女に「おはよう」と返す。いつも通りのこのやり取り。でも今日はいつも通りではないようだ。彼女がベッドでスマホをいじっていた彼氏に近づいて言った。

「別れよう」


 始まりは22歳の時、彼女が友達に連れられて行った初めてのライブハウスだった。男はバンドのボーカルをやっていた。特に歌に惹かれたとかそんなことではない。ただ友達の友達としてライブが終わったあとに紹介されただけ。だが男はそこで彼女に一目惚れした。彼女も彼女で失恋直後だったこともあり、流されるように男に連れられてホテルに行ってしまった。それは彼女にとって初めてのワンナイトになる予定だった。でもそれはワンナイトでは終わらなかった。男は必死に彼女を口説き続けた。何度も彼女に向けて詩を書いて、歌って、愛を伝えて、、、彼女もそんな男に惹かれていった。そうしてようやく付き合った。少し経ってから半同棲が始まり、安定した付き合いが続いた。でも、いつまで経っても彼氏のバンドは売れなかった。2人は25歳になった。彼女は焦り出した。焦っていない彼氏を見てもっと焦るようになった。当たり前のように給料は安定した職に就いている彼女の方がバイトで食いつなぐ彼氏より日に日に高くなっていく。周りが結婚をし始めて子供を産み始める。親からも彼氏について聞かれるようになる。彼女は胸を張って彼氏を紹介できなくなっていった。でも彼女は付き合う前に決心した自分の気持ちを頑張って思い出した。

『付き合う以上、彼がバンドに満足するまでは支えないといけない。普通以上の生活は望まない』でもきっとこれが間違いだった。彼がバンドに満足する気配なんてない。遂に彼女は聞いてしまった。

「バンド、いつまで続けるつもりなの?」

「んー、まず辞める予定がないかな。バンドで食っていくのが俺の夢だし、夢が叶ったらなおさらバンドは続けるし」

 無邪気に笑いながら返す彼を見てわかってしまった。『この人はきっと、私との将来は考えていないんだ』そこから別れを決意するまで少し時間がかかった。そして今日に至る。


「私はもう、あなたを支えていく自信が無い。きっとバンドをやめて欲しいって思っちゃう。もう思ってるのかもしれない」

 そう言いながら泣きそうになっている彼女を見て彼は優しく笑って見せた。

「ごめんね、辛い思いさせて、今までありがとう。俺のためにありがとう」

 彼はこの時に自分がいつの間にか彼女よりも夢を優先していたことに気づいた。今、バンドを辞めて彼女と別れないという選択肢が自分にないことに彼自身も少し驚いてしまった。

「こちらこそ今までありがとう。たくさん愛してもらった。きっとこれ以上の愛をもらえることはもうないんだと思う。ご飯しっかり食べてね。頑張ってね」

「俺もきっとこれ以上愛せる人見つけられないよ。頑張るよ、必死で」

 最後は二人で泣きながら感謝を伝えあった。

 彼女は自分の荷物をまとめてまた別れを告げて家を出て行った。

 家を出てイヤホンをして彼が自分に向けて書いてくれた歌を聴き始めた。また涙がこぼれてくる。それでも付き合った日々を思い返しながら止まることなくしっかりと歩き続けた。

 彼女がいなくなったあと、男はすぐに机に向かった。また涙があふれてきて、ほとんど何も見えていない。それでも男は詩を書き始めた。初めての失恋ソングを書く。何個も何個も書き続けた。その後はまた彼女に向けた愛を込めた詩を書いてしまっていた。それに気づいて男は笑ってしまった。

「別れてもまだ、俺は君の力を借りて夢を追ってるんだ」

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